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 7 ・ 恋 心

 遠くでカラスが鳴いている。

 固いコンクリートの上に倒れていたからか、体が痛い。ビリビリギャーってところまでしか覚えてないんだけど、頭を打ったようで後頭部もズキズキする。


 はあーってデッカいため息が出てきた。

 幸せが逃げていくからやめなさいよって、麻子が言ってたっけ。一度言われて以来、ため息なんてつかないようにしてきた。まあ、日常にそこまでため息つくような事態もなかったんだけど。

 でも、今日はもう、ため息だよなあ。

 レイカちゃんだけでも持て余してるのに、そこに、レイカちゃんを狙って王子様と料理人まで来た。異世界から。はは、ウケる。冷静にまとめるとありえない感じがし過ぎてウケる。


 考えながら、夕焼けに染まる通学路で、途方に暮れた。


 これからどうなるんだろ。


「大丈夫ですー。異世界から来た人間の掟がありますからー」

「ジャドーさん、いるの?」

 薄暗い路上のどこにも、キラキラの妖精さんの姿はない。

「暗い時間に出ると目立つので、カバンの中から語りかけてますー」

 確かに目立つだろうな。そういう部分を気にしているのも、異世界から来た者の掟ってやつなのか。

「王子はともかくとして、レイカちゃんはあの料理人ってやつからその……、命を狙われてんの? それとも、しっぽの先だけとかでもいいわけ?」

「しっぽだけでいいという料理人もいるんですがー、あのファイ・ファエット・ファムルーは一頭丸ごと余すところなく使う、ドラゴン宮廷料理というものを作ってしまったんですー。だから、命を狙われていると考えて間違いありませんー」


 命を。


 ずうん、ってなるよなあ。

 レイカちゃん超強そうだから、そうそうやられないと思うけど。なにせデカいし。

「あのさあ、レイカちゃんって普段は人の姿なわけじゃない?」

「そうですねー。あの姿の時には、ドラゴン肉は取れませんー」

 じゃああの姿のままでいればいいんじゃないの? っていうかそれ以前に、よく仕組みがわかんないな。どうなってんだ、ドラゴンて。人の姿でいるためには例えば魔法の類を使っていて、マジックパワーの消費があっていつかは戻らなきゃいけないとか、そういうシステムがあったりしないのかな。

「夕飛様、マジックパワーってなんですかー?」

「や、レイカちゃんの本当の姿ってドラゴンの方なの?」

 

 ここではたと気が付いた。俺、パッと見すんげーひとりごと言ってる人になっちゃってるよね。

 道の向こうから歩いてくるおばちゃんを見て気が付いた。あぶないあぶない。


「ドラゴンは生まれてくる時には竜の姿をしていますー。だから、本当の姿は竜の形ですねー」

 やっぱり。

「でも、人の姿も持っているのですー。魔法で変身というわけではなくてー、もう一つの形を自由に取れるとか、そういう感覚ですー」

「もう一つの形?」

「はいー、竜の姿もー、人の姿もー、どちらも本当のレイクメルトゥールなのですー。自由に、どちらの姿にもなれるのですー」


 なるほど納得。でも次の瞬間、ものっすごくガッカリしてしまった。

 ほんのちょっとだけ希望を持ってたんだ。あれが、魔法かなにかで変身した姿なんだったら、人の時の容姿を変えればいいんじゃないかって思っていたから。あの伝説の格闘家みたいな姿は、素だったんだろ。


「なあ、ジャドーさん、レイカちゃんの見た目を変える魔法かなんかないの?」

 じろりと、すれ違うおばちゃんが俺に目を向けている。おっと、そうだった。独り言ブツブツの高校生にならないようにって思っていたのに!

「そういったものもなくはないんですけどー、卵を作るには心からの愛情が必要ですー。偽りの姿をしている者に、感じられるものでしょうかー。いやー、できないー」

 なんだよその表現。反語?


 ジャドーさんのお言葉はまったくもって正論。

 たとえば、あんまり興味のない相手がいたとして、その子が「あなた好みに顔を変えて来たんです! 付き合って下さい!」って整形手術受けてきたらって話だよな。

 元の姿を知らなければ、ありかもしれない。ほんのちょこっと、例えば、一重が二重になったよ、くらいだったら受け入れられる度合も違うだろう。


 ほとんど別人、ってくらい変わってしまっていたら?


 そんなに俺を好きなんだ! って思えなくはない、のかな……。


 もやもやとする俺に、ラブリーボイスが降り注ぐ。


「そもそも無理なんですよー。呪術師がいませんしー」


 ジャドーさんはそういうの使えないのか。

 意味のない会話だったらしい。心底ガックリよ、俺は。


 で、家に帰ったらもう更にガックリっていうか、バクバクしたね、心臓が。

「お帰り夕飛!」


 リビングには女が四人。母ちゃんと、麻子、麻子の妹の(きぬ)ちゃんと、そしてレイカ様。


「夕飛にーちゃん、おかえりー」

 絹ちゃんは中学二年生の三つ下。天然ほんわかな姉とは正反対のスーパーソリッド女子中学生だ。

「お邪魔しています」

 ずむ、と礼儀正しくお辞儀をしたのはもちろん、麗しのドラゴンガール。ガール? ガールでいいのかな。

 そういえば、何歳なんだろ、異世界の黒き竜は。

「ただいま」

「えへへ、絹ちゃんと二人でお菓子作ったの。それで、持ってきたんだよ。レイカちゃんも誘って」


 にっこり笑ってるけど、麻子、お前がやりたいのは恋バナだろ。レイカちゃんが俺に好意があるって知って、それを妹の絹ちゃんに話した挙句、この際お菓子でも食べながら打ち解けたらいいじゃないって考えてわざわざそこに置いてあるクッキー作って、俺の家に特攻してきたんだろ。


 もー最悪だよ。そういうのやめようぜ、麻子。昔、小学生の時もあったよな。クラスの女子が、俺に気があるんじゃないかって勘ぐって連れてきたこと。気まずいったらなかった。


 俺が好きなのはお前なんだ。


 ――え、夕飛が好きなの? なんだろ、この胸のズキズキ……。あれ、あの子に私、嫉妬してる! もしかして私も、夕飛のことが……好き? 


 ってなってほしいくらいなんだぜ?


 それなのにこの能天気娘ときたら、キャッキャキャッキャとクッキーつまみながら、レイカちゃんに笑顔で話しかけてる。もう学校には慣れた? この辺で外食するとしたら、キッチン葉緑素がオススメだよ、とか。

「俺、着替えてくるわ」

「そんなの後でいいじゃない、一緒に食べよ!」

「いや、かばん置いてきたいし」


 えーって言われつつ自分の部屋に戻って、またため息。

「夕飛様ー」

 置いたカバンから、可愛い妖精さんが飛び出してくる。

「なに、ジャドーさん」

「夕飛様は、麻子様がお好きだったのですねー」

 うげげ。そうか、やっぱ、俺の考えがわかるのね。

「そうなんですー。妖精は心の声を聞くものですからー」

「そうなんだよ。レイカちゃんのこと考えられないのは、それもあるわけでさ」


 正直に話した。隠しても意味ないみたいだし?


「はああー、それはそれはー」

「他にもっといい人材がいるんじゃないかな。竜精っていうの、持ってる奴が」


「いいえー、燃えてきましたー! 恋に障害はつきものですー! それを乗り越えた先に実った愛情は、どれ程強くなることでしょうー! イヤッハーーーアッ!」


 ええーっ?


 今の俺の気持ちは、疑問符含めて見事五文字で収まったぜ!


「そうとなったら話は違う! 待っていろレイクメルトゥール、私がお前の恋を必ず実らせて見せるからなっ!」

 やだ、口調まで変わって……!

「ジャドーさん?」

「べらんめえ!」

 可愛かったはずの妖精さんは、突然江戸っ子になって消えてしまった。


 もうやだ。誰か、平穏な日常を返して!

 

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