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第3章「黎明は遠く、風は嘆きの歌を歌う」(4)

 

 トゥレスは思いがけず切り裂いた自分の剣を、手の中で二、三度遊ばせた。

 微かな音とともに芝の上に血が滴り、細かい葉を濡らしていく。

 動きを止めたレオアリスの足元には、新たに流れる血の色よりもなお赤黒く光る法陣円が広がり、そこから揺らぐ熱に似た光を立ち昇らせている。


 手にした剣を取り囲んだ二人の法術士へ向けながらも、第二大隊の隊士達の間にも、そして第一大隊と第三大隊の隊士にも、夢から覚めたような、どこか茫然とした空気が拭いきれず残っていた。

 先ほどまでの呼吸すら奪う剣と剣との凌ぎ合いではなく――それに魅せられていた誰もが、自分達の居る場所に改めて気付いた顔だ。


 持ち上げられた漆黒の瞳がトゥレスの向こう、第二大隊隊士達の奥にある姿を射る。


「――殿下……」


 二人の法術士――そのうち一人の手がファルシオンの腕をしっかりと捕らえていた。

 レオアリスの瞳に青白い光が灯る。

 右足を踏み出した瞬間、靴先が踏んだ法陣円が一層赤い光を放ち、レオアリスの身体が傾ぎ、膝を落とした。


「上将!」


 トゥレスは剣に落としていた視線を流し、片膝をついたレオアリスの姿を捉えた。

 トゥレスの剣が裂いた傷から流れた血がレオアリスの左半身を伝っている。滴る血は光る法陣円に吸い込まれて薄く透け、その都度円から光の筋が根のように周囲の芝に這う。

 見下ろすトゥレスの細めた瞳に、新たな色が浮かぶ。

 ひどく、不快な。


 二人のうちの一人、隊士達との間に進み出た法術士が掲げた書物にも法陣円と同じ赤黒い光が脈打ち、それは法陣円の明滅と合わせて呼吸するように揺れた。


「もう大した力は残っていないだろう。さあ、いい加減遊びは止めて終わらせるがいい、トゥレス大将。我等の主は首を長くしてお待ちだ」


 主、と――その言葉にグランスレイが眉を寄せる。


「何を言っている。誰の事だ」


 法術士はトゥレスに従っているのだと考えていた。だが、法術士達は別の目的で動き、ファルシオンを連れ去ろうとしている。

 それが、誰の命を受けているのか――


 トゥレスは剣を一振りして付着した血を払うと、踵を返した。

 隊士達が両脇へ避け、トゥレスはその間を書物を掲げる法術士へと歩み寄る。押されるように法術士が後退り、被きの下からトゥレスの面を睨んだ。


「な――何をやっている、トゥレス大将! 私は、早く終わらせろと言って」


 法術士の正面に立ち、トゥレスは無言で右手の剣を一閃した。

 法術士の身体が右肩から左の腰にかけて斜めに血を吹き上げる。


 驚いた顔のまま、法術士は二、三歩よろめきながら歩き、それから糸の切れた人形のように崩れた。

 手から零れた書物を、トゥレスの剣が切り裂く。

 二つに断たれた書物は、項を散らしながら芝の上に転がった。

 膝をついていたレオアリスの下から、赤黒い法陣円が掻き消える。


 もう一人、残った法術士は灰色の被きに覆われた面を蒼白にし、声を震わせて後退った。


「う、裏切るのか、トゥレス大将!」

「裏切る?」


 誰もが息を飲んで見つめる中、トゥレスの声が酷薄に法術士の皮膚を撫でる。


「協力には感謝する。しかし俺は別に雇われたつもりは無いんだがな。法術士殿、あんた方は自らの仕える相手に従い、目的を果たす為に好きにして貰って構わない。元々そういう話だった――」


 トゥレスの頬に、薄く笑みが滲む。声は静まり返った庭園に明瞭に響いた。


「俺が東方公と交わした内容はな」


 放たれた言葉はそれまでの驚きとは全く異なる衝撃を、その場に落とした。

 あたかも、強固だと信じていた目の前の世界に、脆く皹が入るのを目にするのに似た衝撃だ。


「東方公――」


 セルファンが瞳を見開き、掠れた声を押し出す。


「トゥレス、お前は」


「もう既に、望みの物は手に入れているはずだろう」


 ロットバルトは法術士へと向けていた弓を下ろし、館を振り返った。

 今、この場にいた法術士は二人――だが、廊下で目にした法術士は四人いたはずだ。


「――王妃殿下と、エアリディアル王女か」


 准将ドナート等を護衛に向けていたが、未だ報告が無い。


「王妃殿下だと」


 グランスレイが厳しい面で振り返り、フレイザーも蒼白の面を館へ向けた。


「まだ、中に――」

「リム、五班で来い!」


 クライフが立ち上がりかけたフレイザーの肩を抑え、横を走り抜ける。


 トゥレスはその動きを視界の端に捉え、視線を法術士へと戻した。


「王太子殿下までは望み過ぎだ。あまり多くを望むと御身を亡ぼす時が早まるだけだと、戻って東方公に進言してはどうだ?」


 トゥレスの瞳に浮かんだ光に圧され、法術士は一瞬言葉を失い――、だが傍らのファルシオンの首に素早く腕を回しぐいと引き寄せた。

 懐から掴みだした細い短剣の切っ先をファルシオンへと突き付ける。


「貴様! 王太子殿下に!」


 憤りを露わに詰め寄る隊士達をファルシオンに切っ先を近付け牽制しながら、法術士はファルシオンを捉えている自分の手の甲を、短剣の先で薄く切った。

 ぷつりと玉になって浮かんだ血の粒が短剣の細い刃を伝って足元に滴ったかと思うと、それ自体に意志があるかのように小さな法陣円を描く。


「トゥレス大将、その言葉、すぐに後悔するぞ――もはや貴様は、この先の地位を失ったも同然なのだからな」


 勝ち誇った面に歪んだ笑みが浮かぶ。


「王太子殿下はお連れする。後はせいぜい、同じ近衛師団同士で争っていれば良い」


 素早い詠唱と共に、法術士とファルシオンの周囲に光る術式の帯が浮かび上がり、ゆっくりと回転を始めた。


「待て!」


 隊士達が剣を向けたものの、ファルシオンに突き付けられた切っ先が一段と迫るのを見て、囲む輪をそれ以上縮める事ができずただ睨み付ける。

 トゥレスは囲みの向こうの法術士へ歩み寄りかけ、ふとレオアリスを見て、足を止めた。

 レオアリスがまだ芝の上に膝を落としたまま、だがその左手は鳩尾に当てられている。


 身体を青白い光がゆらりと取り巻く。

 法術士が身を震わせ、詠唱が途切れた。


 その一瞬の静寂(しじま)を縫うように――、

 ファルシオンと法術士の真上に光の粒が渦巻いたかと思うと、光が手の形を結んだ。


 浮かんだひと抱えほどもある手が滑らかに動き、ファルシオンを囲んでいた術式の帯を掴む。

 法術士が顔を強張らせ、彷徨った視線がすぐに庭園の先に吸い寄せられた。憤りと焦りが滲む。


「ア、アル――」


 あたかも布が裂ける音を立て、光る文字の帯がやすやすと剥がされる。

 風が吹き上がり、ファルシオンは煽られてよろめき、驚きに瞳を見開いたまま芝の上にぺたりと座り込んだ。


 宙空の光る手が消えた瞬間、入れ替わりに光る矢が飛び出し、ファルシオンと法術士との間の地面に突き立つ。

 法術士が慌てて後退る間にも更に二本の矢が現れ、足元を穿った。


 第二大隊隊士がファルシオンの前に割り込み法術士を取り囲んだ。

 隊士の一人、サージがファルシオンを支えて起こし、更に数名が法術士との間に立ちはだかる。


 トゥレスはアルジマールとその隣を見た。ロットバルトがアルジマールの前に浮かぶ法陣円から、番えていた矢を下ろしたところだ。

 おそらくあと一矢撃ち込みファルシオンと第二大隊との距離を開けたかっただろうが、ファルシオンは再びサージ達が押さえている。


 状況はこれまでと変わらず――

 いや、大きく異なった。


「頃合いか」


 トゥレスは部下達に背を向け、庭園を見渡した。


「――トゥレス……、お前は、東方公と手を」


 セルファンが茫然とトゥレスを見据え、次第にその面と声に薄い刃を呑みこむにも似た苦悩を滲ませた。


「王妃殿下方までも、お前は――」

「この状況でそれほど驚く話か? だとしたら平穏に浸かり過ぎたな、セルファン。現状に思惑のある者など、これから掃いて捨てるほど浮かんで来るだろうよ」

「トゥレスッ」

「それでお前は、ここでただ突っ立っていていいのか?」


 セルファンはぎくりと顔を上げ、その視線を一度東へと向けた。東方公ベルゼビアの館のある方向を。

 トゥレスを睨み、ややあって息を吐き飛竜の手綱を握った。


「――レオアリス、この場を任せる。私は大公に判断を仰ぐ」


 レオアリスは先ほど剣を出そうとした影響か、芝に手をついて俯いている。

 アルジマールの法術で辛うじて抑えられていた傷が再び開いて血が滴り落ち、その背にさえ苦痛が窺える。

 これ以上を託す事に憂慮を覚えつつも、代わりに向けられたグランスレイの視線を読み取り、セルファンは飛竜の背に飛び乗り手綱を繰った。


 セルファンのの飛竜が空に浮かび上がり、続いて第三大隊の飛竜九騎がこの場を離脱していく。

 飛竜の翼が起こす風に煽られ、それまでとは別種の緊張が庭園に満ちた。


「母上――姉上は……」


 ファルシオンが喉を震わせ、蒼白になった面を頼りなく館と、そしてトゥレスに向けた。


「お二人は、かんけいない。私だけ――私が、お二人のかわりに」

「残念ですが、ファルシオン殿下。()()()()()選択は、殿下のお立場では有り得ないものとお心得になるべきでしょう。王妃殿下と王女殿下には紛れもなく政治的な価値があります。殿下に次いで――もしくは同等に。その上で、貴方が身を引き替えるほどの価値ではない」

「そんなの――、そんなふうに」


 黄金の瞳が湧き上がる憤りと、苦悩に滲む。


「そんなふうに言うことは、ゆるさない」

「殿下はこれから先様々な事に耐え、国の為にそれらを飲み込まなくてはなりません。今回の事などそのごく一部に過ぎませんよ。これを当然のものとして捉え対処できないようでは、殿下に後を託された国王陛下も落胆されるでしょうな」

「――トゥレス!」


 レオアリスが身を起こし、トゥレスを睨んで声を押し出した。


「殿下を、これ以上傷付けるな」

「そう見えるのか、お前には」

「お前は――」


 レオアリスは束の間、苦しそうに口を噤んだ。


「――お前は、近衛師団の役割を、棄てたのか――」


 トゥレスはレオアリスと向き合い、立ち上がろうとしているその姿を見据えた。頬に昏い笑みを刷く。

 レオアリスが今思い浮かべているのは、一昨日の謁見の間だろう。

 トゥレスへ偽りなく、ファルシオンの守護の役を果たす事を求めた。


「言っただろう、判っていないのはお前だとな。そもそもお前は甘いんだよ、どこまでも。一体いつまで相手に正しさを求めるつもりだ? その行為に見返りは無いぞ」

「――」

「お前の正しくやるべきは、一切の容赦なく、俺をここで斬ることだろう」


 トゥレスはゆっくりと歩みを進めた。


「それが出来ないのなら去れと言ったはずだ」


 右手に握った剣の柄の感触を確かめる。

 レオアリスは視線を落とし――、だがこれまでの不安定さは薄れている。

 トゥレスの視線の先で、レオアリスが剣を握り直す。


(漸くか)


 持ち上がった瞳と、視線が合う。


「それが、お前の意志か。近衛師団としての――」

「そうだ」


 剣を構えかけた瞬間、

 目の前に、レオアリスの姿があった。


「!」


 瞳に滲むのは青白い炎に似た光――

 撃ち込まれた剣を、辛うじて剣で止める。意識してではなく、そこに偶然剣を置いていただけだ。


 トゥレスの剣もレオアリスの剣も、同時に砕け、トゥレスは衝撃に数間弾き飛ばされ後方の隊士達の間に突っ込んだ。


「大将――!」

「騒ぐな」


 トゥレスは頭を振り、立ち上がった。右腕の感覚が無いほど痺れているが、まだそれだけだ。


「サージ、剣を貸せ」


 トゥレスとほぼ同時に、視線の先でレオアリスが投げ込まれた剣を掴む。

 口の端に浮かぶ笑みを――湧き起こる感覚を抑え、トゥレスは左手の剣を一度振り、右肩の位置に構えた。膝を(たわ)め、身体を低く落とす。


「剣を出さないのか、出せないのか――。未だ前者なら誰が相手であっても、死ぬぞ」


 その場の空気が二人の間に収斂するように研ぎ澄まされる。

 一瞬の静寂の後、レオアリスが一息に間合いを詰めた。白刃が月の光を弾く。


 トゥレスを捉えたと見えた剣は空を切り、同時に、低く身体を沈めたトゥレスの剣が一直線にレオアリスの心臓へ走る。レオアリスは薙いだ剣を垂直に落し、柄頭でトゥレスの剣を弾いた。

 血が滴り、芝の上に散る。どちらの剣も相手を捉えた訳ではなく、レオアリスの開いた傷からだ。


 下方から掬い上げるトゥレスの剣と、斬り下ろすレオアリスの剣が重なり、一瞬青白い火花を放った。

 鍔元を弾いて距離を取り――、詰めたのはトゥレスだ。

 間合いを潰し、斬撃を重ねる。鋼の音が耳を貫く。


 トゥレスの剣は先ほどにも増して速く、重く、剣を受けるごとに血が滴り、身体の動きが鈍る。

 叩き込まれる刃を受けた刀身が、これで何度目か、砕けた。


 体勢を崩し片膝を落としたレオアリスへ、踏み込んだトゥレスが右手を剣の柄頭に当て、突き下ろす。

 レオアリスは纏っていた漆黒の長布を掴み、引いた。

 布がトゥレスの剣を絡め取り、弾き上げる。

 レオアリスの手がその剣を掴む。


「トゥレス大将!」


 トゥレスは足元に滑るように投げられた剣の柄を靴先で弾き上げ、浮かせた剣を掴んだ。

 レオアリスの横薙ぎに薙いだ剣で合わせ、受け止める。


 互いの視線を捉え、一瞬後に鋼の軋る音を立てて剣が離れる。膝をついたままのレオアリスに対し、トゥレスの剣捌きが速く、切っ先がレオアリスの喉へ奔った。

 反らした左の首を刃が薄く掠める。


 レオアリスはそのまま前へ踏み込み、足を引いたトゥレスを追って斜め下から剣を薙いだ。

 トゥレスの胸を浅く裂き、赤い血が辺りを濡らす。


 二人の剣が正面で噛み合い――、トゥレスは手の中で剣を返し、剣の鍔元をレオアリスの刀身を滑らせて鍔に叩き付けた。

 亀裂が走る音を立て、剣が根元で折れる。


 トゥレスは左脚を浮かせ、立ち上がりかけたレオアリスの胸を蹴った。

 仰け反ったところへ更に蹴りを叩き込む。

 弾かれ、レオアリスは離れた植え込みに倒れ込んだ。


「レオアリス!」


 ファルシオンが悲鳴に近い声を上げる。

 トゥレスが新しい剣を掴み、植え込みへと足を向ける。


 レオアリスは手をついて上半身を持ち上げたものの、手のひらを血に滑らせ、再び片膝を落とした。腕や脚、身体から、血がじわりと滲み、芝を濡らす。


 眩暈が頭を包み、何度となく意識を引き込もうとしている。再び開いた傷は一向に塞がらず、それもまた動きを縛っていた。

 歩み寄るトゥレスの姿が、視界の中でぼやける。


(トゥレス――)


「……剣を――」


 空の手を伸ばしたレオアリスへ、戸惑いながらも隊士が剣を投げる。だが目の前の芝に落ちた剣を、レオアリスはしばらく掴もうとしなかった。

 トゥレスが足を止める。

 レオアリスの身体が青白い光を纏って不安定に揺らぎ、その揺らぎがレオアリス自身の状態を如実に表しているようでもあった。


「――」


 唇を噛み締めて、剣を掴み――掴んだ瞬間、右腕に熱が走ったかと思うと剣が青く目が眩む光を発し、砕けた。


「ッ」


 右腕を抱えて蹲り、レオアリスは呻きを堪えた。


「これ以上は――」


 ロットバルトは踏み出しかけた足を、一旦留めた。

 剣が折れるのは、発現しようとするレオアリスの力に剣が耐え切れないからだ。

 今の状態ではおそらく、これ以上どれほど剣を折ったとしても、トゥレスを討つ事はできない。

 既に通常の剣すら扱い難くなり始めている。


「上将」


 グランスレイも自身の剣を掴み、第一大隊の隊士がそれに倣って剣を掴んだ。

 トゥレスの背後で、第二大隊の隊士も身構える。


 トゥレスは視界の端にその様子を捉えながら、断ち切るように、息を吐いた。


「残念だが――、ここまでか」

「――まだ、だ……」


 芝に手をつき、レオアリスが身を起こす。

 肩で呼吸を抑え、左手を鳩尾に当てた。

 ファルシオンやグランスレイの(とど)める声をぼんやりと聞く。


『次に剣を出したら、君の身体は保たないよ』


 意識を(よぎ)るアルジマールの言葉を押しやる。

 レオアリスが戦うのを止めても、何も終わらない。次は隊士同士が戦うだけだ。

 もう何人も、命を落としている。そのきっかけは自分だった。

 ここで自らの身を保たせて、その後に一体どれほどの意味があるのか。


(――無い。何も――)


 何も無い。


 左手を沈めた。

 苦痛が頭の奥で雷光のように爆ぜる。

 剣を引き出す、その僅かな力を求めて、レオアリスは苦鳴を押し殺した。





 ファルシオンは抗うように、ゆるく首を振った。


「もういい――」


 微かに呟き、握った右手を同じ小さな手で包む。爪が甲に食い込んだ。

 細い鎖が手の隙間から零れ、銀の微かな光を弾く。


「戦わなくていい」


 こんなにも苦しんで、もう何度となく傷付いている。

 本当は今この場所ではなく、イスで、父王の為に、剣を持ちたかったはずなのに――


「レオアリスは父上の剣士だから、もう、いいんだ」


 零れた涙が組んだ手の甲に落ち、滑る。


「もう――」


 鎖を伝う雫が微かに光る。

 握りしめた手のひらの中で青白い光が薄く滲んだと思うと、手のひらを薄く透かし、光が膨れ上がった。

 ファルシオンは驚いて硬く組んでいた両手を開いた。

 手のひらで、レオアリスの青い石が光を放っている。

 瞳の端に眩しさを覚え、ファルシオンは石から顔を上げた。


 心臓がぎゅっと捕まれた気がした。

 レオアリスが立ち上がり、その身体を同じ光が包んでいる。


「――レオアリス……」


 ファルシオンは喉を震わせ、それから、また首を振った。


「ちがう――もういいんだ」





 トゥレスが瞳を細め、光を透かすようにその奥を見据える。口元に浮かんだのは、笑みだ。

 光が収まった時、レオアリスの手には青白い光を纏う剣が握られていた。






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