表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
448/536

第9章『輝く青3』(64)

 


 ゆっくりと、海の中を落ちていく。

 深く。


(戻る――)


 そうだ。ファルシオンのもとへ、戻らなくては。


 近衛師団へ。またあの場所へ。隊士達。グランスレイと、フレイザー、クライフ、ヴィルトール、ロットバルト。

 アスタロトも心配している。怒るのかもしれない。

 北の辺境の、小さな村へは、もうずいぶん戻っていない。祖父達はどうしているだろう。


 まだこれから、やらなくてはならないことは、たくさんある。


(――殿下)


 ファルシオンを、支えたい。

 幼いあの存在を。まだ支えが必要だ。


 それでももう身体が動かない。感覚もなく、指を動かすのすら困難だった。


 導く剣もない。



 戻りたいと願い――、それを為せないことは、もどかしく、ただ、これまで積み重ねたことに後悔はなかった。

 自分が今できることを全て、やったのだから。


 ナジャルを倒せた。戦いは終わりだ。終わらせることができた。


(なら、いい――)


 感覚は薄れていく。意識も。





 ゆっくりと、身体は落ちていく。

 その先、深い深いそこに、黄金の光があった。


 輝く光は、黄金の球体を中心にどこまでも広がり、澄んで、この深く暗い世界を煌々と照らすようだ。


 光の中に立ち――王は、落ちてくるレオアリスの姿を見上げた。


 両腕を広げ、その身体を受け止める。


 黄金の光がレオアリスの身体を包む。頬に落ちかかるその光に、レオアリスはうっすらと目蓋を上げた。

 驚きが黒い瞳を彩る。


 そして、喜びと。


「陛、下――」


「仕方のない奴だ」


 王は微かに笑みを刷いた。

 深く、温かな笑みだ。


「そなたがここへ来ることのないようにと、願っていたのだが――」


 レオアリスは口を開き、けれど一言も言葉を見つけられず、瞳を閉じた。

 暖かな金色の光が身を包み込むのを感じる。


 失ったはずの剣が確かに、震え、喜びを伝えた。


 レオアリスは静かに、緩やかに、息を吐いた。









 黒く深い森は、冬へ向かう季節の中、いく種類かの木々の枝が葉を散らし始めていた。

 空気は冷え始め、もう数日もすれば雪が降るのだろう。


 黒森の入り口付近の村の、茅葺の小さな家の囲炉裏に座り、カイルは灰の中に赤く筋を浮かべた墨をただ見つめていた。

 外に音はなく、梟の声ももう止んでいる。そろそろ夜が明ける。


 ふと、カイルは顔を上げた。小さな声が聞こえたからだ。

 胡座をかいた膝の上へ、黒い鳥が降りた。彼等の養い子に、もう五年も前に託した伝令使――


「カイ――」


 黒い羽毛に埋もれた目を見開く。

 カイが伝言を持ってきたのではないのだと、漠然と解った。


 戻って来たのだ。独りで。


「レオアリスはどうしたのだ、カイ。あの子は――」


 何かを訴えるようにカイルの手へ頭を擦り寄せ、黒い鳥は小さな声で鳴いた。


 カイルは震える手でその羽根に触れ、喉に詰まった声を、呻くように押し出した。


「あの子は」








 地平から、空へと太陽が昇っていく。

 東の果て、ミストラ山脈の影を越え、世界に新たな光が差す。


 王都を照らし、大地を蛇行するシメノスの河面を東から輝かせながら、サランセラム丘陵を、ボードヴィルを染め、そして南西フィオリ・アル・レガージュに至る。

 暗い海面を揺蕩わせていた海は、最初の一筋の陽の光を受けて青く、濃く、輝き始めた。


 その上で空は青く澄み渡り、深い海の中さえも、輝きで満たしていく。


 長い夜が明ける。


 世界は新たな、そして昨日から今日へと連綿と続く営みを、変わらず巡らせていく。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ