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最終章『光を紡ぐ』(15)



『確認したいことがあるのじゃ』


 どうしても、と――


 耳の奥に繰り返したカイルの言葉が、周囲の雑踏の音に紛れる。

 ティエラは確認するように、傍らを歩くカイルを見つめた。


 特徴的な外見は、灰色の生地に白い模様の入った長い外套と頭巾に隠している。歩く速度に合わせて街並みは後ろに流れ、様々な人が行き交う。


 すれ違う見知らぬ人々の視線はティエラ達の――正確にはカイル達の上に一度止まり、首を巡らせて通り過ぎて行く。


「プラド。少しゆっくり歩いて」


 前を歩くプラドを、ティエラは嗜めた。通り過ぎる人々の視線がカイル達を追うのが気に掛かっていた。余りカイル達と距離を空けて欲しくない。


 プラドは振り返り、束の間立ち止まってティエラ達が近付くのを待ち、また歩き出した。


 王都に、ティエラとプラド、そしてカイルともう一人の村人セトの四人が着いたのは、二人が黒森の村を訪れてから、二日後のことだった。

 一旦カレッサの街に出て領事館で二人の通行証を整え、途中宿を取り、王都へ着いたのが今朝。


 柘榴の飛竜で王都へ向かう短い旅の間、カイル達は言葉少なくではあるが、彼等とレオアリスのこと、そしてルフトとの関わりを話してくれた。

 レオアリスが生まれた日の出来事を。


 カイル達と親しく温かな交流を持ったのも剣士の氏族であり、それを壊したのも同じ剣士だ。


 ティエラは自分の立場を複雑なものに感じていた。

 カイル達にそのことを気にする様子は見えないけれど、どうしても。


 王都の街を見渡す頭巾の下の眼差しは慎重で、そして何かを追いかけるようだ。

 セトが「ここで……」と、感慨深そうに呟く。


 十四で王都へと来たレオアリスが、四年間暮らしていた場所。

 彼等の眼差しはこの王都の通りや街の角に、自分達の養い子の姿を見ているのだろうか。


(カイルさんが何を確かめたいのか――はっきりとは言ってはくれないけど)


 何か、力になりたい。


 法術院に話をしたいのだとカイルは言っていた。カイル達は法術を生業としていると聞いたから、その面で気になっていることがあり――それはやはりレオアリスのことだろう。


(納得いくまで)


 とは言え、プラドとティエラは王城に直接の伝手(つて)を持っていない。


「法術院には、会ってもらえるかしら」


 そっとプラドへ首を傾ける。プラドの答えは素っ気ない。


「法術院に直接行けば何かしら話は聞ける」

「貴方が前に入ってた、正規軍は?」

「説明が面倒だ」

「そんなこと言って――カラヴィアスさんに頼ればよかったかしら」


 ティエラとしてはこのままただ歩いて王城に向かうのは、問題があると思っていた。

 理由は一つ――、彼等は人目を引く。

 カイル達もそれを理解していて、翼を外套で覆い、頭巾の他に顔を半分布で隠している。


 ただその翼の膨らみが目立つのだが、乗合の屋根付き馬車に乗れない為、歩かざるを得なかった。

 街中では飛竜を飛ばせるのは軍か貴族でも伯爵以上に限られていることから、王都まで乗って来た柘榴の飛竜は北街門で厩舎に預けている。


(無理矢理法術院に乗りつければよかったかしら――でもそれじゃ騒ぎになって、目的が果たせないかもしれないし)


 下手に乱暴なやり方をして騒動になってしまったら、カイルが確認したいことは叶わなくなってしまう。


「ごめんなさいね、すぐに王城に行けなくて。でも、北門から知り合いに報せを送ったから。手が空いてて来てくれるといいんだけど」

「構わぬよ。わしらだけでは王都まですら来れん。連れてきてもらえただけで本当は充分じゃ。案内までしていただかなくとも」


 穏やかに首を振ったカイルに呆れているのは同行したセトだ。


「案内してもらわにゃ、わしらだけじゃこんな場所は歩けんだろう――、……人が多すぎるし、広すぎる」


 途中セトが飲み込んだ言葉は、ティエラの危惧と同じだろう。

 剣で対処できることならば、何の問題もないのだが、この不安は違う。


 道の先に『(ガルド)』を見つけ、軽く息を吐いた。広い王都を行き来しやすくする為の移動手段の一つだ。今いる下層から、中層の入り口付近に繋がる法術による門。


 王都の北街門を入った時、中層の『(ガルド)』の前で待っていて欲しいと、王都で唯一顔見知りと言える相手、デント商会のマリーンに報せを送っていた。


「彼女のこと、レオアリスから聞いたことはある? 村を飛び出した時に会ったんですって」


 セトが頷く。


「知っておるよ。二度ほど村に来てくれて、香木を買い付けてくれた」

「そっか。そう言えば、黒森まで商隊を出してたって言ってたな」


(ガルド)』は本当に、門が一つ、通りの一角に建っているような形状だ。

 厚みは大人が両手を広げた程度。扉はなく潜るだけ、行き先は固定されている。


 プラドが先に入り、カイルとセト、そしてティエラが続いて潜った。

 抜ける際のほんの僅かな浮遊感――、すぐに靴裏が石畳を踏む。もう中層だ。

 正面から歩いてきた男とすれ違う。手がカイルの鞄に伸びた。


「ちょっと」


 ティエラが割って入る。

 鞄をひったくろうとした手は外套を掴み、外套がぐいと引っ張られて男の手に残った。


「くそ」


 毒づきつつ『(ガルド)』へ駆け込もうとした男は、一瞬視線を向けたカイルの姿を見て思わず立ち止まり、顔を引き攣らせた。


「鳥――、え、羽?! いてぇ!!」


 男の腕をプラドの左手が掴み捻り上げている。

 ちぎれそうな肘の痛みと無言で向けられる鋭い双眸に男は堪らず喚いた。


「わ、悪かった! 放してくれ! まだなんも盗ってねぇだろ!」


 プラドが手を放し、どすんと石畳に尻餅をつく。

 解放されたことに気付いた男は慌てて立ち上がり、


「薄ッ気味悪ィ」


 言い捨てて『(ガルド)』の向こうに消えた。


 ティエラは素早く外套を拾い上げカイルに手渡し――、息を吐いた。

 『(ガルド)』を出た先の大通りにも多くの人がいて、彼等の視線がティエラ達へ――カイルへと向いている。


「何あれ」


 皆驚きに目を見開き、ひそひそと言葉を交わしている。


「鳥――半獣族ってこと?」

「仮装じゃないよな」

「初めて見た、あんな」


 騒めきに混じる声には漠然とした不安と、恐れが聞き取れる。


「西海と関係あるんじゃ」

「去年の五月に、エルゲンツ橋に出た奴も、半獣だった」


 遠巻きにした人々から投げ掛けられる気味の悪いものを見るような、棘を含んだ視線。


 ティエラにも見覚えがあった。

 ティエラ達が剣士だと判った時に、向けられる視線――


「――行くぞ」


 プラドに促され、ティエラは外套の埃を払いカイルへと着せ掛け、カイルとセトの背中を押して歩き出した。

 進む先で人だかりが慌てたように割れる。

 彼等の視線に、ティエラはカイルの語った言葉を思い出した。


 かつて彼等は、忌み族と呼ばれ一箇所に落ち着くことができずに国内を転々とし、そして北の辺境に辿り着いたのだと。


 通行証を手配したカレッサの街は、カイル達は時折生活必需品の買い出しに出かけていたこともあり、住民達はカイル達の姿を見慣れていて何の問題も感じなかった。


 ただカイル達は自分達に向けられる視線に対して、慌てた様子もなく当然のように受け止めている。


(……慣れているのね)


 それは決して、ならば良かった、と言えることではない。

 ティエラは顔を上げ、避けるように身を引いて視線を向けてくる住民達を見据えた。


 姿形が違うだけ――、ただ種の違いだけだ。

 カイル達が何か迷惑をかけている訳でもなく、害を及ぼそうと考えている訳でもない。

 それなのに彼等は、それが原因でルフトを失った。


 足を止める。


「ティエラ」


 振り返ろうとしたティエラの肩を、プラドの手が掴んだ。


「話すだけ――そんな目で見られるようなこと、何一つしてないって」


 ティエラの硬い声に、場違いに思える若い女の声が重なった。


「おじいちゃん……!!」


 視線を向けた先、驚いた声と一緒に駆け寄ってくるのはデント商会のマリーンだ。


「いつ王都に――?! えっ、何でティエラ達といるの? あっ、何でじゃないか、ティエラから報せをもらったんだもの――」


 傍らのカイルとセトからティエラやプラドへ忙しなく視線を走らせつつ、マリーンはカイルとセトの手をそれぞれ握った。感情の上下が全て声に出ている。


「おじいちゃん、レオアリスのこと――王都に来たのって――私、知らせてあげられなくって」

「マリーン? またいきなり駆け出して」

「ダンカ、父さん! カイルさんとセトさんよ!」


 ダンカが一足先に追いつき、遅れてデントが掛けてくる。

 デントは二人を見て目を見張った。息急き切らしているのは、いつものごとくマリーンが突然走り出したからだ。


「これは、カイル殿に、セト殿。いつ王都へ――仕入れに行きたいと、思いながら、昨年は、ほとんど動けず、で」


 マリーンは遠巻きに取り囲む人々を見回した。

 彼等が今まで向けていた視線など、マリーンにはまるで無関係のようだ。


「みんな、この人たちは、レオアリス――王の剣士の、育ての親よ。黒森の」


 明るく弾んだ声に、立ち止まっていた人々は顔を見合わせた。


「王の――」

「近衛の、大将殿の?」

「そう、そうよ――おじいちゃんたち、本当に、よく来てくれたわ。私、ずっと伝えなきゃって思ってて――」


 カイルとセト、二人の手を取ったまま、マリーンは涙ぐんだ。声が震える。


「でも、なんて言っていいいか、わからなくて――ごめんなさい、心配だったでしょう」

「マリーン」


 セトがもう片方の手を重ね、ゆっくりと首を振る。


「お前さんが気に病むことはない」


 カイルも頷いた。


「そうじゃ。それに、わしは――」


「そうか、あんた達が、王の剣士の」


 離れて見ていた人々の中から三十代半ばほどの男が一人抜け出し、カイルに歩み寄るとその手を握った。


「あんた達に礼を言いたい。彼のおかげで、俺の子どもの命が助かった。彼は恩人だ」


 それまで恐々と遠巻きにしていた輪が、ほんの少し縮まっている。

 カイルの手を握った男は、カイルとセトを交互に見た。


「十月の、王都侵攻の時に――感謝してもしきれない」


 ティエラは驚いてマリーンを見た。

 マリーンはもうカイルの手を放し、嬉しそうに近寄った男とカイル達を見ている。

 その目をティエラに向けた。


「みんな、レオアリスに感謝してるのよ。ていうかあの子、人気あるもの」


 気付けばカイル達の周りには人だかりができていた。

 三、四歳ほどの女の子を連れた母親が、子供の頭を撫でながらカイル達へ頭を下げる。


「エルゲンツ橋の海魔の時、私、この子とすぐ近くにいたのよ。隣のおばさんが亡くなって――でも、彼が来て助けてくれたから」


 海魔が出現した三箇所の中で、人頭姫(ハゥフル)が出現したエルゲンツ橋周辺は被害が最も多く、出動した正規軍兵士を含め住民に二百人近い人命が失われた。重軽傷者の数はその倍に上る。


 僅か三体の人頭姫(ハゥフル)がの歌声により法術は阻害され、レオアリスが来なければ被害は更に拡大していたと言われている。


「あの時本当は、結構ひどい怪我だったっていうじゃないか。だからその後半年近く表に出てこなかったんだって」

「十月の西海軍の侵攻の時も、傷が癒えたばっかりだったんでしょう」

「俺の子と同じくらいの歳でしかないのに、俺たちは頼りきって――彼が戻ってないこと、申し訳ないと思ってる」

「あんたら家族に詫びなきゃいかん」

「ごめんなさいね、こんなことになって――」


 変わるがわる、口々に言う一人一人の顔を、カイルは見つめた。


「わしらは――」


 羽毛の中の目を瞬かせる。

 そこに光が滲んだ。


「わしらは、あなた方に感謝したい――」


 掠れた声は、心の奥から滲み出るようだ。


「あの子にそんな言葉を貰えるのであれば――、あの子はこの王都で、――これまで歩んで、幸せだったのだろうと、良くわかる」


 ティエラは人々を見回した。

 先ほど覗かせた不安や異質なものを見る色は、彼等の上からもうすっかり消えている。


 カイル達を励ますように、彼等は互いに顔を見合わせ、頷いた。


「きっと、大丈夫ですよ」

「彼ならまた戻ってきてくれるって、皆信じてるんだ。剣士だし」

「そうだよ、彼はさ、王の剣士なんだから」









 王城へはデントが繋ぎ、その日の夕刻には四人は王城に招かれた。

 法術院長に、と申し出たものの、案内されたのは中庭にある法術院の建物ではなく、王城西棟三階の一室だった。


 応接室だろう室内は壁の腰高に木の板が張られ、外に面した広い窓や硝子戸に掛かる日除け布、椅子の座面は藍色に近い艶のある青で統一されて、重厚で洗練された趣きだ。

 部屋の中央に四脚の椅子と長椅子があり、深緑色の御仕着せに身を包んだ王城の女官は、カイルとセトを長椅子に案内した。主人が座るだろう椅子が正面に置かれている。プラドとティエラがその右斜め前の長椅子に腰かける。


 案内した女官とはまた別の女官二人が、暖かい紅茶を四人の前に置いて退がる。

 芳しい香りが陶器の器からふわりと漂い、室内を充していた緊張を僅かにほぐす。


 セトは身じろぎ、室内をそっと見回した。


「法術院長には、会えんのかの。何も法術院長でなくとも良いのだろうが」

「法術院長アルジマールは、昨年の戦いでかなり負傷したはずだ。回復していればいいが」


 答えたのは珍しくプラドだ。


「それで会えないのかもしれんのう」


 セトが眉を寄せる。

 カイルはじっと黙って、艶やかな卓の上に視線を落としている。


 黒森から遥か遠く隔てられた王都を訪れ、カイルがどんなことを話そうと――尋ねようと思っているのか、その内心は窺えない。

 ただ、静かに繰り返される呼吸は、カイルの緊張を伝えている。


「カイル――」


 セトはカイルの名を呼んだものの、その先は尋ねず口を噤んだ。


 カイルが(いだ)いて来たものが、期待なら、それが何か聞きたい。

 ――けれどもし、そうでなければ。

 セトはそのことを怖がっているように見える。


 プラドは口を開かず、ティエラもどことなく緊張を覚えながら、扉が開くのを待った。

 窓の硝子の向こうには鮮やかな夕暮れの空が広がっている。もう半刻もすれば日没だろう。

 街の喧騒からは遠く、時間がゆったりと流れるように感じられる。


 部屋に通されて四半刻も経たない頃合いで、扉が開いた。


「お待たせして、恐縮です」


 入ってきた人物を見て、カイルは驚いて腰を上げた。


「――あなたは」


 一年、それよりもう少し前、黒森の村で顔を合わせた青年だ。レオアリスと共に村を訪れた。

 その時彼は、レオアリスと同じ近衛師団の漆黒の軍服に身を包んでいた。

 今は異なる。


「ヴェルナー殿」


 ヴェルナー、――ロットバルトは、カイルとセト、そしてプラドとティエラの姿を見つめ、穏やかに目礼し、微笑んだ。


「お久し振りです」






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