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最終章『光を紡ぐ』(16)


「この王都であなた方にお会いできたことは、思いがけない喜びです」


 ロットバルトはカイル達の正面の椅子に座り、カイルとセトへ会釈した。その視線をプラドとティエラに移す。


「お二人を王都へお連れ頂き、感謝します。直接私なりにご連絡頂ければ、街門まで迎えの馬車を出したのですが」


 浮かべた笑みにほんの僅か、苦笑が混じる。


「どうか私共を、信頼とまでは行かずとも信用して頂ければ有難い」


 あの戦いに参加し功績を立てても、プラド達がそれを以てこの国への伝手としようとしないことは、いかにも彼等らしい在り方だ。反面、彼等と縁を繋げるのは中々に難しいことだと実感させられる。


「えっ、プラド、あなた知り合いなの?」


 何故言わなかったのだと、ティエラはプラドをジロリと睨んだ。


「一度会っただけだ。知り合いとは言わない」


 更に苦笑を深めたロットバルトへ、プラドは視線を向けた。


「あなた方の在り方は理解している。決して信用していない訳ではない。今は」

「それを伺えて良かった。この先の信頼構築は、また地道に積み重ねさせていただきましょう」


 ロットバルトは頷き、改めてカイルとセトをそれぞれ見つめた。


「本当に、お久し振りです。本来ならば直接お伺いするところを、使者を介した遣り取りばかりとなり、不調法をいたしました」

「いえ――そのお心遣いだけで充分です。エイセル殿には便宜を図っていただきました。魔獣が増えた折も――」


 カイルとセトは二人して頭を下げた。


 昨年の五月以降、東方と北方の辺境部に魔獣が出現し、広範囲の地域に被害を及ぼした中で、黒森もまた例外ではなかった。

 カイル達の村は幸い被害を免れたが、その理由は二つある。


 一つはヴェルナー侯爵家が派遣した警護部隊が、十一月末まで常駐していたこと。

 そしてもう一つは、黒森に元々棲息していた魔獣の存在だ。

 白毛と呼ばれるその魔獣は、元々カイル達の村から一日ほどの距離にあるシュランという村付近に棲息していたが、その縄張りの範囲だったことが幸いしていた。


「黒森の状況はいかがですか」

「今は魔獣も影を潜め、すっかり落ち着きました。雪深いのは変わりませんが」

「以前何度か雪の黒森に行きましたが、今の時期は相当積もっているのでしょうね」


 暖炉の炎が揺らぎ、皮膚に温もりを伝える。黒森の雪深さに比べれば、王都は暖かく感じられるだろう。

 ロットバルトの瞳の端に、炎の揺らぎが映る。


「今回王都へお越しになった理由を、お聞かせ頂けますか」


 促され、カイルは束の間言葉を探すように沈黙した。

 顔を上げる。


「――ヴェルナー殿。貴方にお願いして良いのか、わからないのですが――」

「当然、何なりと」


 カイルは背筋を伸ばしていた身体を、遠慮がちながら乗り出した。


「法術院長にお会いすることは、叶わぬでしょうか」


 ロットバルトが頷く。


「法術院へ、というご希望は承知しております。ですが法術院長は今現在二つ、案件を抱えています。カイル殿、貴方がお持ちになったお話によっては、院長は他を差し置いても興味を持つかもしれません。そこは判断になります。その為にまず私がお話を伺わせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」


 法術院長であるアルジマールがどのような案件を抱えているのかは、カイル達には測りようがない。

 ただ、カイルの持ってきた話がそれと比してどれほど重いかを、ロットバルトが判断した上で法術院長へ話を持って行きたいと言っているのは解った。


 ティエラはほんの僅か、首を傾げた。

 話を聞いた上で、ということであれば、カイルを見知っているとはいえこれほどの立場の人物が直接応対する必要はないだろう。

 ただ話を聞く為だけではなく、彼には彼自身の考えが別にあるように見える。


 カイルは迷いを滲ませ、視線を落とした。


「――確たる何かがあるわけではないのです。ただ確かめたかった――わしの考えが、思い過ごしでないかを」


 蒼い双眸がその先を促している。


「希望が――」


 小さく呟き、カイルは暫く視線を落としていたが、ややあって首を振った。

 その手が微かに震える。


「いえ……いえ、そのような曖昧なことに、あなた方のお時間を割いていただくのは、申し訳ない」

「カイル」


 セトが傍らを見る。


「どうした。今更何だ。何でも話してしまえばいいじゃろう。その為にこんな場所まで来たのだ――」

「……いいや。やはり――、やはりこの話は……」


 立ち上がろうとしたカイルの袖を、セトが掴んで押さえる。


「何を言っておる。そもそもわしにさえ、お前さんが何を考えていて王都へ来たのか、まだ話してもらっていないぞ」

「わしは――、()()()


 何もいない空の肩へ視線を向け、カイルは息を吐いた。


「いや」

「カイル――」セトが語気を強める。「レオアリスのことじゃろう!」


 セトは絹張りの椅子を弾ませるように立ち上がった。


「何か考えがあるのなら言うてくれ。――カイル!」

「カイルさん」


 ロットバルトが静かな声でカイルの名を呼んだ。

 蒼い双眸はカイルを見つめている。


「一昨年の十一月にお会いした時のことを、覚えておられますか」


 黒森の――レオアリスが育った、彼等の小さな村で。

 バインドの一件があった時のことだ。


 訥々(とつとつ)と語られた、過去と思い出。

 語る言葉はそのまま、降り積もる雪の底に再び埋もれていくように思えた。


「貴方はあの時、頼むと仰った」



『あの子を、頼みます』



「あの時のこと、そしてその言葉は、私にとって決して軽いものではありません」


 蒼い双眸がカイルの黒いそれを捉える。

 ごく慎重に、ロットバルトは言葉を紡いだ。


「そしてまだ私は、()()()()()()()()()()()()()と、貴方にお詫びをしようとは思っておりません」

「いいや――、お忘れください」


 カイルは首を振った。


「あの言葉は、貴方に負わせようと思ってのものではないのです。わしらの至らなさが招いた結果を、わしらではどうにもできなかっただけなのだから」


 セトがカイルの腕を強く掴む。ただその目は見開かれ、カイルではなく正面のロットバルトを見据えている。


「貴方の今の言葉は――」

「セト?」

「今の言葉は、何か根拠があるのですか」


 カイルはセトの問い掛けの意図が掴めず、彼の横顔を見つめた。セトの視線がカイルへ動く。


「カイルよ、教えてくれ。ここで、法術院で何を確認しようと思ったのじゃ。カイは――」


 腕を掴む力が増す。


「カイは、何か気付いているのか。レオアリスが、例えば、どこかにいるとか」

「おそらくカイは、何度も彼を探し――そして何の気配も辿れなかったのでしょう」


 カイルがはっとして顔を上げる。

 セトとティエラは首を傾げ、プラドは鋭い視線をロットバルトへ据えた。

 ロットバルトはそれらの視線を受け、カイルを見ている。


 何の気配も辿れない。


 その言葉は、全ての希望を打ち消すように思える。

 カイルは力が抜けたように、すとんと椅子に腰を落とした。

 ティエラは支えようと手を差し伸べかけ、カイルの表情に気付いてその手を止めた。


 カイルは目を見開き、ロットバルトを食い入るように見つめている。

 その目には絶望ではなく、力があった。


「カイル殿。法術については貴方の方が詳しいはずです。法術の物見や探索の条件、或いは対象を追えない条件として、何がありますか」


 カイルが深く息を吸い、吐く、その響き。

 食い入るように向けられた目が、一度ゆっくり、(まばた)く。


「――相手のことを知らなければ、探すことはできません。少なくともわしらには」


 一つ一つの条件を挙げる。

 物見は伝令使や、時に無機物に視界と意識を繋ぎ、その場、周囲を視認する術だ。


「物見では、伝令使といった術士が良く知った存在か、それとも良く知った場所のものか、いずれかを媒介にしなければなりません」


 カイルの肩には、いつの間にか黒い尾の長い鳥が乗っていた。

 レオアリスが連れていた伝令使だ。


「また、高度な術式を必要としますが、あらかじめ仕掛けておくことも可能です。そう言う場合は発動の条件を付すことで、必要な情報を得ることができます」


 もう一つの探索は物見よりも高度な術式で、対象物や対象者を直接見つけ出す為に用いられる。

 これも伝令使を用いるほかに、例えば対象の人物の持ち物などを媒介に追うことができた。

 ただし術者――そして伝令使ならば伝令使が、対象を熟知していることが条件となる。


「条件が整えば、無機物でも探せるはずですね。例えばこの机など」


 ロットバルトは彼等の間に置かれた低い机に指先を触れた。


「それは理論上可能じゃが、今示されたものなどは、実際に探すとなれば余程特徴がなければできますまい。それこそ、砂の中から一粒選び出すようなものですからの」

「とは言え、不可能ではない」

「そうです」


「そこに私は、まだ光を見ています」

「――」


 カイルは羽毛の中の眼を、慎重に――ロットバルトに据えた。

 黒い双眸に灯る輝きはずっと光を失っていない。

 だからこそ、カイルはこの王都まで来たのだ。何度も、何度も試したのだから。

 大切な育て子を――カイの大切な主人を探そうと。


 それでも一度、自分の心を抑えるように首を振った。


「当然、その対象が失われていれば、探せますまい」


 ロットバルトはそれには言葉を返さなかったが、頷いた。そのことも考慮した上での話だ。

 カイルから視線を外し、セトと、ティエラと、プラドを見る。


「以前――、一昨年の末のことです。王太子殿下のお姿が、居城から消えました。その時、王太子殿下の気配を良く知っているはずのカイ――貴方の肩のその伝令使は、殿下を追えなかった。西海の三の鉾と、それからある力によって殿下が隠されていたからです」

「やはり――」


 掠れた呟きが、カイルの喉から押し出されるように溢れる。

 そこに期待を持っていいのだと。

 希望を。


 セトも二人が何を見ているのかに気付き、ゆるゆると腰を下ろした。


「カイル……そうか」


 ロットバルトはまだ努めて慎重に、言葉を継いでいく。


「法術院長アルジマールが、()()()()のです」


 アルジマールはこれまで何度も法術による探索を試みている。法術院の他の術士もだ。

 だがどの術の結果も同じだった。

 気配すらない。


「言葉が過ぎていたら、申し訳ありません。しかし――遺体でさえ見つかっていない」


 ティエラとプラドもまた、ロットバルトが何を言おうとしているのか――

 カイルが何を確認しようと、王都へと来たのか、思い当たった。


「私は、彼は何らかの力に隠されていると、その可能性を考えています」





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