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第四話

 帝国は私の弱点に気がついたようでした。私に攻撃能力が一切ないことです。

 ときに私は結界の修復のため外に出ることがあり、そのたびに帝国兵との交戦に至ることがありました。

 彼等は私の弱点に気付くと、守りを捨てた突撃を仕掛けてくるようになりました。私の結界を打ち破ることこそ不可能でしたが、鬼気迫るその様子は恐ろしくありました。


 もちろん私達とて無策で過ごしている訳ではなく、自身の魔法について研究を重ねました。

 例えば結界を相手の周囲に展開し、押しつぶしたり閉じ込めることが可能では、と。

 ところが私の魔法はいざ攻撃に転用すると飴細工のようにぐにぐにと曲がり、多少の怪我を負わせるのが限界でした。これはもう私の癖としか言いようがないらしく、エルフさんも頭を抱えるしかありません。


 こうなると帝国との和平交渉に期待したいのですが、防衛専門の魔法など恐れるに足りません。加えて私は交渉事がとにかく苦手でありました。


 一度だけエルフさんの提案を受け、交渉の専門家を帝国に派遣したこともあります。首から上だけ帰ってきたとの報告を受けて以来、私は二度とその方法をとりませんでした。

 何れにせよ私の力はただ守ることであり、それは長い平和の維持には役立ちましたが戦況を変えるには至りませんでした。


 彼に相談しようと考えた事もあります。ですが血生臭い話を彼に打ち明けるのは勉強の妨げになると思い、……いえ、本当は心配されたり不安になられるのが嫌で、黙っていました。

 月日は淡々と流れていきました。





 ある日、彼が言いました。

「城木さん。来月、修学旅行があるので、その間はすこし話ができなくなると思います。すいません」

「……分かりました。楽しんできて下さい」


 私は敵と戦い、彼は受験勉強の合間に修学旅行。

 四畳半の和室がすこし遠く見えました。


「どうかしましたか?」


 何でもありませんと応え、私が気まずさから目をそらしたとき。

 ふと彼の机に置かれた携帯のストラップに気がつきました。


 そこに結ばれた金平糖のような星形のアクセサリは、二人でデートのときに選んだお揃いのものでした。

 透き通るほどの透明な色合いを持つ星飾りは、互いにいつまでも純粋な気持ちでいたいという願いを込めたもの。

 その横に真新しいウサギの人形がついていました。


「それは……?」

「あ。えっと、この前、部活の後輩から貰ったもので……」


 彼は口ごもりながら携帯を脇にどかし、私は何とはなく言葉が途切れました。


 その日の通信を終えたあと、私は机に放置していた充電切れの携帯を手に取り、同じ星形のストラップを握りしめながら妙にもやもやした気持ちで豪華なベッドに突っ伏しました。

 彼には彼の日常がある。それはごく普通のことでした。





 ある日、私はおいでおいでと骸骨さんを呼びました。


「骸骨さん。あなたは生前は男性だったのですよね? ひとつお尋ねしたいのですが、やはり男性にとっては遠くの女の子より、身近な女の子のほうが嬉しいのでしょうか」

「あ、俺は生まれも育ちも骨なんで分かんないッス! 前世の記憶とかないッス!」

「あらまあ……カルシウム生まれのカルシウム育ちなのですね」

「でも大切なのは筋肉があるかないかではなく魂ッス!」


 骸骨さんは顎をカクカクさせて熱弁します。全身が骨である彼に魂の有難みを説かれるのも不思議な話です。

 とはいえ外見が骨でも筋肉でも、距離は大事な問題です。


「骸骨さん。たとえば近くで楽しくお話できるお友達と、遠くにいて手も触れることのできないお友達でしたら、やはり近いお友達の方が楽しいですよね?」

「それはそうッス! ……んでも!」

「でも?」

「俺は魔女様がどこにいても、いつでも大切に思ってるッス!」


 私は骸骨さんの手を取り感謝しました。骸骨さんはなにやら照れてしまったのか、つい喜んで振り上げた手首がすぽんと勢いよく飛んでいき、二人で一生懸命探すはめになりました。





 私の話は骸骨さんを介してエルフさんにも伝わったのか、ある日、彼女がめずらしく苦言を呈してきました。


「魔女様。お願いがあります。……あの鏡の向こうの男との会話を、取りやめて頂けないでしょうか」


 振り向いた私が余程怖い顔をしていたのか、エルフさんは珍しく耳をびくりと震えさせましたが、言葉を取り消しませんでした。


「魔女様に鏡を隠していたことは謝ります。ですが、あの鏡の向こうは決して手の届かない異界の地です」

「……それは、遠くにいる男性との会話は、ダメということですか?」

「いいえ。私が申し上げたいのは、魔女様にせよ相手の男性にせよ、今のままでは決して幸せになれないという話をお伝えしたいのです」


 エルフさんは鏡の伝承について語り始めました。

 かの鏡は私のような転生者の間を渡り歩き、その結末は多くの不幸を招いたとのことでした。

 最初は望外の幸福を噛み締めていても、次第に決して交わらない日常のズレから別れに至る。その一方、かの鏡で遠き恋人を想うがあまり、ついには鏡の前から動かなくなった哀れな女性の話もありました。


 エルフさんは語ります。

 あなたのしていることは、黄泉の国との交信なのだと。


「私はただ、魔女様に傷ついて欲しくないのです。……鏡のことを黙っていて、申し訳ありませんでした」


 エルフさんは私に礼をし、そっと去って行きました。

 後に骸骨さんから聞いた話ですが、エルフさんはこの鏡を私に渡すか随分迷っていたそうです。魔女様の願いは叶えたい。でも鏡の伝承に纏わる不幸に囚われて欲しくない。

 骸骨さんもエルフさんも、皆とても良い方々でした。





 数日後。

 通信を再会すると、彼の携帯からウサギのストラップが消えていました。


「ごめん。あれは後輩の女子からお土産に貰ったんです。……もちろん、やましい意味はありませんでした。単なるプレゼントだから、って」


 彼は平謝りの末、あれはゴミ箱に捨てたと告げました。


「それと、城木さん。修学旅行も行かないことにしました」

「どうしてです?」

「あなたと、すこしでも話をしたいから」


 その言葉を嬉しく思うと同時に。ふと、エルフさんの呪いが頭を過ぎりました。

 ――鏡の前から動かなくなった、哀れな女。


 ……彼女が動かなかった鏡の前には、一体誰がいたのでしょう?

 不幸になったのは、果たして女だけでしょうか?


 私はかぶりを振って唇を噛み、黒服の袖をきつく握りしめました。


「柏原さん。ぜひ、修学旅行には行ってください」

「いや、でも俺は」

「私からのお願いです。行かなかったら絶交ですからね。……お土産話を楽しみに待っています」


 そう告げて彼を送り出し、その日の通信を終えました。

 話せるのは、とても嬉しい。

 でも、いつまでも鏡の奥の女性に囚われていては、彼のためになりません。


 ……しかし。

 彼は前よりは積極的に外に出るようになったものの、相変わらず私以外の女性とは縁がないようでした。

 これは彼がうっかり零したのですが、彼はなんと教室で女子と話をしない男子として嫌われている、と噂になっているとのことでした。


 月日は巡り、彼の高校では修学旅行に次いで文化祭も開かれました。

 今回は喫茶店を開いたそうで、彼はいつの間にかコーヒーの勉強をしておりました。ドリップやらエスプレッソやら小難しい横文字を使うのです。

 機会があればぜひ振舞いますと言われて私は薄く微笑み、彼は自分の失言に気付いて顔を伏せました。


 そんな彼を励ましながら私は今日も結界の修復に勤しみ、帝国とときに鍔迫り合いをしていることをおくびにも出さず、骸骨さんを彼に紹介して驚かせたりしていました。


 会話を重ね、そのズレが灰のように降り積もるのを見届ける毎日。

 彼はせっせと鏡の前の私に尽くし、私はその姿を眺めて微笑みながら思ったのです。

 ――このままでは、いけない。



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