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第2章『冥漠の空』(19)

 

「さて、いいよ」


 アルジマールが声を掛けると、ゆら、と目の前の空間が一度揺れた。

 と思った次の瞬間には、ロットバルトがいる場所はアルジマールの院長室ではなく、まるで異なる空間だった。


 ただの空間。そうとしか表現のしようがない。

 辺りは白く発光し、すぐそこが境なのか、それとも遥か先に境があるのか、視覚だけでは全く判別が付かない。では感覚はと問われれば、この場所どころか自分の存在すら曖昧に感じられる。


 以前この空間に()()()()時と変わらず、違うのは以前は、ファルシオンの学習室でファルシオンと向き合っている状態から一人切り離されたが、今はアルジマールも傍らにいる事だ。この場に誰を呼び込むかは術者の意図次第なのだろう。


 前方に一人、灰色の法衣姿の女が立っている。

 不定期に光に透ける身体が、光を通す毎に足下に白い法陣を浮かび上がらせている。

 ロットバルトは数歩進み、法術士と向かい合った。


「昨年末でしたか、お会いしました。覚えておいでですか」


 法術院の長衣が揺らぎ、女が頭を伏せる。


「恐れながら――、貴方様がお調べになっておられた事柄について、私は阻害する役目を負っておりました」


 持って回った言い方はこの法術士が言う通り、その役割故だ。

 つまりは特定の事柄に関する王城内の監視と警告であり、その対象は第二王妃とその王子の事柄に触れようとする者。


「貴方に、新たな役割を担って頂きたい」


 法術士の姿がゆらりと揺れる。その視線が目深に被った法衣の下から、一度アルジマールへと向けられ、そしてロットバルトの上に戻る。


「ご承知の通り、王城の防御陣の大方が現在機能していない状況です。法術院は全体防御の再構築に全力を注いでくれていますが、かつてと同じように機能する事は困難だと、現状判断せざるを得ない。ただ、だからと言って怠る訳にはいかないものがあります」


 そこだけはどうあっても、確実にしておかなければならない。

 法術士はしばらくの間ロットバルトの言葉にじっと耳を傾け、そして頷いた。





「君も大変そうだよね、侯爵」


 すっかり元に戻った院長室の椅子に腰かけ、アルジマールはのほほんとそう言った。十刻には雨は上がり、正午に近付いた今は空には薄い雲を残すだけになっている。この院長室も、差し込む陽射しに木貼りの艶やかな床を輝かせていた。


 午前中の協議は二刻程を費やし、まずは西海軍に対して防備を固める事、死者の軍への対策を確立する事、そしてエンデの難民への対策を打つ事を決めた。

 ただそれで終わった訳ではなく、今後各対策の詳細を詰めて行く必要がある。しかし時間はかけられない。明日、遅くとも二日の内にはそれを実行に移していかなければ、その間にも西海は動き、事態は刻一刻と変化していく。


「他人事のように言っている場合ではないでしょう。こと王城の防御壁再構築に関しては、貴方と法術院にほぼ十割の期待がかかっている」


 そっちじゃなくてさ、とアルジマールがにこにこ首を傾ける。


「あれこれ婚約者を見繕われてたみたいだけど、結局どうなったの?」


 青い瞳がアルジマールへと落ちる。


「貴方でもそうした事に興味を覚えるのですか」


 それは驚いたな、と皮肉を込めて付け加えられ、アルジマールはしてやったりとにんまり笑った。


「ささやかな意趣返しだよ。君にはここのところ色々こき使われてるから、せめて君が嫌がる話題の一つも出さないとと思って」

「法術院の予算は維持していますよ」


 アルジマールは絶望感たっぷりに頭を抱えた。


「ああっ、どうして殿下は君を財務院なんかに就けたんだろう、最悪の配置だ」

「貴方の研究には口出ししていないでしょう」

「研究にはね! でもアレやらなきゃ全体の予算に影響するとかコレやってからでなきゃ自分の研究に手を出せないってのがチラッチラチラッチラ見えてるから! 君!」

「そうですか?」


 むうっと口が尖る。彼は三百歳超えだ、念のため。見た目はまだ十代前半の子供のような姿で、アルジマールは座っている椅子の柔らかな背もたれに身体を埋めた。


「財務院とかホント冗談じゃない。落ち着いたら君には、僕に悪影響の無いところに戻ってもらわなきゃ。あの子のとこにいた方が君はまだ可愛らしいからね。絶対全力で推してみせる、僕の研究(しあわせ)のために!」


 ロットバルトは笑って、「期待しています」と告げた。

 その笑みを眺め、アルジマールは喉の奥で唸り、諦め切れない息を吐いた。


「では、引き続きご協力を」

「うう……好きな事だけ思う存分やりたい……」

「できますよ。現状を脱した上でこの国が存続していれば」


 ロットバルトは席を立ち、被きから覗くアルジマールの尖った口元を見下ろした。


「よろしくお願いします」


 もう一度、盛大な溜息が返った。

 院長室の外に出たロットバルトを、アルジマールの声が追いかける。


「まあいいや、しょうがない。それで、君の色んな動きは、今後どこでどう現われてくるのかな」


 それには答えはなく、アルジマールは閉じた扉を見届けた後、やれやれと伸びをした。







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