冷血少女の春風正月に
*
「パパ―」
「なんだい?」
「にわとりさんすき―」
「ははっ、にわとりさんはかわいいからね」
「うん!とってもおいしいの!」
「そ、そうかい…」
ああ、これは夢だ。そう分かってしまいました。だって父はもういませんから。なぜ、あんなに家族を愛している父が家を出てしまったのか、私にはどうしてもわかりません。なぜ、なぜなんでしょう。なぜ…
「おい…!おい!おい!」
誰?まだ夢から覚めたくなりません!待って下さい…!
そんな私の願いは虚しく、私の意識は覚醒してしまいました。
「う…」
目を開けると、
「知らない天井だ…」
一度は言ってみたい台詞第一位です。この場合異世界にスリップしたりしているのでしょうが、私の場合、あまり愉快な状況じゃないようです。足首と手首にかけられた手錠が痛いです。
「おい、大丈夫か?」
「はい」
気を失う前に見たものは夢ではなかったようです。できればこのボンボン君に通報でも何でもしてもらいたかったです。
「その…すまない。この誘拐は多分俺が目的だ」
「え…」
なんということでしょう。やはり彼はボンボンでした。
「じゃあ私は巻き込まれじゃないですか!」
「う…すまない」
「素直すぎてキモイです。貴方の第一印象は、自分に自信ありありで、貧乏人見下し派で、女好き大好きで、将来親父に家から追い出されて、それを逆恨みして家に火をつけ逮捕され、テレビの前にいるみなさんにばっかじゃねこいつ、と笑われる運命の人なのですよ。」
「お前なんあんだよ!?俺はそんな人生嫌いだぞ!」
「そんな運命に決まってます」
「違うわアホ!」
「そうです」
「違う!」
っていつの間にか幼稚園児以下の言い争いになってしまいました。
「とりあえず落ち着きましょう」
「お、おう…」
「ここはどこでしょうか?」
「知らん」
「犯人の心当たりは?」
「知らん」
「犯人の数は?」
「犯人の顔は?」
「知らん」
「役立たずが!」
「うるさい」
ボンボンまじ役立たず。周りを見てみると、この部屋は大体一辺三メートルの正方形のようです。天井には三十センチくらいの窓があります。ああ…空が青い…ってって、
「私!ここでどのくらい寝てました!?」
「知らん」
「バカボンボンが!」
「なんだと!?」
「家に帰らないと…」
「それは俺も同じだ」
空が青いということは少なくとも正午の前、私が家から出たのは午後の一時で銀行に着いたら一時半…つまりもう今日は一月一日以降だということ。
「家に帰らないと…母が…」
「なんだ」
「料理をしてしまうんです!」
「…は?」
「あああぁぁ…」
「だから…?」
「家が、家が…爆発してしまうのですよ!」
「は!?」
「母は究極の料理音痴で…」
「はぁ」
「ああああああ。家を直す金なんてないのに…」
「そこまでひどいのか?」
「はい…」
なんということでしょう。ただでさえ金がないのに……ん?まてまて、私はこのバカボンボンに巻き込まれたためそんな事になるわけで…。こいつのせいじゃないですか!?
「バカボンボンがぁぁぁ!」
―ボガッ
腹にめり込んだ手が痛い。
「ぐはっ…」
倒れるバカ。と、ここで気づいたのですが、名前を知りません。
「名前はなんですか?」
「羽山…幸…苦しい…」
「そうですか、ところで世界に轟く羽山財閥を知りません?」
「うち…」
「では貴方がさらわれたのは金目当てでしょうか?」
「多分…」
「そうですか…私には関係ない話ですね…私の名前は小川有希です」
「そうなのか?まぁ…とりあえず巻き込んで、ごめん」
「もういいです。とにかく出ましょう」
「…は?」
「なんですか」
「いや…出るって…?」
「外へです」
「な…無理だ!」
「なぜ」
「犯人が何人いるのかもわからないし、お前は犯人らにとって存在価値がないんだぞ!?」
「む…それでも、です」
「なんで!?」
「家に帰りたいからです」
「なっ…」
何がおかしいのでしょう。目をまん丸にして固まっています。
「手錠はどうするんだ?」
「…!?」
なんでしょう。急にやる気になって。
「そうですね…どうしましょう…」
「は?お前はアホか!?自信満々だったから何か策があるのかと思ったぞ!」
「うるさいですね。そういう貴方こそどうなんです」
「あるか!」
「ないなら威張るなんボンボンがっ」
この部屋には二つしか穴のようなものがありません。さすがに窓から出ることはできないので、ドアをチラッと見たのですが…ちょっと無理っぽいです。
―ぐぅ~
―ばすっ
緊張感のない羽山の腹にパンチをただき込む。
「腹減ったな…」
「アホで…」
―ガチャッ
『!』
ドアが…開きました。