6 ・ 料 理 人
よく晴れた五月の気持ちいい水曜日。高校の屋上には、赤い光を放つ魔法陣。
ヒューッ! なんて非・日常的な光景!
とか言ってる場合じゃなくて、人生で三人目、本日だけで二人目の異世界からのお客様を紹介しますよ。
「遥か遠き世界、イルデエアはミルミーナ王専属のドラゴン料理人、ファイ・ファエット・ファムルーここに見参っ!」
ですって皆さん。青い魔法陣からはイケメンの、ドラゴンラブの王子様が。赤い魔法陣からはこんな人が出てきました。
「イルデエア最後の、そして最強の黒き竜、レイクメルトゥール、お前の肉を頂く日が来たぞ! 覚悟せい!」
料理人、とファイなんとかさんは自己紹介をしてくれた。でも、いわゆるコックさんみたいな恰好ではなくて、物々しい鎧みたいなものを身にまとっている。軽装風の鎧というべきかな。甲冑に包まれてるんじゃなくて、肩パットとか、胸当てとか、しゃらんしゃらんいってる金属製の服みたいなの……えーと、鎖かたびらか。ゲームで見た覚えがあるようなないような。口元はマスクみたいなものをしていて、さすが料理人って感じ? 頭にも布を巻いてる。顔の中で見えているのは目と鼻だけで、目つきはすんげー鋭い。
そんな雰囲気の装備で、そしてここからが問題なんだけど、手にはすんげーデッカイ包丁を持ってんの。両手にだよ。このまま外に出たら即逮捕されると思う。母ちゃんが台所で使ってる四角い包丁の、巨大化バージョンみたいなヤツ。一メートルはさすがにないけど、それくらいありそうだと思わせる大きさ。やっぱりドラゴンを料理するにはそのくらいないといけないのかな。
「おや? 確かに匂いがしたのだが」
げえっ。王子と同じこと言ってる。マジで俺からレイカ臭がするのか?
ファイなんとかさんはキョロキョロと辺りを、主に遠いところを見回してドラゴンの不在を確認すると、あれー? って感じで首を傾げ、そしてとうとう、俺を発見した。
「わあ!」
デッカい声なんだこれが。おかげで、思わずこっちもビクーンってしちゃった。
「あ、すいません。驚かせちゃって」
まさか人がいるとは思っていなかったのかもしれない。慌てて包丁を持った手を自分の後ろに回して、いや、デカいから見えてるんだけどね。包丁はよく研いであるようで、太陽の光を浴びてキラッキラしてる。
「うわあ、恥ずかしいなあ。僕の独り言聞かれちゃいましたよね」
わあ、独り言にしようとしてるぞ。いくらなんでも無理があるだろ。
「ごめんなさい。もしかして、お昼寝するところでした? すぐ、行きますんで。邪魔しちゃって、失敬失敬!」
ぺこぺこと頭を下げ、散々キョロキョロしてから階段へつながる扉を見つけると、ファイなんとかさんは包丁持ってダッシュしていった。おいおい、校舎の中に入るのか? 大騒ぎになるんじゃないか。
しばらく扉の方を見つめていたんだけど、特に騒がしくなったりはしなかった。誰とも遭遇しないで済んだのかな?
「多分、人目につかないところで隠れてるんですー」
俺の疑問に答えるのはもちろんあのお方。
「ジャドーさん、居たんだ」
「いましたー。夕飛様、大変ですー。あのファイ・ファエット・ファムルーまで来てしまいましたー」
「誰なの、アレ。っていうか朝会った王子? あいつもなんなのよ」
妖精さんは困った顔だ。グーにした手を口元にあてて、うーん、って唸っている。すっげえ可愛い。
「多分、あの二人とはまた会うでしょうからー、説明いたしますー」
まず、イルデエアの竜は絶滅の危機にあるとジャドーさんは話した。
それにお構いなしの国と、保護しようとする国があるらしい。お構いなしの方は、ファイなんとかがいるミルミーナ王国。そこの王様はグルメで知られていて、ドラゴン料理が大好物。まだ一度も口にしたことのない「黒竜料理」を求めているんだとか。
「黒い竜ってもしかして珍しいの?」
「そうなんですー。竜は生まれ持った強さで色が決まるんですが、黒が最強なんですー。百年に一度生まれるかどうかー、いいえ、三百年、いえー、五百年に一度くらいだったかー?」
「わかったよ、とにかく珍しいのね」
「はいー。レイクメルトゥールは久しぶりにイルデエアに現れた黒き竜なのですー」
「他は? あと五頭いるんでしょ?」
「残りは、蒼き竜と赤き竜、白竜と、緑が二頭という内訳ですー」
「ふうん」
いわゆるゲームのドラゴンだと、緑なんかはスタンダードなイメージ。赤は火を噴いて、蒼いのは氷のブレス、とかやりそうだよなあ。氷は白か? あれ? じゃあ蒼は? 雷とかかなあ。
「先程現れたファイ・ファエット・ファムルーは、史上最強のドラゴン料理人と呼ばれていますー。彼が現れてから、ドラゴンはどんどん減っていきましたー」
じゃあイルデエアとやらの料理人は強いんだな。大体、あんなデカイ包丁を持って歩くだけで大変だろう。俺だったらまず持ち上げられない。絶対的な自信があるぜ。
「保護する側っていうのは?」
「はいー。朝お会いした、ラーナ殿下はドラゴンの保護に熱心なお方ですー。トゥーニング・ヨスイ・ラーナ殿下はケルバナック王国の第二王子でー、とてもとても、ドラゴンがお好きなんですー」
「そうだろうねえ」
見知らぬ他人にいきなりあれだけ語っちゃう辺り、相当好きなんだろう。多分、人の話を聞かないタイプだぜ、あの王子様。
「竜がいる地域は、イルデエアの中央、四つの国の境目にあるんですー。どの国にも属していない、高い高い山なんですがー、そのせいでそれぞれの国が好き勝手にドラゴンを扱おうとしてきましてー」
「へえ……」
なるほどなあ。ドラゴンも大変だ。
「そうなんですー。大変なんですー。夕飛様、どうか卵を授けて下さいー。殿下はいいとしてー、ファイ・ファエット・ファムルーはレイクメルトゥールにとって大変な脅威なのですー」
ジャドーさんはしくしくと泣き始めてしまった。
せっかく卵を作れると思ってやって来た遠い異世界で、また命を狙われるんじゃレイカちゃんもたまんないし、親友のジャドーさんもたまんないんだろう。
「泣かないでよ、ジャドーさん」
「ううー」
美女が泣く姿っていいもんだな、っていう気持ちをそっと心の奥にしまって、俺はまた空を見つめて考えた。
ええと。
「なあ、あの王子様は、レイカちゃんが好きなんだろ? あいつと卵作ればいいんじゃないの?」
「夕飛様ー、ラーナ殿下には竜精がないのですー。愛情だけでは卵はできませんー」
ダメか。そっか。イルデエアとやらには、竜精を持つ者はもういないって言っていた。
「レイクメルトゥールもラーナ殿下には興味がありませんー。むしろ、嫌ってるくらいですー」
「そうなの?」
「殿下はしつこいのですー。ちょっと、気持ち悪いのですー」
ははは。すげーウケる。あんなにイケメンなのに! 金髪サーラサラ、アイスブルーの神秘的な瞳。ハリウッドスターみたいな感じだったぜ? 非の打ちどころのない美男子なのに、気持ち悪いとか言われてるし。
「そうなんだ、ははは」
「笑いごとではありませんー。レイクメルトゥールも私も真剣なんですよー」
「ごめん」
まだ収まらないしつこい笑いを、なんとかしようと努力してたってのにさ。
「夕飛様のお馬鹿ー!」
「うおおおおおっ!」
なんかふるーいアニメであったよなあ。ヒロインが怒ると電撃でビリビリされるみたいなやつ。
ジャドーさんから飛んできた光を浴びたら体が痺れて、俺、KO。
気が付いたらもう、放課後だったんだぜ。