暗殺者
約束の日まで、あと1時間を切っていた。
現在時刻は夜の11時。
サモとソウハは、気を練って動く所作をマスターしきれていなかった。
「これじゃ間に合わない……」
サモが弱音を吐く。
付きっ切りでリンユーとチェン爺が指導に当たる。
2人とも、手を離すところまではできるのだが、そこからの数センチがとてつもなく長い。
「くそおっ」
ソウハがイライラして集中を乱す。
「……ここまでじゃ」
とうとうチェン爺がタイムリミットを告げた。
すでに約束の日を迎えていた。
時刻は深夜0時。
「ここからはいつ敵が乗り込んできてもおかしくない。リンユーは2人を連れてここから離れるのじゃ」
「ど、どういうこと?」
みながチェン爺を見つめる。
「戦うのはわし一人じゃ。お前たちを危険な目には合わせられん」
その言葉を聞き、
「でも、それなら何で気功法なんて教えたの?」
リンユーが問いただした。
「あくまで何かあった時のためじゃ。リンユー、お前なら追っ手を気で攻撃して、相手の機動力を削ぐこともできる。2人は任せるぞ」
「一人じゃ危険よ」
するとチェン爺はニッと笑い、
「なあに、わしもこの年じゃ。分はわきまえておるよ」
と言った。
兄弟3人は、深夜店を出て、少し離れた寺に身をひそめることになった。
そしてチェン爺は一人どこかへ向かっていった。
一方、グエンは頭を抱えていた。
「どうしたらいい……」
グエンはリンの店を奪うにあたり、自分に踏ん切りをつけさせるため、ある暗殺集団を呼び寄せていた。
それは、小林グループお抱えの集団で、もめごとがあった際に呼び出されることが多い。
4人の矛使いと呼ばれる集団で、一人ひとりが矛の達人である。
グエンは会長に頭を下げ、今回その集団を動かしてほしいと頼んでいたのだ。
しかしリンユーが訪れ、考えが変わり、呼び寄せたことを後悔していた。
「呼ぶんじゃなかった……」
会長にしか動かせないその集団は、もはや自分の力で止めることはできなかった。
4人は酔狂なことでも知られている。
ヘタをうてば、皆殺しになるかもしれない。
「オーナー、彼らが到着しましたよ」
ウェイトレスが扉越しに声をかけた。
「……今行く」
店の中には、身長よりも30センチほど長い矛を持った者が、4人。
「で、いつ殺しに行くんだ?」
真ん中のリーダーらしき人物が、腹の底から響くような声でそう言った。
無精ひげを生やし、無造作に流した髪は歴戦の猛者を彷彿とさせた。
「……キャンセルはできないのか?」
グエンは言った。
「あんたにそんな権限はない。で、いつ殺しに行けばいい?」
何を言っても無駄な雰囲気だった。
黙っていると、4人は勝手に椅子に座り、
「明日の朝、隣の店に乗り込む。それまでここで休ませてもらうぞ」
と言った。
「安心しろ。仕事はきっちりやるさ」
そう言ってテーブルに足を乗せ、男は目をつぶった。
「兄弟には手をかけないで欲しい……」
グエンがそういうも、男はグゴゴと寝息を立て始めた。
そして、早朝。
街の中を歩く4人の集団。
その異様な雰囲気に、街の人間はみな道を開ける。
彼らを知る人間は、
「おい、絶対目を合わせるなよ!」
と小声で周りのものに伝える。
「ここか」
4人は「家庭菜店」と書かれた看板を読み、足を止めた。
一人の男が言った。
「和食とのコラボだってよ、邪道だな」
リーダーがそれに対し、
「弱者なりに活路を考えたんだろう。だが、結局は強者にひねりつぶされる」
と言った。
そして、店の中に踏み入れようとした時だった。
ゴゴゴゴ、と地響きがするのを感じた。
「ん?」
黄色いショベルカーが向かってくる。
「こんなとこで工事か?」
その車体が4人の前に止まる。
そして、ウイイインとアームが動いたかと思った次の瞬間、
「なっ!」
4人の内一人をアームがなぎ倒した。
左右に振れたアームに直撃し、吹き飛ばされ壁に激突する。
吹き飛ばされた男は頭を打ち付け、目を回した。
リーダーが言った。
「あいつがターゲットだ。やるぞ」
チェン爺は夜、中華街の近くの工事現場に向かい、ショベルカーをくすねてきていたのだ。
気を応用し、電子機器のリレーを作動させることで、車などのエンジンをかけることができる。
最近はキーではなく、キーについてるリモコンでエンジンをかけるタイプが多い。
ショベルカーもその手を使ってここまで持ってきた。
3人はショベルカーを囲んで、ジリジリと間合いを詰めた。
間合いなどお構いなしにショベルカーは一人に向かっていき、アームを振り回す。
ブオッ、と空を切る。
「こんなもの、当たるかよ!」
と言って、一人がショベルカーの席に乗り込もうとしたが、アームが動き回るため退却せざるをえない。
「こんなものを相手にするのは初めてだな」
リーダーがつぶやいた。
「こいつは骨が折れそうだ」
リンユー、サモ、ソウハはその光景を遠巻きに見ていた。
チェン爺が心配になったのである。
「すげえ!こんなのあり?」
ソウハが言った。
「勝てばいいのよ!」
リンユーがやっちゃえ!とこぶしを振り回す。
頑張れチェン爺!などと声が聞こえる。
リーダーが振り向いた。
「あいつらが例の兄弟か」