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 8 ・ 白 蘭

 リビングに戻ると、女子たちの宴はまだ続いていた。嫌々渋々席に着くと、もうね、麻子のはしゃぎっぷりったらなかったよ。あからさまなんだ。ねえレイカちゃんはどんな男の子がタイプなの、ってね。

 で、またレイカちゃんが恥ずかしそうに答えちゃうんだわ。誠実な人がいいですね、とか。やっぱり優しい人がいいですとか。それに麻子は、そうだよねー、わかるわかるーと大げさに同意して、夕飛は結構真面目だし、優しいところあるよネって小首を傾げてきたりとかね。

 そうなんだよ、俺って誠実だし、優しい男なんだー。とか、言えるわけがねえ。麻子の思う壺にならないように、一生懸命なんて答えるか考える。

 世の中、大抵の男は誠実だし優しいと思うとか、まあたまには浮気するようなヤツもいるかもしれないけどさ、とかなんとか答えてく。


 麻子は、浮気するなんてダメだよねえ、とほっぺを膨らませる。

 絹ちゃんは、黙ったままニヤニヤしてる。

 レイカちゃんは頬を赤く染めて、俯いている。


 地獄だ。英語でいうと、HELLだね。ホントにもう誰か助けて。

 そんな針の筵でのディナーは、味なんか全然わかんねえ。

 って感じの日が、なんと! 金曜日まで続いちゃったのでしたー! わー、パチパチパチーってやってられるか!


 そして疲労困憊で迎えた土曜日。ようやく学校生活も小休止の週末。麻子も俺の反応の悪さにようやく気が付いたらしく、特攻してこなくなった。ベッドでゴロゴロしながら、ため息つきつつ天井を見つめてみたりする。

 朝は一緒に学校いこう! 昼は一緒に弁当食べよう! 放課後は一緒に帰ろう! 夜は家に特攻!

 麻子の怒涛の攻撃に晒されてて気が付かなかったんだけど、そういえばあの日出てきた王子様とコックさんはどうなったんだろう。なんて思うものの、思考はあっという間にストップ。もうなんにも考えたくない。疲れた、疲れたよパトラッシュ。ジャドーさんも見かけなくなっちゃったけど、なにを企んでいるんだか。想像するだけで震えちまうよ。ああ、すべて、夢であってくれないか――。


 当然、そんなはずないんだよね。俺はもうそれを知ってた。うん、知ってたなあって月曜日の朝、教室で思ったんだ。

「おはようみんな。実はまた転校生が来たんだ。二週連続なんて珍しいこともあるもんだなあ」

 担任の葉山がハハハって笑いながら、扉の向こう側の新メンバーに手招きをしたら、もうね、ホント教室はどよめいたよ。えーって。だってさ、入って来たのがすげえイケメンだったから。

 もうわかるよな。そう、ラーナ殿下が来ちゃったわけ。

 しかも、白ラン着てるんだよ。白い学ランね。丈が長めで膝辺りまであるやつ。マンガでだってそうそう見ない白い学ラン着た、金髪碧眼のキラッキラの王子様が白い歯をピッカピッカさせて微笑んでるわけ。

 女子はもう、ぽわーんってしてる。あっちこっちから、ほう……ってため息が聞こえてくる。

 男子は、なんだアレ。なんだ白ランだぞマジか、みたいな驚き。


 そんな風に教室全体があっけにとられてる中、先生は冷静だった。いつも通りの綺麗な字で、黒板に新しいお友達の名前を書いてくれた。


 ラ イ ト ニ ン グ  吉 野


「みんな、ライトニング吉野君だ。仲良くしてくれよな!」

 

 葉山センセの字がキレイなんだわ。さすが書道部の顧問なだけあって、大きくて堂々とした、お手本にしてつい書いてみたくなっちゃうような字。おかげでやけにおかしい。ちょっと腹の辺りがプルプルしちゃってる。

 確か、トゥーニング・ヨスイ・ラーナだろ? 本当の名前は。

 それをなんとなく日本っぽい名前にしたら、ライトニング吉野になっちまったのか。頑張ったんだな。

 レイクメルトゥールがレイカなら、トゥーニング・ヨスイ・ラーナはライトニング吉野になるわな。……いや、駄目だ。もうちょっとなんとかできただろ。レスラーみたいで見た目とまったくマッチしてねえし!

 どうやら何人かは俺と同じツボに入ったらしく、ぷるぷるしてる。でも当然、ラーナ殿下は気にしてないっていうか、王子様らしく堂々とした歩みで用意された席へ向かっていった。

 殿下、殿下! ライトニング吉野殿下! ホントは一体何歳なんですか!

 なんて思いつつ見つめていたら、白ランの後ろには短い、背中の半分くらいまでのマントがついててますますウケる。


 休み時間はもう、とにかく落ち着かなかった。クラスの女子軍団はライトニング吉野を囲んでキャアッキャアいってるわけ。まあ当然だよな。さーらさらの金髪に、アイスブルーの瞳の超絶イケメンがやってきたんだ。イケメンだったら、変なリングネームみたいな名前は気にならないガールズたち。どこからきたのか、外国の血が入っているならどの国なのか、質問疑問が盛りだくさんだ。

「あの、吉野クンはもしかしてハーフだったりするの?」

「ああ、フランスと日本のハーフなんだよ」

 きゃあって声があがる。おいおい、フランスとのハーフなのになんでライトニングにしたんだよ。全然フランスっぽくなくねえ?

 でもうっとりしてる女の子たちにそんな発想はないらしくて、すぐさま次の質問が飛ぶ。

「あのう、吉野クン、趣味はなんですか?」

「趣味かい? 僕の趣味は狩りだよ」

 狩りですって奥さん。きっと女の子たちの想像は、馬に乗って鉄砲もったライトニング吉野が猟犬つれて爺やとウサギとか追っかけてる感じなんだろう。

 実際はどうなんだろうな。ドラゴンラブの異世界の王子様の狩りって、なにを追うんだろう。想像もつかねえ。

「素敵!」

「貴族っぽーい」

「王子様みたーい」

「吉野クン、学校の中、案内するね!」

 嬌声は収まる気配がない。とにかく、女の子たちはみんな目がハートになっちゃってる。

「なんだよ、ったく、みんな節操ないよな、ちょっと見た目のいい奴がきたらコレだ」

 こう言ったのは深山で、その周囲では恨めしそうな顔の男子生徒がうんうん頷いていた。


 ライトニング吉野って名前もまあおかしいんだけど、麗しの王子様は恋してて、その相手は後ろでゴゴゴって音を背負ってるレイカちゃんなんだぜ。俺だけが知ってる切ない片思い。ケケ。いかん、変な笑い出てきた。

「夕飛、なに笑ってんだよ。これは危機なんだぜ?」

 大丈夫だよ。殿下はそこらへんの女子に興味なんかないんだから。


 そう言ってニヤニヤ笑っていられたのも、次の休み時間までだった。

 聞いてくれよ。本当に、最低の最悪の展開なんだ。


 なにが起きたか。


 休み時間になりますー、生徒が教室から出てきますー。


 麻子が来たんだよ、レイカちゃんのところに。そうしたら目に入っちゃったんだよな、キラキラ光る王子様が。

「あの人、だあれ、転校生?」

 またレイカちゃんとこに来てんのかよって思って、俺も麻子を見てたわけ。


 初めて見たんだ、あんな顔。

 とろーんってした目。顔はみるみるうちに真っ赤になってさ。


「素敵な人……!」

 だって。


 そこから麻子はズダダって走ってライトニング吉野の前に行ってさ。殿下を囲んでる女子たちの間にすごい勢いで割って入って、こう叫んだんだ。

「私、隣のクラスの菅原麻子っていいます!」

「やあ、初めまして。僕は今日転校してきた、ライトニング吉野です」

 この時ばかりは自己紹介に笑ったりできなかった。息ができないまま、苦しい気分で成り行きを見守るだけ。


「あの、ええと、好きです!」


 麻子よ!


 お前、見た目だけで告白しちゃうような子だったんか!?



 どよめく教室で俺は一人、真っ白に燃え尽きてしまったんだ。

 

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