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最終章『光を紡ぐ』(6)


 十一月二十七日、午前十刻。

 多くの人々が、王都の西街門から王城へと続く大通りに集まり、左右の歩道を埋めていた。

 歓声を上げる彼等の間を、横五列に並んだ兵列が通り過ぎて行く。


 兵列の中に翻る濃紺の正規軍軍旗と、王太子旗。

 西の地で戦った兵達の凱旋の列だ。


「さっきランドリー将軍の北方軍が通った」

「今進んでるのがミラー将軍の部隊だろう。全部通るのかね」

「さすがに色々無理だろう、主だった部隊だけじゃないか? そりゃ全員に酒でも振る舞ってやりたい気分だけどな」


 破産するぞ、と笑ったのは商人風の男だ。


「ケストナー将軍は?」

「後方にいるみたいなこと、聞いたぞ。将軍は全員参列だよ」

「ゴードン将軍は王都の守護に残られたが、嬉しいだろうな。ヴァン・グレッグ将軍の仇が討てたんだ」

「本当は戦いたかったと思うよ」


 途切れない歓声と口々に交わされる幾つもの会話達の中、マリーンは人々の頭の間から背伸びをして通りを覗き込んだ。


「もうちょっと、早くくれば良かったわ……っ」


 人垣の向こうを連なり、途切れず通り過ぎていく兵と軍馬。空には飛竜が隊を組み旋回している。王都守護として残った正規軍第一大隊の赤鱗と近衛師団の黒鱗だ。

 空は抜けるように澄んで薄水色に輝き、陽光は通りそのものを輝かせているように見えた。


 これまでおよそ半年もの間、閑散とした街を抜けて発ち、その多くが帰ることのなかった兵列。

 彼等が今、ようやく戻ってきたように思えた。

 マリーンの――送り出すだけだった住民達の心の中にしこりのように残っていた重苦しい感情が、ゆっくり消えて行く。光に溶け、歓声に変わる。


 翻り過ぎていく軍旗を見つめ、マリーンは深く息を吐いた。


「勝ったのね――戦争が終わったんだわ、ダンカ」


 ダンカと抱き合い、「お嬢……えと、マリーン」マリーンに睨まれまだ慣れない様子で名を呼んだダンカの言葉に、また通りへ顔を向けた。


 歓声が一際大きくなる。子供達の声が弾ける。通りが揺れた。

 期待と希望に満ちた歓声。


「近衛師団――!」

「王太子殿下の旗だ!」


 通りを過ぎる凱旋の列は中程に差し掛かり、兵列の濃紺の軍服に、一角、黒いそれが加わる。

 近衛師団――いよいよ、待ちに待った王太子ファルシオンが通るのだ。

 兵列の中に翻る旗は、八割方が王太子の若草と銀糸の紋章に占められた。王の紋章を囲む若草の、希望と誠実を表す待雪草と君子蘭――それは今の、王都の上に青く澄んで広がる空を思わせる。


 ダンカはマリーンを、幼い子を抱き上げるようにして抱え、彼女の視点を高くしてやった。

 周囲の歓声はますます上がり、ファルシオンの名を呼び交わす。

 幼い王太子が、偉業を成し遂げた。

 彼等の国王に代わって、彼等の王太子が、彼等の兵士達と共に。


「タウゼン将軍だ」

「負傷されたって――」


 右腕を包むはずの軍服の袖が風に揺れる。その様は、戦闘の激しさを物語っている。

 食い入るように視線は集中し、歓声は更に膨らむ。

 アスタロトが濃紺の軍服に緋色の長い上衣を纏い、騎馬を進める。


「アスタロト様――!」

「炎帝公!」


 馬上に背筋を張り、高く括った黒髪が騎馬の歩調に合わせて肩の上で揺れる。

 凛とした面は意思を表すように前へ向けられている。


「ナジャルってのは相当の化け物だったみたいだけど、倒せたのは炎帝公と王の剣士がいたからだろう」

「アルジマール院長もいたし」


 とうとう並列の中にファルシオンの姿が現われ、歓声は最高潮に達した。


「ファルシオン殿下――!」

「王太子殿下!」


 街そのものが震えるようだ。

 幼いファルシオンが騎馬の上に、近衛師団第三大隊大将セルファンと共に背筋をしっかりと伸ばして座っている。

 その姿は僅か六日前、王城を発った時よりも大人びて、威厳を纏って見えた。


 ファルシオンはあの朝、この戦いで西海との戦乱を最後にすると、兵士達へ、そして住民達へ約束した。


『必ず、ここに帰ってきて――そうしたら、みんなで、また安心して暮らしていけるようにしよう』


 約束どおり、戦いは終わり、平穏な暮らしが戻るのだ。

 ファルシオンはそれを叶えてくれた。


 マリーンはもっとよく見ようと首を伸ばし、通りへ視線を巡らせた。

 幼くも凛々しい姿に笑みを零し、それから視線を彷徨わせる。求めているもう一つの姿がない。


「レオアリスは?」


 ファルシオンのすぐ傍にいると思っていたが、違うのだろうか。

 住民達の歓声の中にもぽつりぽつりと疑問の声が混じる。


 けれどその疑問への答えはなく、長い兵列は多くの喜びと祝う声を受け、通り過ぎて行った。






 王城の広場には王都守護を担った各方面軍第一大隊の兵達と、西方将軍ゴードンが凱旋の列を待っていた。

 一糸の乱れもなく整列する兵達の奥、王城西玄関の階段前に十侯爵が並び、左右に弧を描く階段の上には大公ベール、スランザールを左右に、王妃クラウディアと王女エアリディアルが立っている。


 その前へ、門を潜った兵列が、左右へと折り返しながらゆっくりと整列していく。

 彼等が広場に全て整列し終えると、一旦広場は静寂が落ちるのを待った。

 凪いだ水面のように静寂が広がる。


 一呼吸後、中央の兵士二列が踵を軸に身体を四十五度、回転させて向き合った。

 剣の鞘ごと両手で地面を突く。金属と石畳が打ち合う音が一斉に響く。


 その余韻の中、兵達の開けた道を一頭、ファルシオンの騎馬が進んだ。少し遅れてアスタロト、タウゼン、アルジマールの騎馬が続く。

 迎える兵達の間に感嘆の息が漏れ、それはすぐに空を震わせる歓声になった。



 兵達、十四侯、そして彼等の奥に母と姉の姿を見つけ、ファルシオンは金色の瞳に様々な感情を抑え、真っ直ぐに顔を上げた。






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