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第3章「陰と陽」(13)

 王都は宵の薄闇の中に身を浸し、王城から見るその姿はまどろんでように感じられた。

 薄闇はエアリディアルの周りにも寄せて、緩やかな思考を誘う。北面の庭園の先端は薄闇に消え、空や王都の街と一体となって広がるようだった。

 昨日の、トゥレスの事を誰かに話すべきか――、エアリディアルはその事を何度も考えていた。

 今の段階ではその件を相談するのに相応しい相手はいないように思える。

 そもそも、あの時トゥレスが口にした通りごく私的な事であるなら、国政を騒がせる事に発展しかねない事を軽々しく発言すべきでは無い。

(――言葉通りではないのでしょう。その位はわたくしにも判る……)

 これまでそのような言葉を告げられた事など無かったが、焦がれる、と言いながらトゥレスの瞳の中にはそれを思わせる色は無かった。

 衣擦れの音が扉の前に立ち止まるのを聞き、エアリディアルは次の間への扉へと眼差しを向けた。

「エアリディアル様」

 侍従長がそっと声を掛け、扉を開ける。思いの外室内に満ちていた薄闇に、侍従長は少し驚いた顔を見せ、窓辺のエアリディアルへお辞儀した。

「王太子殿下から、御親書を拝領いたしました」

「殿下から――?」

 エアリディアルが腰掛けていた椅子から立ち上がる。

「はい」

 その名を聞いた時エアリディアルの面に浮かんだ温かな笑みを見つめ、侍従長も微笑みを返し、それから改めて室内を見回した。

「もう灯りを入れてもよろしゅうございますか」

「ええ、ごめんなさい。……もうこんなに暗くなっていたのですね」

 頷きながら、エアリディアルはそっと呟いた。

 侍従長はファルシオンからの親書を手渡すと、エアリディアルの手元の灯や壁際の燭台に灯りを入れ始めた。室内がふわりと静かな灯りに包まれる。

 灯りが順々に灯っていくのをを束の間追いかけ、それからエアリディアルは手にした親書を開いた。幼い弟が、どんな手紙をくれたのだろうと微笑む。

 元気いっぱいの文字が白い便箋に躍る。しばらく眼を通し、エアリディアルは「まぁ」と呟いた。

「どうかなさいましたか」

 手にしていた銀の燭台をエアリディアルの前に置き、侍従長はそっと尋ねた。

「わたくしを、明日の昼餐へご招待いただけるようです」

「まぁ」

 素敵ですね、と言いかけて、エアリディアルが微かに瞳を陰らせた事に気付いて口を閉ざす。

 しばらくの間、エアリディアルは考え込むように白い便箋を見つめていたが、顔を上げ、「返書の用意をしてもらえる?」と微笑んだ。


 侍従長が一旦さがっている間、エアリディアルは揺れる蝋燭の灯りに照らされた白い便箋の文字を、もう一度読み返した。

『レオアリスが来て、一緒にお食事をするのです。姉上もご一緒されませんか?』

 ファルシオンの待ち遠しくて仕方のない様子が文面からも伝わってくる。

『レオアリスは色々お話してくれるので、とっても楽しいです』

 元気な笑顔が見えるようで、エアリディアルは柔らかな笑みを零し便箋の文字を見つめていたが、その視線をすっと窓の外へと向けた。

 硝子窓に薄く自分の姿が映っている。

 その向こうに透ける、宵闇の庭園。

 近衛師団第一大隊大将――レオアリスが、明日、ファルシオンのもとを訪れる。彼が来た時はほとんどファルシオンと二人だけだと聞いている。

 そこに同席すれば、話す機会があるだろう。

 レオアリスならトゥレスの人となりも知っている。

 もしエアリディアルがトゥレスを誤解しているのなら、その誤解も解け、不安は無くなる。

 もし――、その逆なら――

(……わたくしは、トゥレス大将をどう捉えているの。確証も無いことを)

 漠然とした不安でしかないのだ。

 ただ、この不安の姿を確かめるには、ファルシオンの招待はまたとない機会にも思える。

 まだ対面したのは数度――、その中でも直接言葉を交わしたのは一度しかないが、レオアリスの上に感じた色は、朝の清澄な大気のようだった。

 何より、王が認めた、王に剣を捧げる剣士だ。

 もし、レオアリスに意見を聞く事ができれば。

 そして、もう一つの懸念――西海との条約再締結の儀に対して、エアリディアルが漠然と感じている不安も――

 ふっと、トゥレスの言葉が脳裏に浮かぶ。


『そう見る輩がいるのです』


『ただでさえ彼は王太子殿下と距離が近い……口がさない連中は、何もなくともあれこれと噂しますよ』


 立場が悪くなるのは、レオアリスの方だろう、と――

「――」

 エアリディアルのもとへは王城で囁かれる噂など、滅多な事では上がって来ない。

 もしトゥレスの言う通り、王城内にそうした見方があるのなら、ファルシオンの昼餐とは言えそこにエアリディアルが同席すれば、その見方を助長してしまいかねないと思えた。

(せめて明日は――避けなくては)

 その傍から葛藤が浮かぶ。明日以外に、直接顔を合わせる機会など無いに等しい。

 扉が開き、侍従長が盆に乗せた筆記具を捧げ持って入ると、エアリディアルの前に置いた。

「ありがとう」

「明日は、ご予定を変更なさいますか?」

 束の間の逡巡ののち、エアリディアルは首を横に振った。

「いいえ――。せっかくの殿下からのお誘いだけれど、近衛師団第一大隊大将殿とのお席のようですから」

 侍従長はそうですね、と特に異論もなく頷いた。

「確かにそれは、陛下の御意向をお伺いせずには参りませんね」

 陛下に――と尋ねかけ、エアリディアルがそう考えていないのを見て取り、侍従長はしたため終えた手紙を受け取ると、お辞儀をして居間を出た。




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