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第4章『空の玉座』(20)

 

 クライフは飛竜へ駆け寄り、その背に飛び乗った。


「殿下は中層東、エリゼ地区だ! 急行する!」


 近衛師団の厩舎から黒鱗の飛竜が矢継ぎ早に飛び立っていく。残る飛竜達も慌ただしい空気を感じ取り、落ち着かない様子で飛び立つ仲間達を見つめている。

 フレイザーは羽ばたきが起こす風の中、クライフの乗騎に近寄った。


「クライフ。殿下を必ず、お守りして」

「任せとけ。王城を頼む」


 フレイザーが微笑みを返す。

 クライフの乗騎は一息に、厩舎から飛び立った。




 第一層上空は正規軍の飛竜と入り混じり、事態の急を告げている。

 その中によく知った姿を見付け、乗騎を寄せた。飛竜の色は違うが。


「ロットバルト!」


 ロットバルトは飛竜の速度をやや緩めた。

 その前を行く飛竜はタウゼンの紅玉と、グランスレイの黒鱗、それから法術院副院長ブレゼルマだ。


「副将から聞いた! 俺達もそん時は動く、指示してくれよ」

「私は補助です。全体はタウゼン副将軍に――ですがまずは、ファルシオン殿下を」


 戻ればいいじゃないか、という言葉をクライフは飲み込んだ。それから、戻ったみたいだ、と。


「ああ、エリゼ地区まではすぐだ。必ず、救出する」


 クライフは一度王城を――その地下にあるだろう場所を振り返り、手綱を繰った。








 白刃が視界の中に輝く筋を残し、夜を切り裂くように(はし)る。

 驚きに呑まれて立ち尽くしているベイルや小隊の兵士達の前で、白刃は最後の西海兵を捉え、斬り下ろした。


 我に返った時には既に、運河通りを埋めていた西海兵は全て石畳に倒れていた。使隷は核を砕かれ、何の変哲もないただの水に戻り運河へ流れ落ちている。

 立っているのはプラド一人だ。

 その腕にはまだ白く発光する長剣が、周囲を圧迫する気配を放っている。


「――すげえ……」


 ベイルは茫然と呟き、それから運河通りにおそるおそる踏み出した。足元に倒れている西海兵の黒い鱗は、ベイルの持つ剣を簡単には通しそうに無い。


「――何が起きてんだか良く分からねぇけど、西海兵は取り敢えず倒したって事で、あんたはその、」


 適切な言葉を探す。やはり一つしか見当たらない。


「剣士ってやつでいいのか――? そうすると、あの王の剣士とは」

「住民が消えたな」

「え?」


 ベイルが目を彷徨(さまよ)わせた。橋の上に逃げていた三十人近い住民達の姿は、一人もない。


「まさか、西海に」

「いや」


 プラドが空を見上げる。

 その視線を追ってベイルは息を呑んだ。路地にいた兵士達からも驚きの声が上がる。

 空に金色の光が、輝く花弁を開いていた。


「何だあれ」


 黄金の花が空で、ゆらりと揺れる。


「何が起きているのか――」


 小隊長フェルディは頭を振ってプラドへ近付いた。目の前の男も、空の花も、そもそも西海軍の王都侵攻も、状況を受け止めるのにやっとの状態だ。


「プラド三等兵――いや、新兵ではなく剣士として対するべきなのか――」


 疑問は多い。

 剣士が王都にいるなど、噂にも聞いた事がない。それどころか正規軍は南方の剣士の氏族に助力を請い、だが得られなかったのだとフェルディも聞き齧っていた。

 目の前の男がその南方の剣士なのか。


 何が目的で正規軍に、と問おうとしてフェルディはまた頭を振った。自分がそれを聞いても、よく判らない。


「協力してもらえると考えていいのか」

「当然ですよ隊長殿!」


 愛想良く笑みを浮かべたのはベイルだ。手を大きく広げプラドの肩を叩く。


「まあ話は俺に通していただけりゃ――」

「まだ倒す者が残っているな」


 プラドが身を返し、右腕の剣を掬い上げるように振り抜く。

 白刃が飛来した鉾を捉え、弾いた。

 弾かれた鉾は斜め上の壁に突き立ち、プラドとベイル達の間に崩れた石くれが砂煙を上げる。


「おい――」


 兵士達から緊張した声が上がる。

 運河を挟み、通りの先を新たな一団が埋めていた。蜥蜴に似た姿をした西海兵は先ほどよりも更に多く、二百近い数だ。

 その奥に、彼等よりも二回り上回る体躯の、恐らくは指揮官。


「おいありゃ、ヤバそうだぞ」


 ベイルはプラドをちらりと見て、出て来た路地へと数歩、後退った。





 プーケールは西海兵が倒れている通りを見回した。通りも、運河も、兵達の身体が埋めている。


『我が兵を――』


 プーケールの眼がプラドの右腕の剣を捉える。


『まさか、剣士だと? ガウスめ。剣士は動けないはずではなかったか』

 どん、と右足を踏み鳴らす。足元の水溜りから、鉾の切っ先が顕われ、プーケールの手へとするする伸びた。

 鉾の柄を掴む。ぎし、と腕の筋肉が盛り上がった。


『だが、今この場で殺せば問題は何も無い』


 プーケールは鉾を投げた。飛来する鉾が真鍮の街灯の柱を断ち切り、運河に架かる橋の石の欄干を砕き、唸りを上げプラドへ(はし)る。


 プラドは鉾へ踏み出した。

 飛来する鉾とプラドの剣が噛み合い、弾き上げる。足元の石畳がひび割れ、石くれが舞う。


「何を言っているのか、西海の言葉は分からないが――」


 弾かれた鉾は空に高く上がり、プーケールの足元に突き立った。


「指揮官の首か。いい実績だ」


『――押し包んで殺せ』





 プーケールの軍は、他の西海兵よりも数倍の強靭さを誇った。

 だがプラドの剣は兵達の鱗をものともせず、容易く切り裂いていく。


『剣士など、警戒しすぎだと思っていたが』


 プーケールは唸り、右足を踏み鳴らした。

 鉾が数条、立ち上がる。

 柄を掴み、立て続けに投げる。


 プラドの剣が飛来する鉾を弾き、だが直後に跳躍していたプーケールの鉾が、プラドの頭上から振り下ろされた。

 白刃が鉾を額の前で捉える。鉾を打ち降ろされた衝撃に、プラドの足元の石畳が陥没する。そのままプーケールは、驟雨の如く打ち掛かった。

 鉾の切っ先が空を切り裂いて笛に似た甲高い音を鳴らし、余波がプラドの後方の建物を削る。息もつかせず斬撃を繰り返す。


 ベイルもフェルディも、他の兵達も、呼吸も忘れてその光景に見入っていた。

 ただの兵では一撃だけでも頭から砕かれる。

 だが、プラドはその斬撃を受け止めながら、一歩――、踏み込んだ。


 金属の軋り合う音が耳を打ち、プーケールは後方へ、跳んだ。


『――』


 プーケールの胸に、鎧と鱗ごと、一筋の裂傷が刻まれている。

 目で捉える事が出来ないほど剣は速い。

 プラドの右足が前へ――その次には、プーケールの目前にその切っ先があった。


 反らした額を剣が削り取る。

 噴き出す血を抑え、プーケールは足で石畳の水溜りを踏んだ。プラドの足元から三条の鉾が打ち出される。


 プラドは身を捻り二振りを躱しつつ、一振りの柄を掴み取り、その勢いを乗せてプーケールへ鉾を放った。

 プーケールの鉾が弾き――


 下から振り抜かれた白刃が、プーケールの右腕を肩口から断った。


 そのままプーケールの首へ、斬り下ろす。







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