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第6章『空と汀(みぎわ)』(40)


 アルケサス砂漠において、風竜もまた、討ち果たされた。


 その報が王都へ届いたのは、十一月十日、ボードヴィル、ルシファー、風竜、それぞれとの戦いの開始から三刻後、まだ正午へは一刻の時間を残す、午前十一刻のことだった。

 ボードヴィルの解放、そしてアスタロトの炎の復活と勝利。その報に遅れること一刻。


 届けたのはアルケサスへ展開していた法術院の老術士ドーリと近衛師団第一大隊中軍第一小隊少将リムの二名で、二人は転位陣を用いて一足先に王都へ戻り、謁見の間へ報告に上がった。





 二人の持って来た報を聞き、ファルシオンが椅子の肘置きを両手でぐっと握り、身を乗り出す。


「勝ったのだな」


 それから力が抜けたように、椅子の背もたれに小さな体を倒した。


「良かった――」


 その仕草に、この場の諸侯の思いも重なっている。

 これで、今回の戦いは全て終わりだ。


 正確にはまだボードヴィルの問題は続いているけれども、それでも、ファルシオンはもう一度、良かった、と呟き、深く息を吐いた。


「それで、レオアリスは」


 ドーリとリムがちらりと顔を見合わせ、それからリムはグランスレイを見た。グランスレイが頷くのを確認し、膝をついた状態から更に頭を伏せる。


「負傷を。軽くはありません。十分な治療が必要であり、殿下の御前に上がるのは、恐れながらややお時間をいただかなくてはならないと考えております」


 ファルシオンが黄金の瞳を見開く。柔なかな頬が張り詰めた。


「負傷――どのくらい、」

「殿下、まずはアルケサスの状況確認を」


 スランザールに窘められ、ファルシオンは黄金の瞳に不安を浮かべながらも、頷いた。


「全体の状況をご報告せよ」


 グランスレイは十四侯の卓から立ち上がり、リムへと近付いた。ロットバルトはグランスレイの表情と、そして膝をつくリムの血の気の失せた顔へ、視線を動かす。

 リムが面を下げる。


「改めてご報告致します。風竜は完全に討ち果たされ、アルケサスでの戦闘は完了致しました。近衛師団は死者およそ七十名、重傷者は中軍中将クライフを始め百名を超えます。軽傷者もまた布陣した千名の内ほぼ八割。無傷の者は、おりません」 


 ざわ、と謁見の間に騒めきが流れる。


「近衛師団にそこまでの損害が」

「今までは、被害は――」


 ゴドフリーとランゲが呟く。

 その言葉には、剣士であるレオアリスがいる戦場で、という思いが言外に表れている。


 おそらく今回の三つの戦いの場――正規軍が展開したボードヴィル、アスタロトが戦ったハイドランジア湖沼群、そしてレオアリスが風竜と戦ったアルケサス――その中ではレオアリスの戦いが最も早く決着が付き、そして勝利するのだろうと、この謁見の間にいる者達の大半が考えていた。


 先にボードヴィルの決着の報を聞いた際も、アルケサスの結果もすぐに出るものと、そう考えていた者がほとんどだっただろう。

 リムは更に身を低くした。


「また、盾の構築に展開していた法術院術士についても、百名の内半数が負傷、死者四名の結果となりました」

「法術院にまで」


 再び上がった騒めきの中、ベールは厳しい面持ちのまま、リムへ問い掛けた。


「さきほど『討ち果たされた』と、そう言ったと思うが、風竜を討ち果たしたことに別の要因があるのか」

「は」


 リムは一度、言葉を探した。

 あの出来事を、どうこの王都の謁見の間で言い表せばいいか。

 あれは余りに非現実的な出来事だった。今はもう、目にしたものが事実だったのか、それとも昨日見た夢の一場面だったのか、あやふやになりかけているほどだ。


 それでも、同僚達の死や負傷、上官であるクライフの負傷、そしてレオアリスの今の状態は、事実だ。

 自分を見下ろしていたグランスレイが、その身体をリムではなくベールやファルシオンへと向ける。共に立つようなその感覚にリムは安堵を覚え、口を開いた。


「幾つか、要因がありました。風竜は再生力が高く、何度断ってもその都度再生しました。最終的に大将が風竜を、バラバラに断ち――」


 あの一瞬でどれほど剣を叩き込んだのか、リム自身は目で追うことができなかった。

 風竜の白い骸は言葉通り無数の塊に寸断され、欠片となって砂丘に落ち、それでも、再生した。


「その段階で、ベンダバール、およびルベル・カリマ、この二者がアルケサスに現われています」


 思いがけない二つの氏族の名に、息を抑えて聞いていた列席者の間に驚きの声が広がる。


「剣士が」

「彼等はこの戦いには参戦しないと」


(ベンダバール)


 ロットバルトは僅かに眉を潜めた。

 では、アルジマールが予め用意した護符が使われたと――つまりレオアリスがそれだけの状態に陥ったということを表している。

 そして、ルベル・カリマ。


(今回、彼等がアルケサスを戦場にと提案して来たのは、その為か――?)


 表立っては関与せず、場をアルケサスにすることで状況を見計らい、対処するために。

 リムの次の言葉は、その考えをほぼ肯定していた。


「ルベル・カリマの長、カラヴィアス殿とともに、炎の竜――、赤竜が出現しました」


 何を聞いたのか掴めず、ランゲが眉をしかめ、やや声を裏返らせる。


「何の竜だと?」

「我々は赤竜と、認識しました」

「赤竜――まさかそれは、四竜の赤竜だと?」


 リムとドーリが肯定の意を表して頭を伏せる。

 風が上空の雲を移ろわせている為だが、謁見の間に落ちている陽光がその場の意識を表すかのように、諸侯のざわめきと共に揺らめいている。

 スランザールがゆったりとした長衣の中で腕を組み、唸った。「赤竜――」


「その、赤竜が――実体ではありませんでしたが、炎で風竜を焼き、それにより討ち果たすに至っています」

「老公」


 ベールの問い掛けに、スランザールは首を振った。


「判らぬ。アルジマールがその場にいれば何か判断したかも知れぬが。あとは直接レオアリスの報告を聞くしかあるまい」


 ベールは頷き、それからファルシオンを見た。

 ファルシオンが立ち上がる。


「ありがとう。リム、ドーリ。この後はゆっくりと身体を休めよ」


 リムは叩頭せんばかりに顔を伏せ、それからもう一度、十四侯の卓を見た。


「恐れながら……、ルベル・カリマの長カラヴィアス殿が、王都への来訪と、協議の場への参加の意思を示されておられます」


 諸侯の驚きの中、ロットバルトは更に懸念を深くした。


(アスタロト公が訪ねた七月、関わる気が無いと意思を表明したルベル・カリマが、今はその長が王都を訪れる)


 一番に浮かんだ彼等の目的は、レオアリスのことだ。先月現われたベンダバールのプラドがレオアリスを氏族へ連れ帰ると言ったように。


(或いは、風竜戦の状況を見た上で――?)


 視線を向けた先でファルシオンは不安さを交えた面持ちで、けれど陽光の中にしっかりと顔を上げた。


「私はカラヴィアス殿と、お話をしてみたい。大公」

「では、カラヴィアス殿に王都へお越しいただきましょう」


 ベールは頷き、改めて列席者を見渡した。


「ボードヴィルのアスタロトとアルケサスのレオアリスが戻り、ルベル・カリマの長を迎えた後、正式に協議の場を設ける」


 ファルシオンは一度、ゆっくりと息を吸って、吐いた。

 それで、ボードヴィルの一件は全て終わる。

 正確にはもう一つ、ベールが口にはしなかった一人、イリヤが王都へ連行され、その処遇の判断が下りれば。


(兄上……)


 大丈夫、と呟く。

 レオアリスも、そしてイリヤも。


 ファルシオンは卓の下でぎゅっと、まだ小さい両手を握りしめた。



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