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第5章『地平の燎火』(6)

 

 久しぶりに歩いた王都上層は普段とさほど変わった様子は無く、まだ士官棟と兵舎のある王城第一層の方が賑やかだ。

 だが一旦『(ガルド)』を潜って中層に入ると、街の様子はガラリと様変わりした。


 崩れた建物などの瓦礫が通りの端に積まれ、多くの人々が通りに出てそれらを片付けている。人の声が常に行き交い、住民達だけではなく正規軍兵士も修復に集まっていた。街の大工達が正規軍将校と共に修復指揮に当たっている。


 大通りが交わる広場にはどこも炊き出しが出て、西海軍の王都侵攻という非常事態の後でありながら、街は人々の活気にあふれていた。


「ようやくだなぁ。ここ半年、元気が無かったんすよ。祝祭もやってないし。ほんと久し振りに活気が戻って来たって感じっすねぇ」


 手を頭の後ろに組んでレオアリスの横を歩きながら、クライフが通りを見渡す。


「祝祭も――そうだったのか」

「です。半年間、先が見えなかったとこもありましたからね。やっぱり陛――」


 クライフは慌てて言葉を飲み込み、組んでいた腕を下ろした。


「王都が侵攻受けたのは打撃じゃありましたけど、ここで勝ったのはやっぱ大きいっすね」


 クライフは気持ちの良い笑みを広げた。


「上将も戻ってきたし、そりゃ希望も湧いてきますよ」


 希望か、とレオアリスは呟いた。

 手押し車や荷車が石畳の通りを行き交う音、槌の音、人々の声には時折笑いも交じる。少なくない人が命を落とし、建物も崩れた姿をさらしていて、それでも目に映るのは前を向く住民達の姿だ。


「――そう言えば、前にアーシアがそんな事言ってたんだ」

「アーシアが?」

「カトゥシュの時かな。御前試合の前の。俺が剣士かもしれないって事に、希望が湧いた、ってさ」


 誰かが何とかしてくれるという期待なのではなく、自分の中に希望が湧くのだ、と、確かそんな事を言っていたのを思い出した。

 その言葉は、レオアリスにとっても温かかった。


「それでいいのかもしれないな。切っ掛けとかそんなものになれば」

「そうっすねぇ。そういうのが大事なんだと思いますよ、俺も」


 クライフはうんうんと頷いてから、そう言えば、と言った。


「アーシアっていや、上将、アスタロト様は何か言ってました? 相当心配してたでしょ」

「――いや、まだ、話してない」

「マジで? 珍しいっすね」

「そう、かもな」


 クライフの視線が心配気にちらりと落ちる。


「……何か」


 突然、誰かがぐいとレオアリスの腕を引いた。


「うわ?!」

「上――」


 振り返ったクライフがレオアリスの横に割って入ろうとし、そこにいた女性を見てほっと息を吐いた。


「何だ、デント商会の」


 マリーンだ。

 マリーンはパッと華やかな笑みを広げつつ、こっそりと弾むように囁いた。


「レオアリス、良かった、無事だったのね!」






 マリーンは先に店の扉を開け、レオアリスとクライフを招き入れながら、その間もずっと話し続けている。明るく弾む声は小鳥の囀りのようだ。


「ほんっと久しぶり! 炊き出しも捌けたとこだったから、ちょうど良かったわ。ごめんねぇ、うちまで来てもらっちゃって。あそこじゃ目立っちゃうしね。ところで歩いても平気なの? 半年前、大怪我したって聞いたし――見たとこもう大丈夫そうだけど、あんた無理する子だし、少し心配だわ」


 うん、とかすぐ近くだしいいよ、とか所々返答しつつ、レオアリスは「大丈夫」と頷いた。

 傍らでは護衛のダンカがクライフへ、荷物を持ってもらった事に礼を言い、何度も頭を下げている。


「良かった。街の人たちみんなとっても感謝してるわよ! 西海軍を追っ払ってくれて、ファルシオン殿下もご無事で――ほんと戻ってきてくれて、みんな安心したんだから」


 マリーンは帳場の前でくるりと振り返り、レオアリスの手を取った。


「本当に、ありがとね!」

「西海軍を撤退させたのは、正規軍と法術院とかだよ」

「そうね、みんなそれも感謝してたわ」


 うんうんと大きく頷く。


「でもやっぱり、あなたが半年振りに帰ってきてくれたのは、気持ち的に大きいのよね」


 奥へどうぞ、お茶を用意するから、とマリーンは帳場の奥の扉を開け、その向こうの部屋に首を傾けた。


「あら、おかえりなさい。帰ってたのね。宿は見つかった?」


 誰か――少女の声が部屋の中で応え、マリーンはそれへまた首を振った。


「いいわよ、王都を出るまでずっと居てくれても。遠慮しないで。私は年下の女の子がいるの嬉しいし――そうそう」


 マリーンは扉の所に立ったままそう返し、帳場の卓の前で立ち止まっていたレオアリスとクライフを振り返った。


「レオアリス、クライフさん、入って座って? 先客がいるけど、紹介するわ――あら」


 マリーンはレオアリスをまじまじと見つめた。


「そっか、なんか誰かに似てると思ったら――、レオアリスに似てるのね」

「え?」

「うん、そうかもそうかも。ほらどうぞ」


 微笑んで、マリーンはレオアリスとクライフへ、手を伸べた。

 レオアリスは何の話なのかと訝りつつ扉を潜り、そこで足を止めた。

 驚きに瞳を見開く。


「貴方は――」

「上将?」


 後ろから覗き込んだクライフが、室内を認めると同時にレオアリスの前に、割って入るように立った。押し出した声はほんの僅かだが、警戒に低い。


「あんたは」


 見覚えのある男と、初めて見る少女。

 眉を顰めたクライフと、それから驚いているレオアリスの様子に不穏なものを感じ取ったのか、マリーンは部屋の奥と二人を交互に見た。

 心なしか窓から差し込む陽も翳ったように思える。


「知り合い? あの、喧嘩とかしてた……?」

「知り合いっつうか、男の方は剣士だ、マリーンさん」

「剣士? そうなの? ――」


 マリーンの瞳がみるみる丸くなる。


「えっ、ええっ!? ――剣士?!」

「あら、私も剣士よ」


 立ち上がっているプラドの傍で、ティエラが椅子の座面に両手をつき、にこりと笑みを浮かべた。


「えっ――」


 マリーンは状況が判らず、きょろきょろと四人へ視線を泳がせた。


「ど、どういうこと? 剣士って――」


 クライフが右手をレオアリスの前へ伸ばしつつ、プラドを睨む。


「何でここにいるんだ、あんた。上将に近付くつもりでこの人を騙したのか」


 どちらにも答えず、プラドはただ真っ直ぐにレオアリスへ視線を据えた。


「俺が言った事を、考えたか」


 レオアリスは迷いを表わすように眉根を寄せた。


「上将、いいです」


 クライフはずいと前に出た。プラドを見据える表情は、敵意がはっきりと浮かんでいる。


「悪ぃが、日を改めてもらいたい。大将に話があるなら近衛師団で――いや、まず俺が話を聞いて判断する」

「レオアリス以外には関係が無い事だ」


 クライフは眉をしかめ、プラドを睨んだ。


「あんたが無くても」


 途中でクライフはレオアリスを振り返った。レオアリスがクライフの腕に手を置いたからだ。


「クライフ、大丈夫だ、今聞く」

「でも上将――」


 そう言ったものの、レオアリスをじっと見て、クライフはまだ警戒を残しつつも一歩下がった。







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