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最終章『光を紡ぐ』(33)

 

 二月初めの空はとても晴れていた。

 街にも王城にも温もりを帯びた陽光が差し、冷たい風も陽光の中で肌を心地よく引き締め、この先訪れる春を予感させるようだ。


 二月一日、やや遅い午前十一刻から予定されている十四侯の協議の場では、天窓から注ぐ陽射しが謁見の間を染める中、一つの話題で持ちきりだった。


 ファルシオンが昨夜遅くバージェス視察から戻り、そして王都を発つ際にはいなかった者を伴ったこと――


「ランゲ殿――近衛師団大将、レオアリス殿が戻られたとか」


 十四侯の中でアスタロトを除きただ一人、バージェスに同行していたランゲは、彼には珍しく気の昂りを押さえきれない様子で、並びに座るゴドフリーとソーントンに頷いた。

 これで三度目、普段は同じ質問を繰り返されることを嫌うランゲも煩わしさを忘れ、先ほど別の相手に語ったことを繰り返した。


 バージェスの天井絵と水盆、そこで起きた奇跡――王太子ファルシオンが、どのような技を成したか。


「まこと、王太子殿下は国王の座を継ぐに相応しい力を備えておられる。私はあの場にいて、それを実感した。この身が震えたのだ」


 天井絵から降り注ぐ光がさまざまな色を纏って拡散し、その光を受けて水盆が、黄金の光を纏ったこと。

 ファルシオンの身体を包み広がった黄金の光が消えた時、水盆の上に現われた姿。


「王太子殿下は国を救った剣士を、自らの手で取り戻された。死の淵から救われたのだ。その時の美しい光に満ちた光景と、殿下のお姿は――。私は次代の王のお姿を、そこに見たように思う」

「貴殿にしては珍しく饒舌だ。それほどならば私もその光景を見たかった」


 細面の顎を引き、ソーントンが腕を組む。

 自らの当主でもあるアスタロトにも話を聞かされていたが、あまりに喜びに満ちた話しぶりでいまいち要領を得られなかったようだ。


「しかし王の剣士が――」


 ソーントンは一度言葉を切り、現時点での適切な呼称を探した。


「近衛師団の剣士が戻ったとなれば、次の総将はやはり彼ということになるか。今日の協議の場で明らかにされるのではないかと、大方の予想だが」

「と思う。元々王太子殿下は彼をと望んでおられただろうし、西海戦の最大の功労者の一人だ。今は部隊を持たないが、そこは問題ないだろう」


 第一大隊大将にはフレイザーが就いている。レオアリスは現在、大将級を保持したまま、部隊は持っていない。


「そうですね。近衛師団も総将が明示されれば完全に落ち着くのでしょうし、それが良い」



 それと、とゴドフリーは楕円の卓の一番奥に置かれたファルシオンの為の椅子を眺め、微笑んだ。

「王太子殿下は、来月ようやく六歳を迎えられます。まだ幼い御身を、どれほどの意志を持って立たせておられるか。レオアリス殿が戻られてさぞお喜びでしょう。殿下のお心の支えが一人、増えることは喜ばしいことかと」


 ランゲは同意を示し深く頷いた。

 バージェスの館の光景に心を動かされたのも事実だが、今ひとつ立場の弱いランゲとしては、ファルシオン支持を明確に打ち出しておくことは重要だ。

 声に力を込める。


「彼だけの話でもない。まだ幼くあられるからこそ、我々が王太子殿下をしっかりと支える土台にならなくてはな」






「近衛師団総将は彼だろうな――今日、この席で示されるのか……。彼が殿下と共に参列するかで分かりそうだ」


 楕円の卓を見渡し、侯爵の一人、東方に所領を持つウルビリアは自分が座る席の斜め前、近衛師団総将代理、グランスレイが着座する席へ視線を止めた。

 卓に用意された椅子の数はいつもと変わりがない。


「今日は参列はないのでは? まだ傷が完全に癒えておらず、療養中とか」


 傍らに座るオッドレイクは西方公派――元――だ。

 四十代後半、十侯爵の中では中堅どころの立場にあり、ただ元西方公ルシファーの乱に際しては、しばらく肩身が狭かった。


「ヴェルナー殿の所で療養しているのだったか。ヴェルナー家は――前侯爵ご存命の折から、レオアリス殿への後見を明言されていた」


 ウルビリアのやや羨望混じりの言葉に、オッドレイクが素知らぬふうで頷く。

 ウルビリアが侯爵へ陞爵(しょうしゃく)されたのは旧東方公派に処分が下った後だが、それでも今現在東方公が空位となれば、東方に所領を有する者として落ち着かない状態でもあった。


「先見の明というものですな。現ヴェルナー侯爵は近衛師団で非常に近い位置におられた。先を見通せる者が足場を固めて行く」


 やや非難めいた目をしたウルビリアへ、オッドレイクは「だが我々も、この先の道が断たれているわけではない」と言って視線を向ける。


 その先にいるのはヴェルナー侯爵ロットバルトと、もう一人、ゴドフリー等と熱心に話しているランゲの姿だ。


「お互い、先行きを見通す目を持ちたいものです」


 扉の脇に立つ衛兵がファルシオンの入場を告げる。

 ランゲ達を始め、思い思いに交わされていた会話は止み、それぞれ自席の前に立ち上がり入室するファルシオンを迎えた。


 協議の卓は謁見の間の階下に置かれている。ファルシオンの座る椅子も。

 今は他の列席者と同様、ファルシオンも廊下に続く扉から入っているが、五月の即位を迎えればこれまで王がそうしていたように、居城と繋がる通路を通り、壇上の玉座に着くことになる。


 深緑の絨毯を歩み寄るファルシオンはその姿を既に感じさせ、凛として顔を上げていた。





 十四侯の協議の場で、集った諸侯に対しファルシオンはレオアリスが戻ったことを正式に告げ、ただ予想されていた近衛師団総将の任命には触れなかった。


 とは言えファルシオンの表情の明るさが、協議の場に新たに光を差しかけたように感じた者も多かっただろう。

 それは十四侯の場に参列する者達自身の思いでもあった。


 西海との激しい戦い、そしてナジャルとの人の領域を超えた戦いを勝ち抜いた――そのことが、レオアリスの帰還によって確実になった感覚だ。

 戦いは過去になり、未来が開ける。


「此度の――近衛師団大将レオアリスの帰還、喜ばしいことと存じます」


 大公ベールが奏上に加えた言葉と、理知的な面に浮かぶファルシオンへと向けられた笑みを見て、アスタロトは心の底から喜びが湧き上がってくるのを感じた。






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