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最終章『光を紡ぐ』(70)


 西端の地、バージェスで西海との和平条約が締結されたことは、当日の内に王都に伝わった。


 住民達の受け止めは様々だ。

 締結により訪れる平和を喜ぶ者。

 バージェスのもたらす富や交易の活性化に期待する者――西海、或いは、北の国と。

 美しい水都の情景に想いを馳せる者。

 憂う者。憤る者。家族を失った者の悲しみは癒えず、西海による街の破壊、死の記憶はまだ薄れていない。


 ただ、条約締結によって、西海との戦いは完全に終わったのだと――

 それは多くの人々に共通した想いだった。


 加えて締結の日からちょうど、王都では春の祝祭が始まったところだ。

 今回は国王の喪中でもあり、例年と異なり祝祭の時期が半月ほど早まっている上、例年十日に渡って繰り広げられる祭りも五日に短縮されてはいるものの、街の活気は和平条約締結の報もあり、日を重ねるにつれ増していた。





「すっごい賑わってる。この空気、気持ちいいわぁ〜。今日で終わりなんてもったいない」


 マリーアンジュ・デントは肩を後ろに反らし、賑わう街の空気を胸に吸い込んだ。

 期間が短いのは惜しいが、先月のファルシオンの誕生祭の空気感も残りつつ、また来月頭には国王即位式と即位を祝う五日間の祝祭が控えている。


 王都の商人達はどこも即位の祝祭こそ本番と狙っている節があったし、当然マリーンのデント商会もだ。

 ふふふ、と自然と笑みが零れた。


「来月はもっと人出が増えるはずだから、黒森の香木や薬草を今のうちに仕入れて……」


 レオアリスも近衛師団総将に就く。デント商会の勝負どころ、書き入れ時も書き入れ時だ。


 色々と腹算用をして歩きながらふと、マリーンはとある店先に目を止めた。

 一箇所、他の店よりも人だかりができている。女性が多く、やや競うようにして店先の商品を選んでいるようだ。


「カザルさんのとこね。何なに、いったい何売ってるのかしら」


 自分の店にも取り込めないか、と、マリーンは手を後ろ手に組み、瞳を輝かせてその店に近寄った。





 ガラン! 

 扉の鈴がもう二度ほどカランと音をたて、後に僅かな余韻を残した。


「ちょっと、父さん、大変よ!」


 飛び込んだのはマリーンだ。

 王都中層北西地区にある、エドモンド・デント商会。


「何だね、マリーン」


 と、デントは帳場から顔を上げ、いつものごとくそそっかしい娘を見た。


「西のカザル商店、もう御即位後の肖像画売ってるのよ!」

「何っ」


 それまでの長閑な空気を弾き飛ばし、デントが血相を変えて立ち上がる。


「ファルシオン殿下のか!」

「そうよ! もうバンバン売れてるわ! それにねっ」


 マリーンは帳場の台に手にしていた数枚の紙を置いた。


「売り切れかけてたけど、ぎりぎり、いくつかは最後の数枚のところで手に入れてきたの、見て!」


 丸まったそれをデントが開くと、現れたのはマリーンの言う肖像画だ。


「これは……っ」


 ファルシオン、アスタロト、ヴェルナー、ベール、ランゲ、レオアリス……

 今までも彼等の肖像画は街で売られていた。ランゲは初めてだが。


 デント商会などは直接レオアリスの肖像画を描かせてもらい、それを一つの売りにしてもいた。ランゲは視野から外れていたが。


「ランゲ侯爵まで……かなり限定的な客層を狙ってきたな……」


 デントはボソリと呟いた。

 それより、問題は。

 デントも当然気付いている。


「この姿――マリーン」

「そうよ!」


 ばん、と両手を帳場につく。


「殿下だけじゃなくてレオアリスとか、ヴェルナー侯爵さんとか、それも近衛師団総将の姿だったり公爵になられた後の姿だったりで売り出してるのー!」

「くっ、うちが御即位と同時に売り出そうと用意していたものが……!」


 デントは歯軋りと共に、一枚の肖像画を取り上げた。

 一歩、いや三歩遅かった。


 手にしたそれは、玉座に座るファルシオンと、幼い王を守るようにレオアリスが傍らに立つ場面を描いたものだ。もちろん想像でだが。


「これは、売れる……」

「しかも半分は、うちが頼んで描かせてもらったのを複写したものなのよ!」


 と言っても直接描かせてもらったのはレオアリスだけで、アスタロトやロットバルト、ファルシオンはレオアリスに意見をもらったものだが、お陰で一番似ていると巷の評判だったのだ。


「悔しいわ、絶対巻き返さなきゃ! こうなったらレオアリスに頼み込んで、ファルシオン殿下を囲んでレオアリスと、アスタロト様と、ヴェルナー侯爵と、並んで描かせてもらいましょう!」

「それはいい考えだマリーン。よし、早速渡りをつけておこう。うちじゃなくても今後肖像画の依頼は入る。だが面識のあるうちが一番有利だ。とは言え時間との戦いだからな」

「レオアリスから頼んで貰えばヴェルナー侯爵もばっちりよ」


 主たる客層である女性への訴求力が際立っている。


「どうにかして御当人方のお墨付きを貰いたいな。絵に署名でももらうか……全部とは言わず、数枚でも」


 基本は複製画か木版画だ。


「ええ、父さん! うちの絵を買ってくれた人に署名入りを抽選にしたら凄いことになるわ。レオアリスに頼みましょ。たっぷり恩は売ってるしね!」

「こう言う時のために値切られてやったんだしな」

「おじいちゃん達のところからもっと買うからって言いましょ!」

「今回の仕入れ数も増やしておこう。売れるし、損はない」


 こわい世界だな……と、店の片隅でダンカは震えた。







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