55 ・ 終 幕
買ってきたケーキを食べてもらってる間に、読もうと思ったんだけどね。
殿下は本当に余計なことばっかり書いているんだ。
元気かい、しばらく寂しくてたまらなかったよとか、それだけの内容に五枚も六枚も割かないでほしい。
で、長い前置きの次は、ドラゴンのために頑張った話が長々と続いた。王様の許可を得るまでに結構かかったとか、貴族の中に反対する奴がいたから随分説得してまわったとか。どーでもいいわ。
気が付いたら、八坂と息子は寝ちゃってるっていうね。
で、分厚い手紙の三分の一を消費したところでようやく知りたかった情報が出始めた。
レイカちゃんが戻った時の話。
ケルバナックの領地の中に土地をもらって、残った五頭の竜を連れてきたところで、彼女たちが騒ぎ出したと。
急いで竜の山へ戻ったら、隠された入口の奥、地下の湖にレイカちゃんがいたらしい。
ひどく傷ついていて、五頭と殿下は相当なショックを受けた。ここで便箋三枚消費。
で、ここから新事実。
グッタリしていたけど生きていたし、卵を抱えていたそうだ。
「ねえジャドーさん、なんで……、卵できたの?」
「それはもう、愛の力ではないでしょうか」
む。語尾を伸ばさないのは、都合の悪い話をする時だ。付き合いが長くなってきて判明した、ジャドーさんのクセ。
「男女の交わりはなかったのに?」
「ありましたよー。くちづけを交わしたじゃないですかー?」
あん?
まさか、キスで良かったの?
「そうです。そうですー、はいー」
「最初の説明と違わない?」
「違いませんよー。私はちゃんと伝えましたけどー。接吻だって言いましたよねー。あの時夕飛様は焦ってらっしゃって、ちゃんと聞いてなかったのではー?」
あの「セッ」は「せっぷん」の「せっ」だったのか!?
「怒らないでくださいー。すみません、本当はちゃんと言えば良かったのですがー、夕飛様がちょっとグレードの高い勘違いをなさったのでー、逆にいいかと思って黙っていましたー」
グレードの高い勘違いって……。なんだよ、恥ずかしいわ!
「なにがいいんだよ」
「夕飛様はレイクメルトゥールの容姿が好みではなかったようですのでー、絆が生まれるのは難しいと思ったのですー」
要するに、キスだとハードルが低いので、
じゃあ試しにキスしてみろよ! あれ、なんにも起きないじゃん。竜精とかホントはないんじゃないの?
みたいな展開が起きないよう、訂正をせずにいたらしい。
「いやでも、逆にハードル上げ過ぎちゃったでしょ?」
「その分、夕飛様は真剣にレイクメルトゥールのことを考えて下さいましたー。もしも無理だと判断しても、別れ際に『せめてくちづけを』という展開になったらー、絆がそれなりに育っていれば、卵ができるかなーと思いましてー」
ジャドーさん、エゲつないぜ。レイカちゃんは真剣だったろうに。
「仕方ないのですー。だって、異世界からきた最強のドラゴンですよー? それに、こちらの世界の魅力的な女性像からかけ離れているのはわかっていたのですー。しかもー、必ず帰らなくてはなりませんからー。別れが前提の恋なのですしー」
ジャドーさんの声は段々小さくなっていった。
悩んだ末にそういうやり方になったのかな。しかも、俺に対して本当は遠慮があったんだ。
ごめんねってミニマムな肩を叩いて、手紙に戻る。
レイカちゃんは弱っていたので、彼女が生まれた聖なる泉で眠らせて、卵は五頭の竜がそれぞれあたためることになったらしい。
うん?
五頭の竜が、それぞれ……。
「卵、五個も生まれたのですねー。素晴らしいですー!」
雄が三頭、雌が二頭。可愛い可愛いドラゴンが無事に生まれたらしい。どれだけ感動的な光景だったかが、便箋五枚に渡って延々と綴られている。
金色の竜。そういえばさっき、息子君がそう言っていた気がする。他にも色々ショッキングでつっこみそこねてたけど。
「金ってどうなの? すごいの?」
「聞いたことがないですねー。今までにない色なのではないでしょうかー?」
「でも、強そうじゃない?」
「確かにー。でもまだ幼いですからー、どのくらいかはまだわかりませんねー」
にしても、殿下の手紙は無駄に長い。本題に行き着くまでに時間がかかり過ぎだ。もう十二時過ぎちゃってるし。七時半くらいにここについたはずなんだけど。
ジャドーさんも最初は声に出して読んでいてくれたんだけど、途中から舌打ちしながらの黙読に変わっている。
「あ、書いてありましたー。金色の竜についてー」
「なんて?」
「ええとー、金色の竜はー、最強の黒き竜と、強い竜精の結びつきにより生まれた新しい力を持つ竜でありー、その美しさは想像を絶しておりー……」
どうやら脱線したらしく、ジャドーさんの声がやむ。
「あ、世界を渡る力を備えていると! そう書いてありますー!」
「世界を渡る力?」
「呪術師の力を借りなくてもー、こちらの世界に来られるそうですー!」
うわ、すごい。なにそれ。地球とイルデエアのハーフだから?
「ただ、異世界への旅は初めてなのでー、この手紙を無事に受け取ったら返事を持たせてほしいそうですー。なるほどー、だから、イルデエアの言葉で手紙を書いたのですねー」
「どういう意味?」
「ラーナ様は多分、日本語で書けたと思うのですー。けれどケレバガイアーストが夕飛様に会えなかったりー、手紙を落とした時に読まれては困るという理由でー」
なるほどね。なんだこの危ない手紙は、どこのアホが書いたんだとか、ネットの掲示板で「変な手紙見つけた」とか晒されないようにね。って、別に気にしなくていいんじゃないの、それ。
にしても、手紙はまだ結構な長さが残ってる。
どうしよう。そろそろ眠い。明日も仕事あるし。
「ジャドーさん、解読にまだかかる?」
「かかりますねー。わたしもそろそろ眠いですしー」
「どうしよ。明日はちょっと、仕事休めないよ」
息子君をどうしようかっていう話だ。ホントはちょっとくらい話したい気もするんだけど。
「自由に行き来できるのでしたらまた来れるでしょうしー、今回は試しのお使いのようなものみたいですからー、とりあえず途中までは読んだと返事を持たせましょうかー?」
殿下の手紙、読み終わったのは半分とちょっと。
残りはジャドーさんに明日読んでおいてもらう事にして、この日はちょっと悩んで、八坂の家の床で寝た。
固い床の上でまどろみながら考える。
俺、童貞なのに五人も子供がいるんだなあって。
すげえな、俺。麻子が聞いたらなんて言うだろう。
次の日の早朝。
なぜか早くに目が覚めてしまった。慣れない床で寝たせいかな。
テーブルの上には、ジャドーさんの書いてくれた返事が置いてある。
なにが書いてあるかはわからなかったけど、それを見て、俺もペンを取った。
レイカちゃん、無事で良かったよって。
俺を守ってくれてありがとう。マフラーも毎年、冬になったら使っているよって。
手紙なんて書かないから、味気ない文章になっちゃった気がするけど、それを封筒の中に一緒に入れた。
それを持たせて、とりあえず息子君をイルデエアに帰した。
仕事を終えて、急いで帰る。そういえば同棲の話とか全然できなかったと思いつつ、八坂の家へ。
中ではジャドーさんが待っていて、気になったのかハニーもいつもより早く帰宅している。
「全部読んだ?」
「読みましたー。まったくラーナ殿下は、相変わらずのド変態でしたよー」
それは知ってるからいいよ、と。
買ってきた弁当を二人でモグモグしながら、なにが書いてあったのか聞いていく。
「ええとー、金色の竜が五頭生まれてー、雄も三頭いるのでこれから竜がまた増えるかもという希望が生まれましたー」
「五頭? そんなに生まれたのか、おいアツタ、お前……」
「五つ子だよ。俺もまさか、あのチューってされたので卵できるなんて知らなかったし」
ふふ。浮気を疑われてしまった。嫉妬するイニヒさん可愛いぜ。
「そしてー、金の竜は世界を渡れるというのは昨日の夜言ったんですっけー?」
「うん、それは聞いてた」
「すみませんー、何回も同じことが書いてあるのでどこまで話したんだかー」
あのクソ王子、とジャドーさんは舌打ちしている。よっぽど無駄話が多かったんだろう。手紙なのに。
「で、レイクメルトゥールなんですがー」
きた。
本題だ。
どうなったんだ。
無事なら、最初に書いていていいと思うんだ。
そう考えちゃって、今日は一日ずっと不安だった。
卵は孵ったけど、それは残りの竜があっためてくれたからで――。
「今は傷も癒えて、子供たちと一緒に暮らしているそうですー」
黒い雲を切り裂く、ジャドーさんの明るい声。
ほっとして脱力して、持ってた割り箸を落としてしまった。
がくーっと、首が下に落ちた。
安心したからかな。良かった。ホントに良かった。
鼻をズズっと鳴らした俺に、イニヒさんが寄り添ってきて、あったかい。
「良かった」
小さく呟いて、大きく息を吐き出した。この六年半の苦しさが一気に晴れていった瞬間だった。
無事だった。
新しいドラゴンが生まれていた。
あの旅は、無駄じゃなかったんだ。
「それでー、もっと兄弟がいた方が楽しいと思うからー、またこちらへ来たいとー」
えっ?
「子供たちはいつでも会えるとわかったらー、うらやましくてたまらない我慢できないとー」
えーっ!?
「なにそれ、ホントにレイカちゃんがそう言ってるの?」
「ハッキリ書いてありましたゆえー」
いやー、無理だよ。なにを言ってるのかな、レイカちゃんったら。ホントに元気になったみたいで良かったけどさ……。俺にはもう、イニヒさんというスイートがいるわけですし!?
「アツタ、モテるなあ!」
「なんだよ仁美ちゃんまで」
一応説明しておくと、仁美ちゃんと呼んでおります、人前では。
「キスだけで卵できるんだろ? なら許してやるよ」
やったあ恋人公認だあ! ってなるわけないだろ! やだよ!
「あ、あと、ファイ・ファエット・ファムルーが戻ってきていると書いてありましたよー」
「え?」
あの人、イルデエアに戻ってたのか。戻れなくなる計画は失敗してたわけだな、殿下。
「彼はミルミーナ王国から追放されてー、ある港町でひたすら料理を作っているそうですー」
ドラゴンへの執着だとか、そういったものは皆無。皆様に美味しいと喜んでもらえるのが自分の幸せです、としか言わないんだとか。それで、殿下もファイを許したらしい。
「仁美ちゃんの命令がまだ効いているのかな?」
「そうか? あいつの好きにやってるだけだろ」
効果が続いているかどうかは、イニヒさんにもわからないそうだ。
自分で選んだかどうかはわからないけど、進むべき道へ進んだのかな。
もしそうなら、幸せで結構な話だ。
やれやれ、と首を振ったら、目の前が光り出した。
家の中では初めてだ。魔法陣が出てきたのは。
眩しい! って思ったらもうそこにいた。
昨日の、アースト君だ。
「アツタ ユウヒさん?」
あれ?
「お父様! お会いしとうございましたー!」
昨日の、ケレバガイアースト君とほぼ同じ容姿をしているが、彼ではなく。
「わたくしはケルバメルフォーンと申します」
五つ子のうちの二番目の娘、なんだって。ビックリだよね。発育がいいよね。マッスルだよね。
「昨日のお手紙、お母様は感動のあまり泣いておられました! お父様は本当にお優しい、素敵な方なのだと。その深い愛情に、おじ様も一緒になって泣いておられました!」
ああ、しまった。
センチメンタルな気分に流されるんじゃなかった!
「おじ様が力添えして下さって、呪術師に渡す代償が用意できそうなのです。準備ができ次第、お母様がいらっしゃいますので」
ああ、そうなんだ。また始まっちゃうのかな……、あの日々が。
「わたくしたち兄妹も、お父様に会いに参ります。本当に、お母様の話通りの素敵な方で……」
あら、お父さんだよ俺は。そんなうっとりした目で見たら駄目だろ。
「おい、アツタにはちゃんとアタシがいるんだからな。あんまり入り浸ったらぶっとばすぞ!」
「どちらさまですか? なんならやりますか」
「ちょっとやめてよ。仁美ちゃんも今は、戦士じゃないでしょ?」
仲裁に入ったんだけど、二人とも強くってねえー!
っていうのが、昨日の話。
俺は、異世界の黒い竜がいつまたやってくるのかドキドキしている。
甘い生活はまだお預けかもって、軽く諦めたところ。
でも、レイカちゃんが来たら笑顔で迎えるよ。
兄弟が増えるかどうかはわからないけどさ。
「おかえり、レイクメルトゥール」って。
そう、言うつもりだ。




