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第4章『空の玉座』(12)

 

 フィオリ・アル・レガージュの沖に集っていた西海軍は、サランセリアで西海軍十万とランドリーの北方軍一万が激突する、そのちょうど同時刻――

 それまで沖合を埋めるだけだった三千の兵が空気を震わせる雄叫びを放つと、港へ向かって急激になだれ込んだ。


 港は一気に騒がしさを増した。

 防衛の為に飛び立った南方軍の竜騎兵が放つ矢や槍も、波の勢いを借り打ち寄せる西海軍を止めるには至らず、港へ集まりかけていたレガージュ船団の船団員や船乗り達は剣を手に取ったまま、為すすべなく押し寄せる西海軍を見つめた。


 使隷と兵と波が五基の桟橋を飲み込み、ばらばらになり、水中に没して行く。過去何度となく積み荷を行き来させた桟橋に、その想いを馳せる間もない。

 港には停泊していた船を防壁代わりに並べていた。

 次々に、使隷の群れがそれらの船体に取付き、半透明の身体で作られた水球が船を包んで行く。

 水球はみるみる大きく膨れ上がった。

 喧騒の中でさえ、みしりと、軋む音が辺りに響く。


 ファルカンは港へ坂道を駆け下りながら、港の広場に剣を構え――軋む船の光景に凍り付いている男達へ声を張り上げた。


「もう保たない! 退け! 坂を上がれ!」


 その言葉に打たれ走り出した男達から、次の瞬間、苦鳴にも近い声が広がった。


「船が――!」


 交易船、レガージュ船団の小型艇、港に停泊していたあらゆる船艇。船乗り達の命ともいうべきそれ。

 西海軍の侵攻からおよそ半年もの間、防壁の役割を果たしていたその船体が、軋む音を立て砕け、崩落する。

 これまでぎりぎりの所で西海軍の上陸を防いでいた港とその広場を、なだれ込んだ西海の兵が瞬く間に埋め尽くした。


「残ってる住民を崖の上へ逃せ!」


 ファルカンは自分の心の中に押し寄せる怒りを堪え、背後の高い崖の上を振り返った。


「――ザインに……」

「だめ」


 一言、けれど決然とそう言ったのはユージュだ。

 ユージュは右腕の剣を顕したままファルカンを見据えた。


「ユージュ」

「父さんはまだ、動けない。でもきっと、もうすぐだから。きっともうすぐ、剣は戻る」


 港の騒乱が空気を揺るがし、斜面に連なるレガージュの街に反響する。

 それはかつての、三百年前の大戦で響いた音と同じ音――

 父と母が聞いた音だったかもしれない。

 ユージュは港へと、石畳を蹴って坂道を駆け下った。


「ユージュ!」

「団長、まずはみんなを避難させて! それまで抑える!」


 目前に迫った西海兵の群れへ、ユージュは駆け込むと同時に、右腕の剣を振るった。左右からの敵兵を薙ぎ、正面の兵を斬り上げ、一歩、踏み込んだ右足を中心に、ぐるりと円を描いて剣を振るう。

 一瞬、ユージュの周りに空白が生まれた。

 だが次の瞬間には、押し寄せる西海兵がその空白を埋める。


 ユージュは息を吸い、両足で広場の石畳を踏みしめた。


「父さんが戻るまで――ボクが、この街を守るんだ!」









 サランセリアの『壁』の上の台地に初めに到達したのは、東南の丘陵から進軍したプーケールの軍だった。

 ランドリーは『壁』側に第五大隊を、五つの法陣円を陣中に置く形で、正面に第四大隊、左右に第六、第七大隊を布陣した。

 北方軍九千対、プーケール軍一万五千。

 竜騎兵四千が西海軍本隊を撹乱しているこの僅かな時間で、まずは挟撃の部隊を叩く。


「転位陣の前に出ろ! あと僅か、四半刻耐えれば援軍が到達する!」


 第四大隊大将エンリケが叫び、自らが先陣に立ってプーケール軍へと突進した。足場になっていた使隷がむくむくと身を起こし、西海軍の陣容が厚みを増す。

 構わず突進すると、初めの兵へ槍を振り下ろし、続く二列目の兵を薙いだ。


 エンリケの左右で兵達が同様に、騎馬の勢いを活かしてプーケール軍の先陣を切り裂く。エンリケの視界の端で西海軍の投擲した槍が、馬上の兵士を貫く。

 エンリケは槍を突き出し、正面の使隷の核とその奥の兵を同時に突いた。


「時を使い、活かせ!」


 西海軍の動きはいかに使隷を足代わりにしても遅い。

 竜騎兵が西海の本隊を足止めすれば、挟撃という戦術は意味をなさなくなる。

 あと四半刻、それで第一陣が到達する。

 彼等の最大の味方は、その『時』だ。


「時を活かせば、活路は我等にある!」





「西海軍挟撃部隊、僅かずつながら後退!」

「転位陣は順調! 法術士団は半数、戦闘に参加できるとのこと!」


 ランドリーの周囲に目まぐるしく伝令が走る。

 ただ騎馬と地の利を活かした初めの段階よりも、徐々に損害や苦戦を告げる内容が増えて来る。


「我が軍損害は微少なれど、重傷者も増し――」

「第六対応の西海軍の陣容が厚く――増強を――」


 ランドリーは前線を見渡し、嘶く自らの騎馬の首を叩き宥めつつも、次の指示を出した。


「前列と後列を入れ替えつつ、凌げ。第五大隊を動かす。また転位陣完着に合わせ、法術士団は七割を攻撃へと転換、援軍の転位に備えよ」


 伝令兵が次々馬を走らせる。


「法術士団の三割は防御と治癒に専念――」


 ランドリーの後方で、遠い喧騒が轟くように湧き上がった。『壁』と呼ばれる崖の方向だ。

 ランドリーは一旦息を吐き、馬体を巡らせた。


「――本隊か」





 『壁』の下から鬨の声が湧き上がる。


「カッツェ大将!」


 今まさに部隊を前進させようとしていた第五大隊大将カッツェは、騎馬を繰り崖に寄せると、眼下を見下ろした。

 使隷が壁に取り付き、次々と這い上がって来る。

 上から矢を射かけ、石や丸太を転がし、竜騎兵が急降下を繰り返す。

 だが、数で圧倒的に勝る西海軍は崩れ落ちる同胞を踏み越え、止まる事無く這い上がった。


「さすがに、保たんか――」


 カッツェは口の中で呟き、だが周囲の部下達へは声を張り上げた。


「登ってきた奴から叩き落せ! どうせ十万も一度には登りきれん! 俺達の地の利は変わらんぞ!」





「閣下――」


 参謀長コーエンスがランドリーの傍に馬を寄せる。


「第五大隊は後方に残さざるを得ません。第六の増強に第四を回します」

「それでいい。一点突破を避けろ」


 陣の内部になだれ込まれれば総崩れになる。

 それを避けたいが、時間の問題だとも、ランドリーは冷静に理解していた。


(援軍は、間に合わんだろう)


 転位を止めるべきか。

 五つの法陣で同時に二千五百名、兵を転位させることができる。

 だがそれまでに陣形を崩されれば、二千五百名の兵は転位直後に西海軍の攻撃の只中に晒されるだろう。

 それは死にに来る事でしかない。

 もう転位陣は九割方整っている――


「――」


 崖の上がどっと喧騒を増した。

 西海兵は幾度となく崖を転がり落ちながらも、とうとう最初の第一陣が『壁』を上り切り、それを機に次々と崖の上に辿り着き、広がり始めたのだ。

 第五大隊の兵達へ襲い掛かる。

 同時に、第四、第六、第七大隊が対峙していたプーケール軍の圧力が一段増した。


「――耐えろ――!」


 ランドリーの放つ指示も、半ば喧騒に掻き消える。

 北方軍の布陣は、四方から押され、ぐにゃりと形を崩した。







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