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第4章『空の玉座』(6)

 初めは、何が起きているか判らなかった。


 西海軍第四軍の中将ギュントは、逃げるアレウス軍兵士に追い縋ろうとし、いつまで経ってもそれが叶わない事に、まずは疑問を覚えた。


『何故、追い付かない――?』


 アレウス軍の陣形が崩れた時は、すぐそこに逃げる背中があった。

 だが、今は随分と遠い。


 疑問に絡め取られ、と同時に何かの違和感を感じ、ギュントは足を止めた。


『――』


 ギュントだけではなく、他の兵士達もみな足を止め、不思議そうな顔を辺りに向けている。

 周囲にはアレウス軍の兵は一人の姿も無い。

 戸惑う自軍の兵達のみ――


 そして、左右には高い壁があった。


『な――、何だ、ここは……』


 壁――崖だ。高さは五間ほど、切り立ち、取り付く個所は無い。

 海溝のような場所だとふと思い、あの暗がりを思い出しギュントはぞっとした。


『いつの間に』


 逃げるアレウス軍を追い、中央に楔を打つように切り込んだはずだ。

 地形は緩やかな丘陵だったはずだ。


 それが気付けば、アレウス軍の姿は無く、ギュント達は左右を崖に挟まれた一本道に踏み込んでいた。

 道の先は緩やかに右へ曲がり、視線は高い崖に遮られる。


 ギュントは前後を見渡した。

 道幅は二十間ほどと充分な幅があり、横四十名を並べる陣形をそのまま呑み込んでいる。


 誘い込まれたのだと、それだけは判った。


『退け――!』






「地の利がどちらにあるか、敵地では良く調べた上で兵を動かすべきだな」


 戻ろうと押し合う西海兵を崖の上から見下ろし、ランドリーは剣を高く掲げた。


「敵兵よりも数に劣るのならば尚更、真っ当な戦術など用いはしない」


 法術による幻影で地形を隠し、なだらかな丘陵に見せかけた。


 上空に幾つもの光の輪が浮かぶ。金色の光を滲ませた法陣円だ。崖の上には正規軍法術士団の術士百名、そして兵士二千が左右に分かれて身を伏せていた。


 法陣円から放たれた光が矢の雨となって降り注ぎ、西海兵達を貫く。

 左右の崖の上からはそれぞれ五十基ずつ並べられた大型弩砲(アンブルスト)が、鉄の矢を交互に放つ。


 谷間に流れ込んでいた西海兵、およそ六千の上に容赦無く降り注ぎ、西海兵は瞬く間にその場に折り重なって倒れた。

 足場を作っていた使隷が身を揺すり人型を起こす。

 その緑の核を、法術の矢が的確に射抜く。


 四半刻後、六千の兵と使隷は全て倒れ、谷間には静寂が漂った。








『まんまと乗せられおって――』


 フォルカロルは屈辱に頬を震わせ、報告を上げた兵の頬を拳で打ち据えた。

 兵の身体が弾き飛ばされ、フォルカロルの前に並ぶ護衛の兵列の間に倒れ込む。

 水人種の兵達は泡を吹き倒れた原種の兵を助け起すでもなく、侮蔑の目で見下ろしている。


『六千もの兵を失うとは! プーケール、貴様の責任は大きいぞ! その目は節穴か! 幻影を真に受けるなどと――』


 プーケールはじろりとフォルカロルを一瞥し、大柄なその身体でまだ倒れている部下へ近付いた。護衛達が後退る中、部下を担ぎ上げる。


『命じたのは貴様だ、総大将』

『何だと、この私に』

『法術があれほど力を持つとは、誤算だろう』


 口を挟んだのはレイラジェだ。フォルカロルが苛立ちを表しつつも、ひとまず言葉を飲み込む。


『我等の海ではあまり法術は発展しなかった。加えて我等の能力は水を介してこそ威力を発揮するものだ。まあ、適材適所というやつだろう』

『何を悠長な、レイラジェよ』


 ヴォダは窘める口調だが、そもそもこれはフォルカロルとプーケールの失敗だと、その声に滲み出ている。

 レイラジェは三人の顔をぐるりと見回した。


『圧倒的な兵数の差は崩れようが無いのだ。まず緒戦は小手調べのようなもの、これから次の戦術を話し合えば良いだろう』

『もう次の手は決めている』


 棘を含んでフォルカロルはレイラジェから視線を逸らした。プーケールが部下を担いだまま同じく声を尖らせる。


『次の手だと? フォルカロル、まだ何も話は』

『その必要は無い。奴らはどうせあの地形にしがみつくだろう。ならばシメノス上流へ兵を送り、ボードヴィル現存の兵と合わせてアレウス軍を挟撃する。いかに地形に頼ろうと、前後から攻撃を受ければひとたまりも無い』


 ボードヴィル前に現在、一万の兵を置いている。死者の軍も含め。

 フォルカロルはレイラジェ、ヴォダへ順番に視線を向けた。最後にプーケールへ。


『プーケール、貴様の第四軍から一万を回せ』


 一瞬場に走ったのは牽制の空気だ。

 フォルカロルへの。


『この敗戦の責任はそれで埋め合わせしてもらおう。明日の早朝、アレウス軍を背後から強襲するのだ。強襲に呼応し我等が本隊を進める。アレウス軍に気付かれぬよう、深夜にここを離れよ』

『――承知した』


 プーケールは黒い鱗で覆われた表情の読み取り難い面で頷き、長い尾を揺らして三人の前を離れた。

 重い足音が遠ざかる中、ヴォダがフォルカロルへ視線を戻す。


『ボードヴィルのあの女はどうするのだ』

『未だ真意の測り難い輩だ。最近は顔も見せぬが、あの狭い砦の中で王国ごっこでもしているのだろう。警戒だけして捨て置けば良い』






 プーケールは己の第四軍へ戻りつつ、忌々しさを吐き出した。


『フォルカロルめが、海皇陛下から此度の指揮権を与えられたとは言え、我が軍を駒か何かのように扱いおる』


 もともとフォルカロルは自身が水人種である事を鼻にかけ、特に西海の原種であるプーケール達を事あるごとに見下し蔑んでいる。


『忌々しい』


 だが、まずはアレウス軍との戦いに勝利する事だ。


 配下の大将ベルメルが敬礼してプーケールを迎える。プーケールは肩に担いでいた兵を駆け寄った部下達に預けた。

 第四軍はみな、西海の原種と変化の大きく表れた変異種で構成されている。


(水人種などそれほど有難いものならば、アレウスの足でも舐めてとっとと地上に戻れば良いのだ)


『閣下』

『深夜、一万でここを発つ』

『は』

『シメノスを遡り、向かうはまず、ボードヴィルだ』








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