54 ・ 黄 金
それから五年経って、現在。
俺は大学を卒業して、社会人になった。なんの変哲もない、ごく普通のサラリーマン。
デュランダーナ大瀬は取り壊されて、八坂は別なところで一人暮らししてる。あいつは高校をなんとか卒業した後、爬虫類専門のペットショップで働き始めた。なんだかんだドラゴンが好きだったんじゃないかって思うよ。キツ目の美女と爬虫類はなかなかそそる組み合わせらしくて、局所的に人気があるらしい。
ジャドーさんは、UMA仲間をちゃんと見つけて交流してる。本当は人間には秘密らしいんだけど、俺のカクテルをジュースと間違って飲んだ時に、酔っぱらったのかベラッベラ話してくれた。地球には思いもよらない生命体が沢山潜んでるんだってさ。ファンタジーだよな。
あとね、ファイ・ファエット・ファムルーは行方不明。あの戦いの直後からずっと、どこにいったんだかわからないんだって。なにせ御主人様が「どうでもいい」って態度で興味なかったし。とにかく、どこかで料理してるんだと思う。
麻子? 麻子はうん。予備校の時にハーフのイケメンと付き合ってたって言っただろ? あいつにフラれて落ち込んでたけど、大学に入った時に出会った留学生に一目ぼれしてさ。追いかけてイギリスまで行っちゃったよ。既に一児の母っていうね。
あっさり行っちゃったのは寂しかった。俺にもほら、ハニーがいるわけだけど、初恋の、ずっと好きだった子が結婚とかって切ないよな。
とはいえ、麻子の好みは完全に「金髪碧眼」だったってよくわかったから。俺には見向きもしないんだなってハッキリして、逆にスッキリした。そこからは祝福の気持ちしかない。
で、俺のハニーは当然のごとく、イニヒさん。
ドラゴンテイマーになりたかった元・異世界人とか、その辺のヤツにはちょっとハードル高いだろ? 秘密を知ってる俺が引き受けるのが筋だと思うからさ。責任とれって言われたし、そもそも、美人でボインで俺の前でだけは超可愛いんだから文句なんてない。
社会人になって二年目の春。
初めての昇給があり、初めての後輩ができ、慌ただしい季節を乗り越えて、俺は考えていた。
そろそろ、同棲とか、どうかなあって。
俺はいまだに実家暮らしで、たまに八坂のとこにお泊りしに行っててだね。いいだろう。洗面所には歯ブラシが二つ並んでるんだ!
麻子が、結婚はいいよーとか、子供は可愛いよーとか、いちいちハガキを送ってくるんだよね。海外から幸せオーラを送りつけてくんの。うらやましいかもって思ってさ。
レイカちゃんが居なくなってから、六年半が過ぎた。
最初はホントに、申し訳なくて。せっかくセクシーな美女が隣にいるっていうのに、踏み込めなかった。
そうなんだ。泊まりに行ったりはしてるんだけど、まだなんだよ! すごいだろ俺!
で、心の傷もちょっとずつ癒えてきたから。俺と、あと、ジャドーさんも。うん、ジャドーさんがしょっちゅう来るんだよね。ぶっちゃけ、手を出せなかったのはそのせいなんだけど。
そのジャドーさんが来る頻度も下がってきて、俺も仕事を始めて、なんとか一年乗り切ったから。
新しいスタートをしたいなって思ったんだ。
五月の爽やかな風が吹いている。緑が濃さを増して、空から差す光も眩しい。
世界は美しい。ガラにもなくそんなことを考えて、決心した。
ケーキ屋に寄って、小さな丸いケーキを買って、賃貸物件が載ってる無料の冊子をいっぱい持って、彼女の部屋へ。
時間はもうすぐ七時。日が長くなってきて、夕日がようやく引っ込んで夜がやってきたばかりの道の上。
俺の向かう道の先に、突然金色に輝く円が浮かび上がった。円周に沿って、文字みたいなものが一定の間隔で並んでいる。ゲームとかアニメで見た、いわゆる「魔法陣」みたいな感じ。ぐるぐる回っていたかと思ったら、真ん中にぐわっと。柱が立ちあがった。円と同じキラキラのゴールドの柱は、キラキラの粒子を振りまいてる。
えーっ!?
って、思うでしょ? 俺も思ったさ。
人生で何回目だろうな、目の前に魔法陣が浮かび上がって来たのは。
焦ったよ。なにが出てくるんだって。
浮かび上がってきたシルエットは、俺よりも小さい。胸の辺りくらいまでしかない。
つまり、心当たりがない。
ゆっくりと光が収まっていって、ぽかーんと立つ俺の前に出てきたのは、目つきの鋭い男の子だった。
「アツタ ユウヒ……さん?」
またズバリ言われちゃった。
で、俺は反射的にこう答えちゃった。
「はい」
だってさ、男の子なんだけど、すっごいんだよ。マッスルなの。俺より小さい、小学校高学年くらいかなっていうサイズなんだけど、分厚いの。
それに、おや、なんだか見覚えのある顔……って気がしてきたなって思った瞬間!
「おとうさまー!」
だってさ。
俺が向かったのは八坂さんの家。だって、自分の家には父ちゃんと母ちゃんがいるから。いきなり息子を「お父様」って呼ばれたらどうなるかわかんないでしょ?
ハニーはまだ帰ってきてない。合鍵使って中に入って、とりあえずお茶出して、で、ジャドーさんを呼び出した。
「おとうさま、お会いできて嬉しいです! おじ様から聞いていた通りです。とても誠実そうな、素敵な方です。ちょっと薄いですけども」
マッスルで鋭い目つきの少年は、嬉しそうにこう話した。
「ええと、お父様っていうのは、俺?」
「はい!」
「お母様は……?」
「イルデエア最強の黒き竜、レイクメルトゥールです!」
この時の俺の気持ちの複雑さときたら。
なんで子供がっていう疑問と、レイカちゃんは無事だったのかっていう一筋の希望と。
「おじ様から手紙を預かっています」
すっと、分厚い封筒が出される。
「おじ様っていうのは?」
「はい、ケルバナック王国の第二王子であり、われわれ竜の守護者であるトゥーニング・ヨスイ・ラーナ様です!」
思わず噴き出したよね。おじ様って呼ばせてるのかよって。
で、受け取った手紙を開けたら、長いんだ。何枚書いてんだよ。
しかも読めない。何語なのかわかんないけど、非・日本語。イルデエアの言葉なんだろうな。
「夕飛様ー!」
そこにちょうど、ジャドーさんがやってきた。
「なんだか懐かしい香りがしますー! なんでしょ」
俺の向かいに座るチビッコに気が付いて、びゅーんと隠れた、かと思ったらすぐに出てきて。
「あなたは……、もしかして?」
「あなたがジャドーですか? お母様が大変お世話になりました」
すごい勢いのペコリ。風圧でジャドーさんは吹っ飛んで行ったけど、それで全部わかったらしい。
「レイクメルトゥールの子供なのですねー! なんという、なんということでしょうー!」
おいおい泣きながら、ジャドーさんは少年の周りをグールグール飛び回った。
お母さんそっくりな精悍な顔の周りに、キラキラの粉が振りまかれていく。
「そうだ、名前は?」
「はい、わたくしはイルデエアに棲む金の竜、ケレバガイアーストです」
覚えにくーい。
そこに八坂が帰ってきて、何事なんだって軽く揉める。
どうやら俺とレイカちゃんの間に子供が出来ていて、その子が突然やってきたという以外にはわからない。色々とアースト君に聞いてみたんだけど、見た目よりもだいぶ幼い子らしくて、あんまり質問攻めにしたら可哀想だとわかった。
そうだよな。だって六年半しか経ってないんだぜ? この子、体は随分大きいけど、多分五歳くらいなんだろう。
詳細は分厚い「おじ様の手紙」に書いてあるというので、ジャドーさんに読んでもらった。




