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第7章『輝く青』(9)


 フュリックス・ヘクトール・ヒースウッドは、半年前の四月末日、西海との不可侵条約再締結の儀が行われるその日に、ボードヴィルに西方公と結託する動きがあるとの疑義により、王都へと召喚された。

 疑義はヒースウッド本人の言質により確信となり、そのまま今日まで赤の塔に投獄されていた。


 身なりは伯爵としての地位を貶めないよう一定程度整えられている。ただ、本来の彼自身は三十歳に差し掛かった若々しく見栄えの良い人物だっただろうが、今はすっかり痩せ、憔悴して、その年齢を十も上に見せていた。


 ヒースウッドは落ち着かない面差しで、不安そうに法廷を見回した。


「お名前と、そして真実を語る誓約を」

「わ、私は、フュリックス・ヘクトール・ヒースウッドであります。真実を語ることを、せ、誓約致します」


 裁判長はまず、ロットバルトへこの審理の場に出廷を要望した主旨を説明するよう促した。

 ロットバルトがヒースウッド伯爵へ、目礼を向ける。


「ヒースウッド伯爵。貴方が知っている事実、またあなた方がボードヴィルで企てた内容を、この場で証言していただきたいのです。元西方公との関わりと、彼女が何をあなた方ヒースウッド伯爵家に求めたか。あなた方はそれをどう受け止め、どのように行動したか」


 法廷内の視線は全て、ヒースウッドに向いている。

 ヒースウッドはそれらを伏し目がちに受け、小刻みに震える両手を見下ろしていたが、被告席のイリヤをちらりと見ると苦いものを噛むように一度両眼をぐっと閉ざした。


「西方公――いえ、元西方公が、我々に話を持ちかけて来たのは、今年に入ったばかりの頃でした」


 替わって裁判官が質問する。


「詳しい日にちは覚えていますか」

「覚えておりません。月初や月末ではなかったことだけは」

「結構です」

「西海が、この国に対し兵を向けると、そう画策していることを私に話し、そしてこのボードヴィルでそれを食い止めなければならないと、そう言いました。その為にはヒースウッド家の協力が必要なのだと。わ、私は、我々だけでそのようなことを為すのは難しいと――それに対し、元西方公は、大丈夫だと」

「元西方公が何を以って大丈夫と言ったか、理由は分かりますか」

「まず、兵力としてはボードヴィルに駐屯する西方軍第七大隊があることを主張しました。それから、周辺諸侯の協力を得ることができるはずだと。私は、私は決して、自らこのような事を企てたわけではありません! そのようなことであれば、まずは王都と話をするべきだと、そう申し上げました」


 主席司法官が原告席で手をあげる。


「裁判長。ヒースウッド伯爵は自らの罪を免れようとして、事実を捻じ曲げている場合があります。この件は、別の日に改めて審理する内容です」

「真実だ――! 真実を語っているのです! 私は」


 ヒースウッド伯爵が声を張り上げ、裁判長が嗜める。


「落ち着いて発言をしていただかなければ、この証言は終了とします」


 主席司法官へ対しては、「この場に参考になる証言と考える」と告げる。

 ヒースウッドは慌てた様子で額の汗を拭った。


「元西方公が、あの女性が、これは国家の危機なのだとそう言い、西海に気付かれず準備を整える必要があるから、王都へは伏せておく必要があると。それを我が弟コーネリアスが――あの愚か者が真に受け、ボードヴィルの正規軍内で、同志を募り始めたのです」


 時折つっかえつつも、早口で語っていく。

 口を挟まれたくないと、とにかく全て語ってしまい自らの罪を減じてもらいたいと、そう考えている心情が手に取るように判る。


「四月に入った頃でした、元西方公は西海へ対するに、兵士達を鼓舞する為に、ある人物を掲げると言いました」


 ヒースウッドは一瞬、イリヤを見た。イリヤと視線が合う前に逸らす。


「王太子殿下を掲げるのだ、と――」


 ヒースウッドの声だけが法廷に響く。


「ですが私はその時、元西方公の言う王太子殿下をファルシオン殿下と考えておりました。元西方公は、王太子殿下としか言わなかった。それが違うと分かったのは、条約再締結の儀を控えた四月半ば、あの方――元西方公が、ラナエ・ハインツを連れて来た時です」


 イリヤが被告人席の囲いに手をつき、口を開きかけ――それを閉ざしてぐっと噛み締める。

 ヒースウッドはそれをちらりと見て、また口調を早めた。


 ルシファーはまず、イリヤではなくラナエ・ハインツを連れて来た。

 王太子を掲げることは兵士の士気昂揚に必須だが、幼いファルシオンを西海の攻撃にさらされるボードヴィルに掲げる訳にはいかない。

 だから、もう一人を掲げる。ラナエはそのために必要な人物なのだと。


 それはもっともらしく聞こえたと、ヒースウッドは言った。その頃にはすっかりルシファーの言葉を信じていたからだと。

 連れて来た際、ラナエは身重でありながら深く眠っていて意識はなく、ヒースウッドはルシファーの要請でラナエをヒースウッド邸の一室に保護した。


「実際には、部屋には扉に鍵をかけ、監禁に近い状況でした。ただ、彼女はずっと眠っていたので、あまり意味は無かったと――」

「身重の女性を眠らせ監禁することが、意味のないことですか」


 そう尖った声を出したのは主席司法官だ。


「わ、私は――彼女はすぐに目が覚めるからと、元西方公が、そう言って――ただ、当面はこのままの方が彼女にとってもいいからと」

「結構です。今は貴方の尋問の時間ではない」


 主席司法官はそう切り捨て、許可なく発言したことを裁判長へ詫びた。

 法廷内の空気はどことなく冷えている。それは被告人席ではなく、証人席に立つヒースウッドへと向けられているように感じられた。

 そのせいか、ヒースウッドはますます口調が早くなり、そして一層つっかえる。


 監禁はイリヤ従わせる為に、元西方公の命令で行われていたのだと、ヒースウッドは証言した。

 ルシファーの言う『第二王妃の遺児』を掲げる為にラナエを利用することにヒースウッドは躊躇ったが、まずは王太子という目に見える存在が必要なのだと強く主張するルシファーに押し切られ、そのやり方を受け入れた。

 ラナエは、イリヤの協力を得る為に必要なのだと。


「もちろん、ラナエ殿の身の安全を保証すると、元西方公は」

「嘘だ!」


 イリヤは被告人席を揺らすほど、自分を囲む低い柵を掴んだ。


「ラナエのことを考えたような言葉を――!」

「被告人、落ち着きなさい」

「あなた方はラナエに何をした! 彼女の意思も、彼女が負わされるものも無視して、彼女を囮にして――挙げ句の果てにヴィルトール中将達を殺そうとした!」


 レオアリスはぎくりとイリヤを見つめた。


(近衛師団の関わりは――)


 イリヤがミオスティリヤであることを、証明してしまう。


「近衛師団の隊士達を、四人も、ラナエを囮にして殺したくせに――ただ俺にそれを見せる為に!」

「被告人、静粛に。発言を慎みなさい」


 裁判長の声が強く制し、イリヤははっとして法廷内を見回した。全ての視線がイリヤへ集中している。

 自分の発言に気付き、イリヤは血の気の引いた顔で視線を動かした。


 関係者席のワッツ、ヒースウッドの後ろの証人席にいるロットバルトへ。

 そして、視線を送るのだけは避けたが、二階席のファルシオン。


 自分のたった一言で無駄にしてしまったかもしれない、彼等の努力と想い――

 これで近衛師団が何の為に動いたのか、この場で説明することを避けられない。そうなれば法廷でイリヤに関する発言をしたロットバルト達にもまた、累が及ぶ。


「貴方の言う近衛師団隊士とは、誰を指しているのですか」


 裁判長はイリヤへ、真っ直ぐ問いかけた。



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