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第8章『輝く青2』(24)


 青白く輝く閃光が目を灼く。

 レオアリスはハヤテの背を蹴り、ナジャルの頭上へ、落下の勢いを乗せ剣を振り下ろした。光が空間を縦に割く。


 有無を言わさず叩き込まれた剣がナジャルの額を捉える寸前、ナジャルの周囲に闇が吹き上がった。

 レオアリスの身体が塊に当たったように弾かれ、北岸の岸壁へ叩き付けられた。


「レオアリス!」


 落ちる身体へ、ハヤテが滑り込み背に掬い上げる。


「無茶するな! アルジマールが言ってただろう! 人型じゃ」

「無茶――? あいつは」


 離れていても耳に触れる冷えた声。

 レオアリスは膝に手を置き、ハヤテの背に立ち上がった。


 双眸に青白い光が灯るようだ。

 青白い陽炎が全身を覆って揺れる。


「今、この場で斬る」


 声は冷静だ。

 だが。


(何だ。わかんないけど、でも)


 レオアリスは焦っている――『恐れて』いると、そう言ってもいい。

 ナジャル自身や戦うことにではない。何か。


「倒すのは、当然だ。でも一旦落ち着いて手を考え直さなきゃ。本体に戻す方法――」

「時間が無い。今だ」


 ハヤテの背でレオアリスは左足を踏み込み、膝を落とした。

 右斜め後方へ引いた剣。

 その剣身を雷光のように光が()ぜる。


「待――」


 レオアリスは引いていた右足でハヤテの背を蹴り、弧を描いて剣を薙いだ。

 光が走り、次いで空間そのものが断たれたかのような鋭く高い音が耳を打つ。


 放たれた光はシメノスの川底に立つナジャルの胴を、斜めに断った。

 後方、シメノスの南岸に亀裂が走る。

 ナジャルの身体が腰の上下で、ずるりとずれた。


 一瞬、アスタロトはナジャルの姿に目を奪われた。


(斬った――?)


 期待が湧き起こる。レオアリスの剣ならば、斬れるのでは。


 断たれたナジャルの上半身はそのまま下半身を斜めに()()地面へ倒れかけ――、ぴたりと止まった。

 闇がナジャルの周囲に湧き起こる。


 アスタロトの視線の先、レオアリスがナジャルの背後に降り立つ。慌てて視線を向けたハヤテの背は当然(から)だ。

 視線をレオアリスへ戻す。


 レオアリスはズレたままのナジャルへ、数撃、剣を叩き込んだ。青白い閃光が重なる。

 ナジャルの上半身は剣を受けて細切れに散った。


 息を呑むアスタロトの視線の先で、破片は形を崩し、闇になった。

 更に踏み込んだレオアリスを取り巻き絡め取り、広がり、揺れる。


 上半身を失ったままの身体から、声が湧く。




『そなたらが考えていたとおり――』



 闇は一度、大きく波打った。


『我が身を削るのであれば、我が蛇体でなくてはなぁ』


 立ったままの下半身から闇が泉のように湧き起こる。

 シメノスの川底になだれ落ち、こんこんと湧き出し、広がり、岸壁を這い上がる。

 流れ広がる闇の中、レオアリスの剣が闇を生み出すナジャルの下半身を縦に断つ。


 闇は構わず北岸を這い登ると、岸壁の上の草地へ、広がり、煙のように舞い起こる。


『さて、饗宴を始めよう。招かれた礼に、我が貢ぎを受け取ると良い』


 舞い起こった闇は細かく分かれ、一つひとつ、形を成した。


 騎馬に乗り進むもの。

 或いは歩行(かち)で進むもの。

 這い進むもの。

 壊れた鎧を身につけ、首や手足を皮一枚でぶら下げ引きずり、虚ろな目をしたもの。


 アレウス軍と、そして西海軍。

 その兵士だったもの。


 死者の軍――





 北岸を後退していた正規軍から、呻き声が、怒りの声が次々上がる。

 西方軍第五大隊大将ゲイツは束の間後退の指揮を忘れ、騎馬のまま彫像のように立ち尽くした。


「――おのれ、一度ならず……ッ」


 握り込んだ拳の、爪が手のひらに食い込む。


「何度死者を辱めれば気が済む――」


 その数はおよそ、一万。





『以前その娘――あの竜(オルゲンガルム)の炎に焼かれてしまったものは戻らぬが、なに、充分――足りている』


 死者の軍は岸壁の上の草地に、湿った音を立て進み始めた。

 後退するアレウス軍を追い、ボードヴィル砦城へ進む。


「させない――!」


 アスタロトは一旦空高く飛竜を駆った。


「何度でも、私が送る!」


 あの時、何度断っても立ち上がるヴァン・グレッグ達死者の軍を解放したのは、柘榴の鱗から生じた炎の竜だった。あれは葬送、そして浄化の炎。


 だが今の自分であれば、同じことができると確信している。

 開いた手のひらに炎を宿す。




『娘』


 悪意。

 這い上がるそれに、アスタロトは炎を放とうとしていた手を、身体を凍りつかせた。


『そなたに会いたがっている者がある』


 ナジャルの正面、左右、三方に闇が立ち上がる。

 それは謁見の間に現われたナジャルが、王都へ海魔を放った時と同じだった。


 あの時、闇の塊の一つひとつが、ナジャルの吐き出した海魔だったように。


 ナジャルの左に立ち上がった一つ目の闇が、揺らぎ、(こご)る。

 人型へ。


 アスタロトは、自分の呼吸が失われたのを感じた。

 影のように暗く、だがそれが何か、すぐに判った。


 レオアリスが焦り、『恐れて』いたものが何か。


 小柄な――女だ。

 女の姿を覆っていた闇が、上からゆっくりと足元へと剥がれ落ちていく。


 項垂れたように立っている。

 顎のあたりまでの長さの、ゆるく波打つ黒髪が、その頬に落ちかかっている。


「――お前は……お前は、許せない……」


 脳裏を、激しい怒りが焼き尽くす。

 呼吸が、上手くできず――喉を塊となって塞いでいる。

 目の奥に赤い炎がちかちかと燃えた。


 良く知った姿。

 姉のように慕った、彼女の――


 息を吐き出せないまま、更に吸う。


「……ファー……」





『一人目』





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