53 ・ 手 紙
ボロボロだし、くたびれ果てていた。
だから、帰ってからすぐにベッドに倒れこんで、あっという間に眠ってしまった。
夢の中に出てくるのは、黒いドラゴンの姿だ。
逞しい前足、太い首、立派な角、輝く鱗、長いしっぽ。
綺麗だなって、思った。
「そうだろう? 熱田君」
ああ、そうだな。
俺が答えると、殿下は満足そうに微笑んだ。
「レイクメルトゥール、行こう!」
目指す先は、聖なる竜の山。高く高くとんがった細長い山に、竜たちが住んでいる。
強くて、優しいドラゴンたちが待つそこへ、殿下と最強の黒い竜が飛んでいく。
おいてけぼりになっちゃって、俺は一人ぼっち。
そこでぱっと目が醒めた。
ひどく寂しい気分だった。
ぼんやりしたまま支度して家を出る。
「おはよー、夕飛!」
いつも通りの笑顔の麻子に、軽く右手を挙げて。
「あれ、どうしたの? なんだか元気ないみたい……」
元通りの朝だ。
「もう、そりゃ、カノジョが先に来た方が嬉しいだろうけど! でも、長い付き合いでしょ? そんな態度はどうかと思うよ」
ちょっぴり頬を膨らませて、麻子はこんなクレームをつけてきた。そこに、「俺のカノジョ」が登場。
「アーツタ! おはよー!」
ヘンテコなミニミニセーラーじゃなくて、ごく普通のファッションに身を包んだ八坂がやってきて、笑顔で俺の腕を掴む。
「行こうぜ!」
「おーい。無視しないでほしいんですけどー」
「菅原、アツタとあたしの邪魔すんじゃねえよ」
「はいはい」
なんだよこのやりとり。どういう設定になっちゃってるんだ。
八坂は俺のカノジョになっちゃってんのか。イルデエア人じゃなくなったから?
そしてやっぱり。当然、予想はしてたんだけど。
レイカちゃんは、いないんだな。
変な気分で学校へ向かって、変な気分で過ごした。
昨日まではいたはずのレイカちゃんは、影も形もない。
誰も彼女を覚えていない。
みんなおっかなビックリだったのに。なんかスゴイのが来た! ってどよどよしてたのに。
殿下も、水無も、みんな知らない。
で、八坂と俺は公認のカップルみたい? かな。
ヤツの痴女時代は無かったことになってる? 男子トイレに襲撃かまして来た黒歴史もなくなった? そうならちょっとだけ嬉しいかも。
ほんの二か月ちょっとの出来事だ。
今までの人生の中で、一番濃い時間だったと思う。突然やってきて、突然愛されて、突然お別れになって。
一気に過ぎ去りすぎじゃないかな。おかげで心が全然ついてこないんだ。
心の中にあいた、大きな穴。喪失感とか、罪悪感とか、悲哀とか、そういうものがいっぱい詰まってるけど、まるで地面の下にあるみたいで、「見えてない」。わかっているけど、考えられない。心がマヒしちゃってるような、不思議な感じ。
そんな中途半端な心を抱えたまま、週末を迎えた。
そうしたら夕方、俺に一つ、小包が届いたんだ。
差出人の名前は「伊勢 レイカ」。
胸が、ざわめく。
住所は、お隣のデュランダーナ大瀬、一〇三号室だ。
彼女はいなくなったけど、この荷物は残っていたらしい。どうしてだろう? 俺に宛てられたものだからだろうか。
部屋へ持ち帰って、荷物を開ける。
中から出てきたのは、マフラーと手紙だった。
長い長いマフラーは、なんていうか、すごくド派手で。黄色がベースになっていて、かなりリアルなドラゴンの絵が編み込まれている。うん。なんていうか……、どうしたらいいのコレって感じのデザイン。だってリアルドラゴン柄だよ? スカジャンみたいな感じさ。これ喜ぶの、ヤンキーくらいなんじゃない? って思うような柄だ。
でも、この技術はすごい。黒いドラゴンが編み込まれているけど、黒一色じゃない。濃いグレー、ちょっと濃いグレー、グレー、薄いグレーって感じで、かなり細かく色を使い分けている。手触りもいい。
編み物が得意って本当だったんだなって思いながら、それを置いて、手紙を取り出した。
字がすごく幼い感じ。下手とかじゃなくて、子供が書いたような雰囲気の字だった。だけど、丁寧に、一生懸命書いたんだろうなって思わされる感じでね。
こう、書いてあった。
夕飛様
落ち葉散りしく時節、ますますご清祥のことと心よりお喜び申し上げます。
先日はラーナ殿下とわたくしを遊園地へ連れて行ってくださって
本当にありがとうございました。とても、楽しい時間を過ごすことができました。
こちらの世界へやってきてから二ヶ月が経過いたしました。
わたくしだけではなく、他にもイルデエアから来た者がいて、
夕飛様には随分ご迷惑をかけたことと思います。
それでも、一緒に過ごして下さる夕飛様の事が、わたくしは本当に大好きです。
一緒に送ったマフラーは、放課後、部活で作ったものです。
この二ヶ月の感謝のしるしです。
改まって感謝の気持ちを伝えるには、手紙の方がいいと教えて頂いたので
こうして送ることに致しました。
何分初めてなので、このような文章でいいのか少し心配です。
夕飛様、ふつつかものですが、これからもよろしくお願いいたします。
追伸
もうすぐクリスマスというものがやってくると、麻子さんから聞きました。
楽しいイベントだそうで、とても楽しみにしています。
夕飛様と一緒に、温かい時間が過ごせますように。
本格的な寒さに向かう時節、くれぐれもお風邪など召されませんように。
かしこ
伊勢 レイカ
かたっ苦しい手紙だろう?
俺はもう、途中から涙が出ちゃってさ。この手紙はちゃんと取ってあるんだけど、シワシワになっちゃってる。インクがにじんで広がってるし。
レイカちゃん、レイカちゃんって、心の中からあふれ出してきたんだ。
そっけなかったんじゃなかったかって。もうちょっと、真面目に相手できただろうって。もっともっと、彼女の良さに目を向けられただろうって。
後悔が次から次へと湧いてきて、土日は泣きっぱなしで過ごした。
窓から入って来た八坂がビックリしてたけど、俺が泣きながら抱き付いたら、黙って背中をよしよししてくれた。
レイカちゃんごめん、って何度も何度も、泣きながら口から吐き出した。
オマエは悪くないよ、って、何度も何度も八坂が言ってくれた。
しばらく、ずーっと苦しい日が続いた。
なにをやっても、力が入らなくってさ。
で、正月過ぎたあたりで、めちゃくちゃ叱られたんだ。
ジャドーさんと八坂がなんでか知らないけど、タッグ組んで俺の部屋に来てね。
そんな夕飛様を見たら、レイクメルトゥールが悲しむでしょうが! とか。
そんな腑抜けでちゃんと責任取れんのかよ! とか。
これからも生きていくんですよ、って、ジャドーさんに言われてね。
ああ、そうだなあって真剣に思ったんだ。
悲しんだり、後悔してるばっかりじゃ前には進めない。
レイカちゃんが生かしてくれたんだから、ちゃんとしなくっちゃって。
そこから、心を入れ替えたんだ。
ダラダラ過ごすのはやめて、俺のやるべきことをやらなくちゃって。
ド派手なドラゴンマフラー巻いて、真面目に学校に通った。
隣に、いっつも八坂がついててくれてた。
カバンの中にはジャドーさんがいて。
すっかり真面目になった俺は、高校を卒業して、大学に入ったんだ。
……どう? すっげえいい話だと思わない?
麻子? うん、麻子はね……。
予備校で出会ったハーフのイケメンとあっさり付き合い始めちゃってさ。
まあ、仕方ないよな。俺だって八坂とイチャイチャしてる風だったんだから。
でも別に進展はなかった。だって、「親友」だから。
ただし、キス有りの親友な。
あれ。そんな目で見るのやめてくれる?




