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第5章『地平の燎火』(4)

 東方公と王都の戦が始まるのだ――、と。

 不安を帯びた噂は、ヴィルヘリア地方の農民達の間にも時間を置かず広がった。


「狩月に入ったらすぐだって、街の奴等が言ってた」


 ヴィルヘルミナよりも更に東に位置する村でも戦火が及ぶのを恐れ、連日夜も明けない時分から村人総出で村の畑の収穫作業に出ていた。


「せっかく耕してきた農地が、戦で荒らされるの」

「とにかく早く収穫終わらせちまわないと」


 いつ戦争が始まるか知れず、本来ならもう少し地の滋養を蓄えさせたかったものも、今の内に収穫せざるを得ない。


「芋とか、根菜類も全部収穫しておこう」

「今日ここ終わらせて、明日はウィルの畑をやっちまうぞ。そしたらあとはトーカんとこの畑で終わりだな?」

「小麦の種蒔きは戦が終わるのを待ったほうがいいかねぇ」

「踏み荒らされちゃたまらんからな」

「いつ終わるんだろうな。雪が降り出すまで終わらなかったらさすがに」


 畝へと曲げていた腰を伸ばし、麻の布で頬かむりをした女が西の方角を見渡す。土のついた手で何度目か汗をぬぐい、朝に洗った顔も太陽が中天に上る前にもう土塗れだ。


「あたしは正直、どっちが勝ってもいいよ。ご領主様の土地に住んじゃいるけど、もともと王様の国だし、ファルシオン様はお優しい方だっていうじゃない。村を焼き払ったりなんかしないだろうし」

「王都じゃ、ファルシオン様が住民をたすけて、西海の兵隊を追っぱらったって話だよ。ここだって悪いようにゃしないさ」

「そもそもなんだって同じ国の中で争わなきゃいけないんだか。ほんとに悪いのは西海なんだろ」

「西海なんてしらないわ。西の方の話じゃない」

「でも王都に攻めてきたっていうし」


 女達は不安そうな顔を見かわした。


「ああ、いやだいやだ、戦なんて」

「男手が戦に取られたら、たまんないねぇ」

「そうなったらもう村はお終いさ――」


 誰ともなしに漏れた溜息は、緑の農地の上に広がる青い空に似つかわしくない。


「どっちが王様でもかまわないけど、早いとこ終わってほしいよ」








「ワッツ中将!」


 ボードヴィル砦城の尖塔や城壁が見下ろす中庭にワッツを見つけ、二階の張り出しから身を乗り出すように呼び止めたのは右軍中将エメルだ。


 足を止めエメルを待つ間、ワッツは今日これで何人目かと数えた。朝から、正午を過ぎたこの時刻まで、三人に呼び止められている。

 だからエメルでそう、四人だ。


(保身先鋒のメヘナ、レングス、ジェット。それから日和ってたエメルか。さすがに焦り出したな。にしても今さらっつうか、もう少し情勢に敏感でも良さそうなものだがなぁ)


 城内での保身を第一にしているから街壁の外を見れず、思考が後手に回ってしまう。


(エメルは保身が上手そうだったがねぇ)


 昨日、王都が東方公討伐を明確に掲げたからだ。

 西海軍とのサランセリア戦が五日前の十月二十日。

 それとは別に、王都への西海軍侵攻と、それを退けた事、そして剣士の復活をボードヴィルが知ったのは、つい昨日の事だった。


 ボードヴィル城内は当然のごとく混乱した。

 メヘナ子爵を始めボードヴィルに集った六人の貴族達の半数は、西海の総攻撃にボードヴィルも打って出るべきだという、五日前のヒースウッドの主張を受け入れなかった。その言い訳を懸命に考えて、それを口に出し始めたのが今日。

 駄目押しは王都の東方公討伐宣告だろう。


 王都はまず、国内を平定すると宣言した。

 第一に、ヴィルヘルミナに立てこもる東方公ベルゼビアを討ち、王都周辺の情勢を安定させる事。

 それが終われば次に王都が矛先を向けるのは、当然このボードヴィルになる。


 ボードヴィルとヴィルヘルミナの態勢はとても良く似ている。

 王太子を掲げたボードヴィルと、王妃とエアリディアルを庇護したと宣言しているヴィルヘルミナと。


(だからヴィルヘルミナの結末で、自分達の結末も見える)


 エメルが身振り手振りでいかに自分が王国の事を考えているかを力説している間、ワッツはエメルの言葉を片耳に、思考を巡らせていた。


「ワッツ中将、王都に、まずはアスタロト将軍閣下や王の剣士に、我々のの意志を伝えなければならない」


(我々の意志と来たか)


「貴殿はお二人とも懇意だったはずだ。使者を送り、丁寧に説明すれば」

「当然、その必要がある。このボードヴィルで誰にどれほどの意志と信念があるか、大事な事ですな」


 エメルがほっと息を吐く。


「ミ、ミオスティリヤ殿下は、どうお考えなのだ。まさかここで篭って抗戦などとは」

「殿下の御意志は初めからファルシオン殿下の補佐にある。貴殿方は私よりもご存知でしょう」

「も、もちろん、もちろんそうだ。私はこの国の為に、ミオスティリヤ殿下のご意志を支えようと思ったのだからな。ただ、何というか、ミオスティリヤ殿下には決め手がないと言うか――」






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