前編
短編の異世界に行った彼女の話を読んでいるとより面白いかもしれません。読んでいなくても話はわかると思います。
父は言った。
王族たるもの
威厳を持ちなさい、しかし傲慢にはなるな。
尊敬される人になりなさい、努力を人は見ているから。
何でも上を目指しなさい、さすれば自然と人はついてくる。
自分より弱い相手に手をあげてはならぬ、もし手を出してしまうのならお前より強い人に。
決断力を持ちなさい、己の考えに後悔しないように。
母は言った。
王族たるもの
優しい人になりなさい、思いやりの心を忘れずに。
身だしなみには気をつけなさい、人への与える最初の印象は大切だから。
人との繋がりを大事にしなさい、それはきっと貴女の力になる。
人に本音を悟られてはいけません、常に平常心を心掛けなさい。
そうして僕は完璧な王子様となった。
僕は白を基調としたベットとテーブルしかないシンプルな部屋で身だしなみを整え部屋を出た。
背筋を伸ばし、笑顔をはりつけ、いつものように王宮を歩いていく。女は甲高い声で叫び、男は深い礼を取る。
勉強も魔術も剣術も極め、僕は皆が認める第一王子として存在していた。
何て窮屈な世界なんだ。
こんなことを思うのは贅沢だろうか。
食うものにも困らず
欲しいものはなんだって手に入る。
人が羨む地位を持ち。
人よりも優れた才能だってある。
優しい家族に恵まれて
国で一番美しいと評された母の容姿を受け継いだ。
不満なんてどこにもないはずなのに・・・
まだ幼い頃、僕は父に尋ねた。
「父上は王としての生活が苦しいと思ったことがないのですか?」
若いころは思っていたな、誰もしらない場所へ行き、誰の目も気にせず、生きてみたいと願ったことならなんどもあるが・・・
私が自由を求めるためには犠牲にするものが多すぎるだろう。
俺が城からいなくなれば、側近や騎士が責任を負われ罰を受ける。皆仕事がある中、俺を探すために多くの人を巻き込み、時間をさけなければいけない、見つかるまでずっとだ。
お前はそれでも自由になりたいと望むことができるか?
僕は何も言えず父から視線を逸らし俯いた。
僕は王宮図書館にいた。
ここにいれば機嫌を取りに来る貴族や着飾った令嬢もいない。
笑顔の仮面をかぶることもなく、この場所で僕はようやく僕になれた。
あぁここにある本はあらかた読んでしまったな。
一時の寂しさがこみ上げ、僕は椅子に体を預け天井を見上げた。
これからどうしようか。
足音を立てず急ぎ足で近づいてくる側近が僕の前で立ち止まった。
(母が呼んでいる)
側近が僕の耳元で囁いた。
僕は深いため息をつき立ち上がると、外で待たせていた騎士の後を追いかけた。
「グレン、あなたの16歳の誕生祭には伯爵のご令嬢をエスコートしなさい」
「わかりました、母上」
僕はにっこり微笑みを浮かべ答えた。
今まで婚約者を作らず、分け隔てなくご令嬢には接し続け、特別な存在を作らなかった僕にとうとうしびれを切らしたか。
なかなか決めようとしない僕に、母は自分の選んだご令嬢を婚約者として紹介するのだろう。なんて気が重い・・・
王族と言う楔がじわじわと絡まってくる。
そんな自分に嫌になり、
僕は何度も何度も楔を外す方法を模索してきたが、結局何も思い浮かぶ事はなく時の流れは過ぎていった。
誰も僕をしらない。王族と言う柵から逃れたいと思う僕は・・・
大きなため息をつきこれからの事を考える。
婚約者ができてしまえば、ますます王族としての楔が強くなってしまうだろう。
子を生み、この国を支える為に・・・
きっともう逃れることなんてできない。
そして自由はさらになくなるであろう事は安易に想像できた。
窓の外に見える池を眺め、ため息をついた。
池を眺めていると後ろからまだ声変わりをしていないよく響く声が聞こえてきた。
僕は自然と笑顔になる。
「兄上!この魔術書について教えて下さい」
兄上 兄上 と弟が僕の前のまで走ってきた。
僕は微笑みを浮かべたまま
かわいい弟の手を握り自分のテーブルへと連れていった。
僕は弟のの隣に腰掛け、質問に答えていった。
弟は頭の回転が早いようで、教えた事をスラスラと理解し、身につけていく。このまま行けば僕よりも優れた王になるだろう。
弟は魔導書を見ながら
「兄上は本当にすごいですね!僕も兄上のようになりたいです!」
純粋に笑う弟の姿を眩しそうに見つめ、僕は力なく笑い返した。
(こんな偽物の王子よりもお前の方が王子に向いているよ)
魔術の勉強に熱中している弟の隣で、僕は一人ごちた。
ある晴れた日、弟が私の部屋へやってきた。
「兄上、剣の手解きをお願いします!」
「構わないよ、庭へでようか」
弟は小走りで庭へとかけていった。
今にも転びそうだ。
僕も木刀を手に取り弟の背中をゆっくりと追いかけた。
ドンッ
木刀と木刀がぶつかり合う。
バシュッ
どれぐらい戦っていただろうか、
頬に流れる汗を袖でぬぐいながら木刀を構える。
弟はどんどん成長していた。
少し前なら木刀を構える事なく倒せていたのに、今では真剣勝負だ。
弟の成長は恐ろしい・・・
剣術も魔術も勉強もきっと弟は私を越えていくのだろう。
しかし僕はそれを悟らせないよう余裕があるように見せる。
兄としてのプライドだった。
剣をあわせること数十分、
お互いに疲れが見え始めた。
次の一手で決まる。
二人は間を取り、そして同時に一歩を踏み出した。
ドサッ
木刀が池の側に飛んでいった。
僕は弟の手から離れた木刀を拾い上げると
庭の土に手をつき地面を見つめている弟へと視線を送った。
「はぁ、、はぁ、、、また兄上に勝てなかった。」
悔しそうな弟を横目に僕は呼吸を整え、息の乱れを隠した。
弟の元へ駆け寄ろうと足を踏み出すと、
池の回りに置かれていた石に足をとられた。
立て直そうと、とっさに足に力を入れ踏ん張ろうとしたが、
疲れの為か足に力が入らず、体がゆっくりと池の方へ倒れていった。
バッサーン
「兄上!!!」
弟の声が聞こえた。
水と泡で視界が埋まった。
僕は急いで立ち上がろうとするが、あるはずの池の底がみあたらない。
この池は浅かったはずだが・・・
足をもがき必死に這い上がろうとするが、なぜか足に水が絡み付いてきた。
息が苦しい・・・
泡で視界が薄れていく中・・・僕は抗う事をあきらめた。
(めずらしい客だな、人間か)
(そのようで・・・)
(あーさっきの魔力で引き込んじまったか)
微睡みの中話し声が聞こえる。
僕は少しずつ意識を回復させていく。
ゆっくりと足を動かし、手に力を入れてみた。
問題なく動く。
溺れたはずだが、どうやら生きているようだ。
僕はゆっくり目を開くと、目の前に小さな鯰がいた。
大きく目を開き、僕は混乱した頭を必死に落ち着かせた。
「よー生きてるか?」
突然鯰がしゃべった。
水の中にも関わらず苦しくない。
僕息してる・・・?
驚きを隠せない僕はとりあえずコクりと頷いた。
「俺は異界の番人だ。お前は?」
「私は水の都の、第一王子だ。」
鯰は少し考えた後この状況を説明し始めた。
なかなか複雑な話を鯰はしていたが、自分の中で話を整理する。
異界の番人は時空間を管理しているらしい。
ついさっき別の時空間に不具合が発生していたところを修正しようとし、誤って僕をこちらに引き込んでしまったらしい
。そんな事は基本起こらないのだが僕の性質が鯰に似ている為引力が働いたらしい・・・。
鯰は話終えると
「元の世界へ送ってく、捕まれ」
鯰は尾を僕の方へ向けゆらゆら揺れていた。
僕はふと思い付いた。
今回僕がいなくなったのは事故だ。
池に落ちたのは誰の責でもない。
もしこのまま異世界に行くことができれば
だれにも迷惑をかけず王族から只の人になれるんじゃないか。
僕は思いきって尋ねてみた。
「さっき異世界と言ったが、僕を異世界へ連れていくことはできないだろうか」
鯰は驚いた表情をした後ニヤリと笑って
「できるぜ、但し送った後はもう元の世界には戻れない上、異界での生活の保証もできないがいいのか?」
僕は少し考えた後、頷いた。
「人間は面白いな、ここに迷いこんだ者は皆、自分の世界に帰りたがったんだがな。お前は王子の地位もあり、飢えることもなければ、戦う事もない、そんな存在がそれらを手放してまで異世界にいきたいと願うなんてな」
それだけ言うと鯰が砂の中へ潜った。
目の前に突然立派な岩のトンネルが現れた。
まるで時間がとまったかのような静けさがおとずれ、
砂から出てきた鯰は何も言わず岩のトンネルに向かっていくと
ついてこい、
鯰はゆっくりトンネルの奥へと消えていった。
どこまでも続く岩のトンネルを眺め、
意を決し、僕は力強く水をかき分け前へ進んだ。
父上、母上、弟よ・・・皆すまない。
僕はトンネルへと足を踏み出した。
どれくらい進んだんだろうか
岩のトンネルはまだまだ続く、僕はひたすら前に進んだ。
少しずつ明るくなってくる光の先を目指して
終わりのない砂の上を踏みしめる。
どれぐらい進んだだろうか・・・
僕はやっとトンネルの切れ間を見ることができた。
岩のトンネルを抜けるとそこは・・・
僕は砂浜上で目が覚めた。
ここはどこだろうか。みたこともない景色に呆然と立ち尽くした。
ふと視線を感じ後ろを振り返ると
そこには黒髪の少女の姿が目に入った。
美しい・・・
そして僕の意識はそこで途切れた。