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第1章『遠雷2』(12)



 アスタロトは謁見の間を出て、先に出て歩いて行くヴェルナーを追いかけた。


「――ヴェルナー侯爵」


 声はやや気後れ気味に口の中で少し掠れたが、ヴェルナーは振り返り、アスタロトと向かい合った。アスタロトへ目礼を向ける。


「……ありがとう、その……」


 アスタロトが言葉を探す間に、ヴェルナーが口を開いた。


「礼など仰るには及びません。この戦況の中、兵達の士気向上とはいえ戦場に赴かれる事は危険を伴います。剣士の氏族との対話についても、問題は多いでしょう」

「わかってる」


 息を吐き、努めてゆっくりと吐き出す。


「自信が、あるわけじゃない。でも――」

()()()我々を信用するかは、それこそ測りかねると考えます』


 先程の彼の言葉がずっと脳裏を占めている。

 けれど、だからこそ、自分は行かなくてはいけないのだと思った。

 そこから始めなくては、動けない。


「……道中のご無事を」


 ヴェルナーは退出を告げ、一礼すると再び廊下を歩き出した。


「ロ――」


 引き止める為に上げられた右手を、アスタロトはただ虚しく握りしめた。

 近衛師団の隊服ではない後ろ姿は、まるで知らない相手のようだ。


(前みたいに呼べれば――、でも呼んでも、戻るわけじゃない)


 けれど。


(でも、もしかしたら、)


 目が覚めて――


(目が覚めて……?)


 どくりと鼓動が鳴る。


 謁見の間から退出する諸官達の視線がアスタロトの上を過ぎる。

 そこにある問いかけに答える言葉などなく、アスタロトはぎゅっと唇を引き結んだ。









 アスタロトが士気向上の為の戦地視察に赴くという話は、翌日には正規軍の駐屯する王城第一層にも通達され、正規軍第一大隊の兵士達は早くも気勢を上げた。


「炎帝公が動かれるんだと」

「有り難い、これで一気に戦況が動くかもしれないぞ」

「それに聞いたか、最近在野の剣士が魔獣を倒したとかで、奴等と話をしに行くってのも」

「ちょっと待て、それはどうなんだ」

「そんなことを炎帝公がなさるのか」


 そこには抑えていても滲む不満が見える。


「だいたい、そもそもここにいる剣士(やつ)が動けばいいだけじゃないか」


 互いの目に同意を見つけ、眉をしかめる。


「どこまで殿下も処罰を長引かせるんだろうな」

「さすがにこれ以上戦況がやばくなったら、そん時は蟄居も解かれるだろ」

「それでまた結局元通りか――」

「どっちだよ」

「おい」


 兵士達は通りかかった近衛師団第一大隊の隊士等数人を見て、袖を引いて声を抑えた。その中には先日正規兵と言い争いになったコウもいる。

 コウは立ち話をしていた正規兵達を睨んだが、そのまま顔を背けて通り過ぎた。







「剣士の氏族――、どう思う?」


 クライフは執務机を並べているフレイザーへ、そう尋ねた。

 『ルベル・カリマ』、『カミオ』。

 この二つの氏族がどれほどの規模なのかは不明だが、どちらかにでも繋ぎが付けられれば戦況は好転するようにクライフにも思える。


「希望的だけど、でも、協力が得られればいいと思うわ。それに」


 頷くフレイザーの声にも、クライフと同じ期待があった。


「上将のことが、もう少し判るかもしれない」


 レオアリスの今の状態について、クライフもフレイザーもあまり情報を持っていなかった。

 ただ、良い兆候があればグランスレイはすぐに知らせてくれるはずだとも思っている。


「アスタロト様に、どうにか……」

「くそ、こんなとこで焦れてるだけじゃなくて俺も行きてぇな。頭下げて頼み込んで――、まあ今はここを離れるわけにゃいかねぇが」

「いいわよ、行っても。貴方がいない間は私がなんとかするわ」


 フレイザーはあっさりとそう言った。

 クライフはまじまじとフレイザーの顔を見つめ――、首を振る。


「いや、さすがにフレイザー一人に押し付けられねぇわ」

「それは別に」

「ルフト――」


 クライフの呟きに、フレイザーは聞き入った。


「上将の氏族の名前なんだな。こんな時に判るなんて、良かったんだかなんだか」


 すぐにでも伝えに行きたいと、クライフもまた思う。


「ルベル・カリマとかカミオとかと、血が繋がってたりしねぇのかな」

「そうね……でもレガージュのザインは以前上将と会った時、同じ一族ではないと、そう言ったようだから」


 その先の言葉をフレイザーは飲み込んだ。

 クライフが椅子の背を軋ませ、立ち上がる。執務室は二人で話をするには広すぎて、言葉の虚しさが強調されるようだ。


「そういや、ロットバルトはどう考えてんのかな。昨日聞いてたんだろ。あいつの方からも何か対応可能かもしれねぇよな。もう動いてっかもしれねぇけど」

「そうね、そうだといいのだけど」

「どうした?」


 フレイザーの返事が歯切れ悪く感じ、クライフは執務机に組んだ手を置いているフレイザーを振り返った。

 フレイザーの脳裏に浮かんだのは、先日王城で会った時の、近寄りがたい空気を纏った姿だ。


 ロットバルトは、変わってしまったのではないかと――

 そう言いかけてフレイザーは首を振った。


「なんでもないわ」

「――」


 クライフは束の間フレイザーを見つめ、それからそっと息を吐き出し、誰の姿もない四つの席を見た。








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