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第4章『空の玉座』(4)


 西海軍は十万の大軍をかつての水都バージェスから上陸させ、東へ、アレウス国土内陸部へと、進軍を開始した。

 十月十八日、日没後の事だ。


 前衛に将軍プーケールが率いる第四軍五万、中央に将軍レイラジェが率いる第二軍二万、殿に将軍ヴォダが率いる第四軍二万と死者の軍一万を置いて構成し、総指揮として、将軍フォルカロルが中央後方に自らの海馬を据えていた。


 一里の控えから五里までは、最初の侵攻の七月時点で泥地化が進んでいる。西海軍はその距離を一息に越えると、泥地化域の境界前面に陣を置いていた北方軍第七大隊中隊右軍、千の兵を壊滅させた。

 その屍を飲み込み、将軍フォルカロル率いる西海軍は、まだ泥地化していない大地を使隷の群れを足場代わりに、速度を落としながらも更に内陸へと進み始めた。





 バージェスからボードヴィルを含む内陸およそ三百里に渡って広がるサランセリア地方は、サランセラム丘陵に代表される緩やかな丘陵と平原が大半を占めている。

 西海軍の進軍速度を見据えつつ、北方将軍ランドリーはバージェスから北東、サランセラム丘陵とのちょうど中間となる地点、グレンディル平原に現有全兵力を以て防衛線を敷いた。


 陣の背後にはこのサランセリア地方ではあまり見られない、高低差五間程度の崖を背負う。横に約九十間、縦に五間、ここだけ一段、地面が落ちている。近隣住民に『壁』と呼ばれている場所だ。

『壁』の中央辺りからは、地面を繰り抜いたようなゆるく曲がりくねった路が一本、東のサランセラム丘陵方面へと続いていた。


 現時点でランドリーの持つ兵数は、北方軍第四大隊から第七大隊、合わせて九千。これまでに当初の一万二千から、昨日の損害を含め約三千の兵が失われている。

 西海軍は早ければ、明日午前、この地に到達すると見込まれた。

 増援の北方軍第三、第二大隊それぞれ千騎は先行の飛竜部隊が一両日、本隊到着は転位陣の敷設を待って、早くても四日を要するだろう。


 ただ法術士団からは早朝から今までの間に、正規軍配属の半数百名が既に揃い始めている。

 更に東方、南方軍からも援軍出立の報は受けていた。




「援軍が到着するまで、この場で西海軍を押し留める」


 当然、ランドリーの頭には、七月に壊滅した西方軍と盟友ヴァン・グレッグの姿があった。

 陸上だからと言って西海軍を甘く見積もる事は有り得ず、そして今回進軍して来る西海軍の兵数は正規軍全軍すら上回っている。


「最も警戒すべきはナジャルだろう。斥候からの情報ではナジャルの姿は見えないとの事だが、当てにはならん。あれは出ようと思えば王城にさえ出られるのだからな」


 半年前、王城の議場に現われ、海魔を放ったように。


「今の西海軍の侵攻速度であれば、我等は一旦西方第六の軍都エンデまで退き、そこで援軍との合流を待つ手もある」


 この地の部隊九千、そして第二、第三大隊と南方、東方各軍の援軍とを合わせれば二万。現在エンデには西方軍第三大隊が二千、兵を置いている。

 最大戦力をエンデへ集結する事で、地の利に加え、数の不利を僅かながら埋める事はできた。


「だがそれでは国土を容易く奴らに明け渡し、この周辺に暮らす民達をみすみす犠牲にする事となる」


 ランドリーの言わんとする事に対し、集った将校達に異論はない。


「ボードヴィルと連動する事も考えたが、ボードヴィルは此度に限らず、こちらからの打診に未だに一度も応えていない。現時点では警戒の対象だ。連携の考えは置くべきだろう」


 昨夜からの議論において、ランドリーはそう結論付けた。


「厳しい戦いではあるが、幸い、地の利は我等にある。我等はここを防波堤とする」

「十万――十倍か。なら一人十人倒せばいけますな。簡単な話です」


 第五大隊大将カッツェが無骨な面をにやりと緩めると、第六のブランが大きく頷いた。


「そうだな、いける。なんなら俺の隊は二十人倒すぞ」

「雑過ぎる」


 傍の第七大隊マイヨールが眉をしかめる。


「個人差も考えれば良くて一人平均三人だろう」

「おいおい、つまらん事を言うなよ。それじゃ足りんのだ」


 ブランは背を逸らして「なあ」、と斜め前の第四大隊エンリケへ顔を向けた。巻き込まれたエンリケは肩を竦めた。


「気概としては十人討ち取ると言いたいところだな。まあ何人かは別にいい。要は勝つ事だ。そのつもりで臨まねばなるまい」


 そうでしょう、と正面に座るランドリーへ視線を戻す。


「閣下」


 ランドリーは参謀長コーエンス、第四大隊大将エンリケ、第五大隊大将カッツェ、第六大隊大将ブラン、第七大隊大将マイヨール、及び彼等の後ろに控える各中隊中将達の顔を見回した。


 簡易な天幕の外は未だ風に揺れる草が立てる音しか聞こえない。明日の午後、この地を埋めるのは西海の進軍の音に変わるだろう。


「一つ、この戦において私は卿等に求めたい」


 それまでの砕けた空気が再びがらりと変わる。

 第四大隊エンリケが代表して胸に右腕を当てる。他の将校達もそれに倣った。


「いつなりと――我等一同、閣下と国に忠誠を捧げ、一命に代えても、この地で西海軍を食い止める所存でおります」

「逆だ」

「は」


 やや面食らい、隣合う顔を見合わせる。


「彼我の兵力差が明らかである以上、あたら命を賭す覚悟は逆に死を早めるのみだ。我等に課されている事は、国土を守るこの軍、兵達を、如何に維持しつつ西海の侵攻を押し留めるか――」

「これは、随分と無茶を仰います。先ほどの話は大言壮語と流して頂きたく」

「無茶は承知の上」


 部下達の苦笑にランドリーは口元に同じく笑みを刷いて返し、彼等を見回した。

 苦笑は緩やかに消え、細い面が厳しく引き締まる。


「卿等はそのつもりで兵の命を預かれ。そして卿等の命はこの私と、炎帝公アスタロト将軍と、国王代理ファルシオン殿下に預けよ」


 エンリケ等は互いの顔、双眸に浮かぶ光を見交わし、右腕を胸に当てたまま深く身を折った。










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