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第4章「遠雷」(2)


 ヴァン・グレッグは昨日、アル・レガージュ砦跡の転位陣を用いて西方に移り、正規軍西方第四・第五大隊四千八百名を率いて深夜、西方第六大隊仮駐屯地、バッセン砦に入った。


 バッセン砦には既に、ボードヴィルから撤退した第六・第七大隊三千二百名がヴァン・グレッグの到着を待っており、その兵数――西海軍討伐の為に集結した兵は、騎兵五千、槍と弓を主体とした軽歩兵千二百、竜騎兵千二百、そして補給部隊六百を合わせて八千名となり、砦に入りきれないほど膨れ上がった。


 この早朝。

 ヴァン・グレッグの号令のもと、八千名の兵はバッセン砦を続々と出立した。


 その頃には第七大隊が伴ったヘクト村の住民だけではなく、ボードヴィルに現われた西海軍とナジャルの噂に怯え、周辺の村から自主的に避難してきた人々がバッセン砦の周辺に数多く野宿し、朝日を浴びながら整然と街道を西へと進んで行く長い兵馬の列と空を行く飛竜の部隊とを、不安と、そして強い期待を込めて見送った。








 進軍の前方にサランセラム丘陵が広がり始めたのは、午後一刻を過ぎた頃だ。

 サランセラム丘陵に入ればボードヴィルへは、兵馬の進軍の歩みであっても一刻ほどで到達する。それまで街道を五列横隊で進んでいた西方軍は、なだらかに幾つもの丘を重ねるサランセラムの緑成す大地に入ると順々に広がり、中央、左右の横方陣形を形成し始めた。


 ヴァン・グレッグの本陣を中心やや前方に置き、その前後に軽歩兵を配し、前面及び左右翼に騎兵が足並みをそろえる。遮る物の無いなだらかな丘陵に、軍馬の蹄と兵士達の足音が重く、規則的に響く。


 やがて、太陽が中天から西に傾き始めた頃、先行した竜騎兵団が待つ最後の丘の上に、ヴァン・グレッグの騎馬が馬体を上げた。

 幾つもの騎馬の嘶きを、吹き抜ける風が運んでいく。

 ヴァン・グレッグは馬上から、前方を見渡した。


 そこからボードヴィルの街壁まで、丘は緩やかに一息に下り、そして昨夜、ナジャルが撒き散らした血と恐怖とを吸い込んだ平原が、西方軍第七大隊軍都ボードヴィルの前面に広がっている。

 固く閉ざされた街門の向こうに犇めく黒い板塀の家々が入り組んだ路地を形成し、その奥に幾つかの塔と大屋根を持つ、ボードヴィルの砦城が聳える。

 城壁にはためく旗。


 ヴァン・グレッグは翻る旗を視界に捉え、眉根を寄せて睨んだ。

 王太子旗――


 だが、偽りのものだ。

 そして、視界に捉えるのはもう一つの存在、先行した竜騎兵団がヴァン・グレッグにもたらした驚愕すべき情報――


 ヴァン・グレッグは口の中でゆっくりと、その名を噛み砕くように呟いた。


「風竜――」


 今、ボードヴィルは西海軍の存在がありながら、静まり返っている。


 その静寂をもたらしているであろう白い巨大な躯の竜は、ボードヴィル砦城の大屋根の上に強い日差しを浴び、城を護る守護像のように辺りを睥睨していた。






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