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最終章『光を紡ぐ』(41)

 


 誰を新たな近衛師団総将とするか。



 ベールは始めにグランスレイとセルファン、そして他の大将フレイザー、ハイマートへ退出を促した。

 彼等が謁見の間を出る間、卓に座る面々の間には、ファルシオンから投げかけられた言葉と状況にさざめきが流れる。


「グランスレイ殿まで下げるとは……」


 となればこれは、ファルシオンから十四侯への、正式な『諮問』だ。


 ファルシオンが指名して当然と考えていた出席者達は少なからず驚き、ファルシオンと、その後方に座るスランザールを伺い見た。だがスランザールは議論に参加せず委ねる考えか、薄く目を伏せている。


 一旦議論を預けられ、卓に座る十四侯の顔触れは左右と視線を交わした。

 ベール、そしてアスタロトの発言をまず待ったが、ベールは場を整えた後は口を開く様子はなく、そしてアスタロトは隠そうとはしているが、傍目にも戸惑いがその面に表れている。


「どう思われる」


 デ・ファールトがやや声を落とし、左隣のソーントンに首を向ける。

 ソーントンは何を議論することがあろうかと、そんな眼差しを返した。


「近衛師団に関する任命であろう、実力が伴い信頼に足り、その上で王太子殿下のお心に添った人物であれば良い。近衛師団総将は日頃から影となって王のお側にあり、王をお守りする。その役目を考えれば、最も抑止力になるのは剣士であるレオアリス殿で……」


 普段、明言型のソーントンはそこでふと語尾を濁した。楕円の卓の階寄りに座るアスタロトへと視線を向け、短く唸る。


 アスタロト公爵家長老会筆頭として、主家であるアスタロトの想いは、ソーントンも同じ長老会のコットーナ伯爵から耳にしてはいる。

 家第一のソーントンにしては珍しく、当主の心情に労しさを覚えた。


「いや、まずは王太子殿下のお心に添うのが、良いと思うが……」


 その向かい、ランゲと言葉を交わしているゴドフリーは穏やかな口調のまま、ただ少なからず悩ましげだ。


「今の顔ぶれを見れば王太子殿下がどなたを、と、お悩みになるのも理解できます。西海との戦いにおけるレオアリス殿の功績は大きいが、特にグランスレイ殿は近衛師団内での経験が豊富で実績もあり、信頼が厚い。セルファン殿も余り表立たれはされないが、誠実であり堅実です。そういう方もまた得難い人材ですから」


 隣でランゲが頷きながらも、異論を示して椅子の背に体を預ける。


「ゴドフリー卿の仰る通りではある。ただセルファン殿とレオアリス殿とを比べると、功績的にはレオアリス殿が一歩も二歩も出るのではないか」

「彼は、剣士としての能力がありますから、そこで一概に比べるのは」

「それこそ守護者として得難いだろう。この先、今回のような激しい戦いはよもや起こらないとは思うが、王太子殿下の御身の安全を考えれば自ずと守護は決まるのではないか」

「ふむ――なるほど。確かに私も、ランゲ殿と同じ視点は持っています」


 ゴドフリーは微笑んだ。


「これはやはり、十四侯の場で一定の議論を経るべき案件なのかもしれませんな。王太子殿下のこの諮問は、そこを踏まえておられてのことなのでしょう」






 一旦謁見の間から退出したグランスレイとセルファンは、他の近衛師団大将とも別室で控えることになった。

 セルファンは女官が退がった後の扉へ一度視線を向け、グランスレイの前に真っ直ぐに立った。


「恐れながら――私自身は議論の中で同列に並べられるものではなく、グランスレイ殿とレオアリス、お二人のいずれかが総将に就任されるのが至善と、そう考えます」


 開口一番、淡々とした生真面目な口振りに、セルファンらしいとグランスレイは笑った。

 背筋を張ったセルファンに笑みを返す。


「そうは思わん。とは言え私は私自身について、総将という立場に論ぜられるものではないと思っているが」

「それは違うでしょう。閣下は実力、隊士達の信頼共に相応しくあられます」


 即座に首を振る。


「それはまた、一方的だな」


 グランスレイがもう一度笑うと、セルファンは張った背を僅かに崩した。


「失礼いたしました」


 そう言って、やや気恥ずかしそうに口元を綻ばせる。


「……正直に申し上げれば――、王太子殿下が今回、三人のいずれかという中に私の名を挙げてくださったことは、望外の喜びですが」

「私もだ」


 セルファンに椅子に座るよう手を述べ、自分も向かいに腰を下ろす。


「王太子殿下は、御自身が難しい立場におられることを、あの御歳で深く理解されておられるのだろう。だからお一人のお心では決めず、十四侯の場に一旦託された」


 ファルシオンの決定に誰も異を唱えないからこそ、一存で決めるのを避けたのだろうと。


「我々は近衛師団として――どのような立場にあろうと王太子殿下をお守りしたいと、お守りすると、心に誓っている」

「はい」


 セルファンが頷く。


「私は、この戦いの中で王太子殿下のお側近くに就く機会を頂きましたが、御自身が様々な重責を追っておられるにもかかわらず、常に私を気遣ってくださいました。光栄なことですが、それでは殿下のお心が休まらないのではと、時折そう思うことがありました」

「セルファンの言うことは解るな。あのお心遣いが王太子殿下の美点の一つだが、本来はまだまだやんちゃをされ、愛情を受けて成長される時期におられる」


 グランスレイはふと、普段と異なる、慈愛のこもった――孫を思い起こすかのような――笑みを浮かべた。


「殿下はまだようやく六歳になろうというその双肩に、余りに重い責務を担われておられる。御身にとって、少しでも御心を安んじられる者が傍らに必要なのだ」







 ロットバルトは議論がやや拮抗している中で、自身がどう発言するか思考を巡らせていた。

 ヴェルナーとしては既にレオアリスへの後見を明言している。この場での発言は、どちらの方向にしても余り好ましくはない。


 ファルシオンの心中では、慕う想いが強いレオアリスを総将に、と願っている。

 ファルシオンが自らの心のままに指名しても、十四侯はそれを受け入れる。

 近衛師団の任免は王家の権限であり、十四侯に諮る必要は本来は無い。とりわけ王に最も近い近衛師団総将の任免は、権勢の思惑に左右されないことが肝要だ。


 ただ、今いくつか議論の声が聞こえるように、今のファルシオンの立場には十四侯の議論と統一した意思という後押しが必要だった。


 単純に考えればファルシオンのこの諮問は、()()()()()()に繋がりかねないが、それよりも今後ファルシオンを支える十四侯の意思統一が必要だからこそ、スランザールもこの諮問を認めたのだろう。


 西海戦の功績、そして近衛師団総将の役割――アヴァロンがそうしてきたように常に王の傍らにありその身を護ること、それらを考えればレオアリスが総将に就くことに大方の賛同を得られるはずだ。


(それでもこの諮問――殿下ご自身、考えあぐねておられるのかもしれないな)


 心ではレオアリスを選びたくとも、ファルシオンはこの九か月の間、グランスレイ、そしてセルファンの貢献を間近に見てきている。

 先月末、レオアリスが戻ると判る前に、ファルシオンは近衛師団総将を示そうとしていた。一旦グランスレイかセルファンか、どちらかを選んでいたはずだ。


 ただレオアリスは戻り、そして近衛師団大将としての功績は充分にある。


(剣士に向けられていた忌避、懸念はこの一年で払拭された。今、不安視される要素としては、単純に近衛師団での経歴が短く、歳が若いことか)


 四月で十九。

 十九ともなれば通常であれば充分、自らと周囲に責任を負える年齢と言える。


 ただ、ファルシオンが三月で六歳、正規軍将軍アスタロトがレオアリスと同じ十九歳と若く、国家守護の両翼がいずれも歳若いよりは、近衛師団総将にグランスレイを置いて安定を図る考え方もあった。


 華々しい功績だけを良しとし、地道とも言える行動、貢献が軽んじられていいものでは決してない。多くの地道な行動、働きによって組織、国家は支えられている。


「――なかなかに選び難い。私はレオアリス殿をと思うし、大方議論を見れば同じご意見と思うが――ヴェルナー殿、まだご発言がないが、貴殿の視点ではどうか。近衛師団に在籍されていた貴殿のご意見をお聞きしたい」


 ファルシオンの意向にランゲは添おうと考えている。水を向けられ、ロットバルトはもう一度、スランザールに視線を流した。

 皺深い顔は議論の行方を見守っている。


 ロットバルトはランゲと、そして卓に座る面々へ視線を向けた。

 議論の方向を定める一押しを、卓を囲むそれぞれが求めている。


「私の立場上、発言は控えるべきではありますが」


 アスタロトの複雑そうな表情が目に入る。

 まだ発言がないのは、心の中に葛藤があるからだろう。


「王太子殿下も名前を挙げられた三名、現総将代理グランスレイ殿、第三大隊大将セルファン殿、そして大将レオアリス殿。いずれも確かに、総将として任命された場合、誠意と共にその責務に応えられるでしょう。その点について我々には疑義はありません」


 ゴドフリーが深く頷く。


「同感です」

「仰るように私自身、三名を少なからず存じ上げています。近衛師団総将の責務は重いものですが、御三方はいずれも、充分にその任を担えるでしょう」


 そこで口を噤むと、続く言葉があると思い待っていたランゲを始め、十四侯の面々は顔を見合わせた。

 ランゲが口籠る。


「いや、ヴェルナー殿……それについては我々も重々……」


 そこを議論しているのだ、と。

 ロットバルトは笑った。


「すみません。私の立場では発言しにくいと、それは申し上げた通りです。ただ、一つ検討の要素として加えるとすれば、王都住民達の期待などでしょうか。この場でもう少し踏み込んだ個人的意見を申し上げるならば、――そうですね」


 俯きがちなアスタロトに視線を向ける。


「年齢に課題を感じておられるのであれば、最も若いレオアリス殿については、今回でなくとも、と」




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