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第4章「遠雷」(5)

 

 謁見の間の扉が閉ざされる。

 グランスレイは息を詰めたまま振り返り、先に出たレオアリスの様子を捉えてぎくりと鼓動を鳴らした。

 レオアリスは立ち止まって左肩を壁に預け、その肩が不規則に、大きく上下している。


「上将!」


 やや俯き加減の面を斜めに覗き込み――、息を潜めた。

 張り詰めた頰は色が失せ、噛み締めた唇に血が滲んでいる。グランスレイは持ち上げかけた手を握り込んだ。

 掛ける言葉に迷ったグランスレイの耳が、押し出された声を拾う。


「殿下を――傷付けただろうか」


 掠れた問いは自らへのものなのか、返す言葉がすぐには見つけられず、グランスレイはただ僅かに首を振った。


「もっと、上手くやる方法が、あったはずなのにな」

「仕方がありません」


 低く、素早く告げる。

 最大限の温情だとベールは言ったが、現段階ではこれが取り得る最善の手段だったのだと、グランスレイも考えていた。

 そのはずだ。


 今、ファルシオンの思慕と国王代理を担う王太子としての意思を混同する事は、諸侯の反発を招き、ファルシオン自身さえ危うくする。

 それだけは、何を置いても避けなくてはならない。


 レオアリスがゆっくりと息を吸い、篭った熱と共に吐き出す。


「グランスレイ――まだ、何も謝ってなかったな」


 俯いたまま、声を押し出すごとに、肩が、背中が揺れる。


「第一大隊にも、近衛師団にも、迷惑ばかりかけた」


 グランスレイは奥歯を強く噛みしめた。


「そのような事はありません。我々が、」


 ふと脳裏に、謁見の間に残ったロットバルトの姿が浮かぶ。こうした場合に、ロットバルトならば適切な言葉を見つけるだろう。

 だが、それは昨日まで――いや、今日の朝までの話だ。

 謁見の間に()()()訳でもない。


 レオアリスに気付かれないように息を吐く。

 迷っていた手のひらを今度こそその背に添えると、軍服の生地を通してさえレオアリスの身体は冷えて――不確かに感じられた。


「――貴方は限界まで動き過ぎた。貴方に頼らざるを得なかった事こそ、侘びなくてはなりません。ですがそれは後に」


 まずはレオアリスを休ませるのが先だ。士官棟か法術院に戻る事ができれば良かったが、階下に控えの間が用意されていて、そこで指示を待たなくてはいけない。

 そして謁見の間で行われている協議が終わればすぐにでも、予め用意されている場所――命じられた蟄居の場へ移る事になる。


 ただグランスレイは一つ期待を抱いてもいた。

 先ほどの令旨では言及されなかったが、その場所であれば、レオアリスの回復は早まるのではないか。


「歩けますか」


 促すように問うと、レオアリスは俯いたまま、グランスレイを心配性だとでも言うように、口元に苦笑を刻んだ。


「――ああ、もう少しなら」

「――」


 レオアリスは壁に左手をつき、預けていた肩を浮かせた。

 グランスレイは肩を貸すべきか背に置いていた手を迷わせ、その手を収めると先に立って歩き出した。

 視界の端で、レオアリスが一歩踏み出し――

 その身体が傾ぐ。


「上――」


 咄嗟に手を伸ばし、倒れかかった身体を支えた。











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