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最終章『光を紡ぐ』(14)

 

「バージェスの再建は、ほぼ六割進んでいます」


 アスタロトはファルシオンを前に、バージェス再建の進捗状況を報告した。

 年が明けてからしばらく、バージェスに滞在しながら復興作業を指揮して忙しく、王都に戻るのは十日振りだ。


 二人が今いるのはいつもの謁見の間ではなく、南棟五階にある執務室だった。これまで父王が使っていた執務机は小さなファルシオンにはまだ大きく、小振りの机に変えている。

 アスタロトにとってはそれが微笑ましく、そしてこれからのファルシオンの成長が待ち遠しく思える。


「通りは石畳の破損部分を入れ替え、建物についても内部の洗浄と清掃が終わっています。あとは屋根と壁の修復が、ひと月もあれば終わると思います」


 アスタロトが続ける。窓からの日差しが暖かい。

 ここ二、三日雪が続いていたが、今朝は久しぶりに晴れ渡った空が窓の向こうに広がっている。


「それから水路は全部、浚渫を終えました。海に流し込むのは避けて、なるべく泥上げしたので一番手間がかかりましたけど、みんな頑張ってくれたので」


 ファルシオンは黄金の瞳を輝かせ、笑みを広げた。


「今は、復興作業は千人近くがかかわっているのだったか」


 アスタロトは頷いた。正規軍兵士を入れれば九百七十もの人の手が入っている。


「入れ替わりですけど、近隣の住民だけじゃなく、馬で数日の遠方からも人が来てます。給金がいいので人気なんです」


 声にやや得意げな色が混じる。財務院に掛け合って、予算を上げてもらったのだ。


 従事する内容にもよるが、一月従事すると最大で通常の収穫期の稼ぎと近い金額が出ることになる。冬の時期はそもそも身入りがない。

 噂を聞きつけて、戦禍を受けた地域だけではなく北方や南方の住民達もバージェスへ来ることも多く、その分修復の速度も上がっていた。


「先月終わりくらいから、屋台とか物売りが出始めました。美味しいし賑やかですよ。バージェスにお店を持ちたいって希望もあって、地政院と財務院と今、復興後の移住についても話をしてるところです」

「私も聞いている。王都の商業組合の中でも、バージェスに、という話も出ているようだ」


 なるべく公平性を保たなければならないのだけれど、と大人びて笑う。


「復興が終われば、一万人くらいが住める街になります。四月の、西海との条約締結が無事終わったら」

「にぎやかで、でも安心して暮らせるまちになるといい」


 そう言ってファルシオンは、アスタロトが二人の間に広げている街図を覗き込んだ。

 バージェスの街は一部が海に張り出し、縦横に水路が廻らされている。


「水路が完成したら、とても美しいのだろうな」

「はい、とても」


 勢いよく頷いたのは、アスタロトがバージェスの街に愛着を持っているからだ。あの街が美しい姿を取り戻して行くのを見るのは、心が弾む想いがする。


「王都も大きな運河を巡らせてますが、バージェスのは大小様々なんです。ひょいって飛び越せそうな水路もありますし、船が行き来できるものとかも」


 指先で水路を辿る。


「水は透明で、海藻が揺れてる中を小さな魚が泳いでます。王太子殿下に見ていただくのが楽しみです。あとは、橋なんですが――」


 ほんの少し、アスタロトは言葉を口の中でくぐもらせた。


 バージェスの最大の魅力とも言える百に及ぶ橋の修復なのだが、これが問題だった。

 最盛期には百人を超えた橋大工の技術継承が既に途絶えてしまっている。


 そこでアスタロトは、王都で運河の橋を施工している職人を中心に、王都の文献や現存している橋を詳しく調べ、施工方法を検討するところから始めた。


「三月末までに、終わらせられる日程で進めてます」


 それとアスタロトにはもう一つ、やりたいことがあった。

 あの条約の館へ続く大通りの橋は、西海の侵攻を受けた際、橋脚から全て落ちてしまっていた。


 それを再び架けるにあたり、その橋に象徴的な彫刻を彫り込みたいのだ。これまでこの国を作り上げてきた歴史――新しい歴史を生み出すもの。


 王と、ファルシオンの姿を。

 まだファルシオンには話していないが、図案を検討中だ。


「これは、条約の館の天井絵なのだろう?」


 ファルシオンはもう一つ、街図とは別の手元の紙を見つめている。

 美しい風景画の図案――半円になるよう描かれた展開図で、円の中に青い海と、中央にある緑の大陸が色鮮やかだ。中心の城はここ、王都を示している。


「この絵が、いろんな色の硝子で描かれていたのだな」


 アスタロトはまた頷いた。


「光を通した絵は、とても壮麗です」


 この絵が、そしてかつての条約締結の館の修復が完成して、バージェス再建が完了する。


 目の奥にはまだ、去年のあの日に見た天井絵が光を含んでいる。

 そして、その下にあり、鏡のように天井絵を映していた大きな水盆――西海と行き来する為の『道』。


 それを潜り西海に赴いた体験、どこまでも澄んで青く揺らぐ鮮烈な色彩は、アスタロトにとって戦乱の暗さとは別のところにある。


 あの時の道を再び開く術をアスタロト達は持っていない。

 けれど、西海との新たな条約を締結することで、新しい道が開かれるだろう。


 泥の中から次第に美しく立ち現われて行くバージェスの街、その復興は、ただ西海との条約締結の為だけでも、再び人々が暮らし発展する為だけでもなく、この国が新しく進んでいく為の道標のように思えた。






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