3人の兄弟
ここは中華街の一角にあるこじんまりとした中華料理屋。
その店の中で男2人が話をしていた。
「子供らを置いて出ていくのか?」
一人は60を過ぎた白髪の老人。
出て行こうとする男を呼び止める。
「俺はカンフーを極める旅に出る」
こちらは30半ばで、凛々しい顔つきの男だ。
「そんなものが何の役に立つんだ。この店を継がずとも、子供らの面倒を見る義務がお前にはある」
説得を試みるも、
「引き留めても無駄だ。俺はリンを殺した男に復讐しなければならない。そのために修羅にならねばならん」
そう言って、扉に向かう。
「修羅になったお前を子供らに見せるわけにはいかんな。そこの扉をくぐったらもう二度とここへは戻って来るな」
そして男は去っていった。
それから10年の月日がたった……
10年前から変わらずそこにある店、「中華菜店」
それを切り盛りする3人の兄弟がいた。
一人は長女のリンユー。
年は20で、仕事はホール担当。
いわゆるお転婆娘だが、下の面倒もみるしっかり者である。
次に長男のサモ。
年は19で、仕事は店のオーナーのチュン爺と共に、厨房担当。
のんびり屋だが、料理の腕前は中々のものである。
最後が次男のソウハ。
年は17で、仕事は皿洗いなどの雑務担当。
頑張り屋で、上の兄弟のことを一番大事に思っている。
昼時のもっとも忙しいはずの時間帯だが、客が集まらず経営は厳しい状況であった。
「はー、今日も暇だわね」
リンユーが椅子に座って言う。
「昼時なのになんでこんな来ないんだろ」
ソウハが窓を覗いて言った。
客は常に行きかっているのに、うちに入る気配は微塵もない。
「ご飯どうする?」
サモが聞くと、
「アタシ、チンジャオロース」
とリンユー。
「じゃあ僕も」
ソウハも乗っかる。
「ソウハ、お前好きなもん食べろよ」
とサモが言うが、
「兄さんめんどくさがりじゃん」
と返す。
「……お前は兄貴思いなのか、どっちなんだ」
サモが複雑な顔で聞く。
「とりあえず、オーダー、チンジャオロース~」
リンユーが厨房を振り返りもせず、そう言った。
サモはお玉で鍋に油を注ぎ、点火。
その間に冷蔵庫からあらかじめ切ってあるピーマン、豚肉、タケノコを準備し、鍋がある程度温まったところでそれを投入。
お玉で適量の醤油、酒、豆板醤を入れ、最後に片栗粉を入れてとろみをつける。
これで3人前のチンジャオロースが出来上がった。
「はいよ」
サモがリンユーにそれを渡し、
「チンジャオロース3人前でーす」
とテーブルに並べる。
それを囲んで3人で食事にありついた。
「これじゃまずいよね」
とリンユーが切り出した。
「やっぱり」
ソウハがピーマンを横にはじきながら言う。
「隣の店はいつも行列じゃない?ちょっとどんな料理出してるのか、スパイに行ってみない?」
リンユーの提案に2人とも声をそろえて言った。
「マジ?」
サングラスにキャップ帽という怪しい出で立ちのリンユーの後ろに、いつも通りの姿のサモとソウハ。
「あんたたち、その恰好で行くつもり?」
「いやいや、こっちのセリフですが」
サモが言った。
隣の店の名前は「天下至高」という名の店である。
この店は小林グループと呼ばれる、中華街で最も幅を利かせているグループの店のひとつである。
雑誌などでも取り上げられ、昼時は行列は当たり前という様子だ。
「なんでこんな行列なんだろ。うちに来ればすぐ食べれるのに」
ソウハが言うと、
「きっと麻薬成分が入ってるのよ、一度食べたらジャンキーよ」
リンユーが答える。
「リンユー、聞かれたらやばいって」
サモが周りを見ながら言う。
一時間ほど経ち、ようやく店の中にたどり着いた。
「お客様は?」
「3名です」
サモが店員にそう告げ、店の中を見る。
そこは絢爛豪華な作りの、まるで王宮を思わせる作りになっている。
「すっげー」
思わずソウハが口走る。
「アタシ、ここに住んでいい?」
「いいけど、姉さんはお姫様じゃなくてメイドおおおおっ」
リンユーのケリがソウハに食い込む。
テーブルに案内される。
「食べ放題で2000円ってホントかしら?」
疑いのまなざしでメニュー表を見る。
サモが店員を呼ぶ。
店員がこちらに来る。
「あのお、小籠包と……」
「お客様、オーダーはこちらのタッチパネルでお願いします」
タッチパネル?
きょとんとした3人をしり目に、店員はこともなげに言う。
「こちらのパネルから好きな料理が注文できます。水はセルフですので、あちらから」
そう言って去っていった。
「タッチパネル……」
リンユーが呆然としている間に、サモとソウハは好きなものを頼みまくっている。
そして、注文が届く。
「うっめえ!」
サモが叫び、ソウハも、
「これすごいおいしいよ姉さん!」
とハイテンションだ。
リンユーは思った。
ランチタイムで2皿1000円のうちに到底勝ち目はないわ、と。