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第2章「風姿」(4)

 正規西方軍第七大隊の駐屯する軍都ボードヴィルは、強い風が吹く一日だった。

 特にボードヴィルの街は当初から要塞として造られている事もあり、大河シメノスを望む小高い丘の上に位置している為、風を受けやすい。

 中軍中将ヒースウッドは街外れにある彼等の「本拠地」の、薄暗く埃っぽい部屋に足早に入るなり、窓際に立っていた女の前に膝をついた。

「ルシファー様! しばらくお越しが無く気を揉んでおりました」

 ルシファーはヒースウッドの気負いとは対照的にゆっくりと振り返り、窓の外に向けていた暁の瞳をヒースウッドに落とした。

「何か問題でもあったの?」

「いえ、問題という程ではありませんが、幾つかご報告をと思っており」

 街中でルシファーとやり取りできるのはこの街外れの館しかなく、そこは日頃から不便を感じているところだ。

「ひとつ、大きな動きが――。先日ラクサ(きゅう)で発見された消失した館跡ですが、王都のアルジマール法術院院長が、復元をすると」

「――復元?」

 ルシファーは一瞬だけヒースウッドを射るように見つめ、それから唇に花が開くような笑みを刷いた。

「アルジマール院長が。そう。……いつ?」

「――」

 報告は必要だと思ってはいたものの、ヒースウッドは正直ルシファーがこの話を気にするとは考えていなかった。

 この反応に、ルシファーがその館について何か問題と捉えているのだと感じ、ヒースウッドは唾を飲み込むと跪いたままルシファーを見上げた。

 そういえば先日、消失した館をウィンスターが気にしていると告げた時も、同じように反応を示した記憶が甦る。

「明後日です。何か、ございますか」

「そうね。少し気になるわ。アルジマール院長がどう復元するのか――。彼がわざわざ乗り出して復元までするということは、私に関係があると考えているのでしょうしね」

 ルシファーは平然とそう言ったが、ヒースウッドは身を引き締めた。

「――それは、実際には、どう」

「復元の際、西方軍は付くの?」

 直接的な答えではない、が。

「運良く我々の隊が同道します。中軍から一小隊、警護に付くようにウィンスター大将から指示を受けています」

「そう。では、注意するのね」

「は?」

「何があっても――、今はまだ正規軍の一員であることを忘れないように」

 暁の瞳が妖しい輝きを浮かべる。

「――はっ」

 息を呑み、ヒースウッドは深々と顔を伏せた。

 ルシファーに関係があるのだ、と思うと、腹の底がぐっと掴まれる気がする。

『何があっても』

 それが何を指すのかは判らないが、復元の場でルシファーによる何らかの動きがあっても、今はまだヒースウッド達はルシファーを追う側として対応せよと、そう命じているのだ。

 今、ヒースウッド達の意思を知っているのはまだ中隊の三割程度――、彼等に言い含めた上で、復元時の編成を少し変えなければいけないなとヒースウッドは考えた。

「お任せください」

 ヒースウッドは改めて姿勢をただし、ルシファーを見上げた。

「ルシファー様」

 暁の瞳はその奥を窺い知れないほどに深い色を湛えている。ただ、ヒースウッドはその瞳が苦手ではなかった。

 掴み切れず触れ得ない存在ではあるが――美しい。

 それが今、王への反旗と知りながらヒースウッドを動かす、本当の理由かもしれなかった。

 自覚はない――いや、それと知りつつ、ヒースウッドは自らの心の底にその想いを押し込めている。自分は王都の華やかさなどとは無縁の地方貴族で、しかも武人を選んだのが最良の選択だったと頷かれるような武骨な外見だと理解している。

「――王太子殿下は、いつ」

 その言葉をルシファーと共有できる事を誇りに感じた。それだけで充分だ。

 ルシファーはヒースウッドへと美しい面を傾けた。

「お迎えできるのは、やはり再締結の儀式後になる。それか同時期か。少しでも早くお迎えする事が我々の士気向上に重要だとは判っているけれど、慎重に動かなくては王城にすぐ動きが伝わってしまうしね」

 それから風に揺れるようにふわりと身体を動かし、ヒースウッドと正面から向き合った。

「悪いと思っているのよ。決起の前に王太子殿下をお迎えできないのは不安でしょう」

「いえ」

 ヒースウッドは素早く低頭した。

「――我等国の為、身命を賭して働く所存。王太子殿下が安心して降臨なされるよう整える事も、重要な勤めと考えております」

「王太子殿下はきっとお喜びになるわ」

 ルシファーはヒースウッドの瞳を見て微笑んだ。

「私も、貴方を一番に信頼している。貴方なら王太子殿下の信頼を得て、殿下の軍を率いる事になるでしょう」

「――身に余るお言葉、恐悦に存じます!」

 頭を伏せたヒースウッドを笑みを含んだ瞳で見つめ、ルシファーはふわりと浮かび上がった。

「また、明日――古い丘で」

 歌うような謎掛けのような口調に、ヒースウッドは束の間何を指しているのかと考えを巡らせた。

 ルシファーの姿が消えてから、それが消失した館のあったラクサ丘を指しているのだと気付き、再び身を引き締める。

 確実に、ルシファーは明日、動くつもりなのだ。

 ヒースウッドが立ち上がった時、ちょうど扉が開き、同士であるグリッジが入ってきた。狭い室内を見回し、ヒースウッドへ敬礼を向ける。

「ヒースウッド中将、あの方はもう?」

「もう発たれた。進展は無いが――、明日の事で話をしておきたい。モリスとケーニッヒは」

「ケーニッヒの小隊が明日の下見に出ています。もうそろそろ戻るとは思いますが……。モリスは午後の訓練で」

「では二人には後からまた話をしよう。グリッジ、明日のアルジマール院長の復元立ち会いだが」

 ヒースウッド達は顔を寄せ合い、ひそひそと声を押さえて幾つか話し合った。

 やがてグリッジは頷くと、再びヒースウッドに敬礼して部屋を去った。





 朝日がボードヴィルの砦を斜めに切り裂く。

 ヒースウッドは街門前面に並んだ百頭の飛竜と騎乗する部下達を見回した。少将ケーニッヒの第一小隊だ。

「改めて伝えておく。今日の目的は王都のアルジマール法術院院長の護衛と、周辺への警戒だ」

 数人、目が合ったのは、ヒースウッドの真意を知っている部下達だ。

「――万が一、何か……復元を妨げるものあらば、これを排除する」

 兵士達の顔が引き締まり、青ざめる者もいた。もし出てくるとしたら、それは十中八九、離反した西方公ルシファーだと、彼等も理解している。

 ヒースウッドは部下達を安心させるように、気軽な口調で加えた。

「恐れるな。万が一を言っただけだ。よしんば何か起きたとしても、アルジマール院長がいる、貴様等には――矛先は向くまい」

 ヒースウッドはそれを、確信してそう言った。

 その時、聞き慣れた声が響いた。

「ヒースウッド中将」

 反射的に背筋を張り、斜め横を見上げる。

「ウィンスター大将殿!」

 ウィンスターが立っていた。ヒースウッドや兵士達が馬を降りようとするのを手を上げて止め、ウィンスターはヒースウッドを見た。

「今回の任務は不確定要素が多い。決して深追いはせず、安全域を見極めよ」

「承知致しました」

 右腕を胸に当て敬礼しながら、ウィンスターに先ほどの言葉を聞かれただろうかとヒースウッドは内心眉を寄せた。聞かれたとして、確信じみた発言を不審に思われなかっただろうか。

「だが、アルジマール院長が成功すれば我々の欲する情報が出てくるかもしれん。ヒースウッド、貴様は良く差配しろ。アルジマール院長だけが満足する事の無いように、このボードヴィルにも情報を持ち帰れ。アルジマール院長は没頭して陛下への報告を怠りかねないからな」

「は!」

「任務ご苦労」

 労いの言葉に対し兵士達が一斉に敬礼を向け、彼等を包む空気は早朝の冷えたそれと相まって引き締まった。

「失礼いたします」

 ウィンスターに一礼し部下達の顔をもう一度見回すと、ヒースウッドは手綱を引き、騎首を巡らせた。

「出立する! 二刻後、消失跡地でアルジマール院長をお迎えする!」

 翼が風を掴む音、嘶きを砦の石積みに響かせ、第七大隊中軍の第一小隊、総勢百名の飛竜は空へ次々と飛び立った。

 アルジマールとラクサ丘の館跡で落ち合うのは午前九刻、到着後アルジマールはすぐに復元に入るだろう。

 ただヒースウッドは未だ、消失した屋敷が果たして復元できるのか、半分は信じていなかった。





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