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50 ・ 秘 奥 義

 虚しく響く自分の声に、無力感ばかりが募った。

 また斧が振り上げられる。レイカちゃんは動かない。動かないのか、動けないのか、わからないけど、とにかく。

 

 俺がこうしている限り、動けないんだ。


 俺の為に死なないでくれ。

 後味が悪いとかじゃなくて純粋に、死なないで欲しい。

 優しくて、強くて、恥ずかしがりで、ゴツくて、まだ十歳のレイカちゃん。

 未来があるはずなんだから。これから何年も何年もかけて、俺との恋のドラマ劇場がミラクル超展開を迎えるかもしれないじゃないか。


 だから!


「キタキタキタキター!」


 どシリアスな場面に似合わない声。

 なにがキタんだ! と驚く俺の視界の端から、ピッカリーンと強烈な光が放たれた。


「こんなんしてる場合かっ!」


 発生源はミニマムプロレスリング。妖精さん同士の争いに、遂に終止符が打たれる。

 決まったーっ! ジャドーの右アッパー!

 みたいな強烈な一撃で、ゼッダーが吹っ飛んでいく。


「待っていましたよ夕飛様!」

 え、なにを!?

 

 っていう俺の疑問におかまいなしに、ジャドーさんはますます輝く。

 部屋中をわあって真っ白に染めてスパーク。それがゆっくりと収まって見えたもの。


 それは、まっ黒いエナメル的なライダースーツに身を包んだジャドーさんだった。

 そう。一回見たヤツ。江戸っ子になっちゃった時の。

「なにやってんの!?」

 で、ファイは相変わらず俺を、しっかりホールドしてる。ホント律儀だよねこの人。そんなに牛肉が欲しいのか。

「本気モードでいっ!」

 本気になるとべらんめえになっちゃうの? わけわかんない。


 ジャドーライダーはびゅーんと飛んで、俺を助けてくれるのかと思いきや、行ったのは八坂のところ。

 水無はちょっと悩んでいるみたい。足を止めている。急に珍妙な変化をしちゃった妖精さんを警戒してる様子。ヤツのオマケはアッパーでKOされちゃったわけだし。


 だけど、俺がまだ身動きできないのを確認すると、気持ちを決めたらしい。

 マサカリを持つ手に、力が入ったように見えた。


「ジャドーさん! なにやってんの!?」

「イニヒイニッ、起きやがれい、このスットコドッコイ!」

 

 ホントにさ。シリアスな場面なんだよ。

 俺とレイカちゃんは大ピンチ。生きるか死ぬかの瀬戸際だっていうのにさ。

「なんだよ……、いてえよ」

「いいから起きろ、お前に頼みがあるっ」


 どんな頼みなのかは聞こえなかったけど、八坂がビックリしたのは見えた。

 だけど、奴は真剣な顔で起き上がって、静かに頷いて……。

「わかった、待ってはやるが、十秒だけだぞ!」

「短けえよ!」

 待ってやるって偉そうに言ったのがジャドーさんで、短いって文句言ったのが八坂。

 で、短いって言いながらも、イニヒさんはニヤっと笑って駆けだした。

「でも充分!」

 ズダダって駆けだした八坂に対して、水無が反応する。

 マサカリもって待ち構えてたのに、しかし、まさかのスルー。


 八坂が目指してたのは俺の方。

 走って走って、あっという間に目の前に来て、ファイが包丁を改めて俺の首元に突き付けて。

「アツタをいじめてんじゃねえよ!」

 

 レイカちゃんと戦った時にも持っていた、白い、長い棒。

 あれをビシィッ! って。


「そこの和牛バカに命じる! 今この瞬間よりオマエの主はこのイニヒ・イニ・ヤーシャッキ、逆らうことは許されない! まずはアツタから手を離せ!」

 

 はあ? って思ったんだけど、本当に、ファイは手を離したんだ。

 それ程長かったわけじゃないんだろうけど、すごく久しぶりの自由に、足からガックーンって崩れ落ちてしまった。

「そこで黙って立ってろ、ウスノロ!」

 ぺっ、って唾まで吐きかけるドSの八坂さん。超カッコイイ。

「いいぜ! やっちまいな、ちっせえの!」

「十秒とっくに過ぎてやがるぜい!」

 

 見た目はセクシーな美女なんだけどなあ。なんだその口調はって思うでしょ? 俺も、緊迫したシーンだけどちょっとそう思ったよ。しかもあまーい感じのアニメ声だし。


 で、ジャドーさんが次に向かったのは水無のところ。

 多分慌ててとどめをさそうとしていたんだろうと思う。レイカちゃんの首めがけて、斧を振り下ろそうとしていた。

「させてたまるかってんだ!」

 光の粉を振りまきながら、ものすごいスピードでジグザグと飛び回っていく。


 空中に、その軌跡が浮かび上がっていく。

 魔法陣みたいなものが、浮かび上がっていく。


「ジャドー流最終奥義! 強制転送発動、しかも待機時間なしバージョンでえいっ!」


 キラリと光る魔法陣。そこから、次々と矢のようなものが飛び出して、水無を包んでいく。


「なんだこれは!?」

 水無だけじゃない。ノックアウトされていた妖精ゼッダーにも伸びていって、同じように体を包んでいく。

「やめろ!」

 マサカリが落ちる。

「嫌だ、嫌だーっ!」


 まるで、繭みたいにグルグルと体を巻かれて、水色女の姿が見えなくなっていく。

 少し離れたところ、床の上にも繭ができている。

 

 声が聞こえなくなり、

 輝き、

 そして、爆発!


 ボカーンってね。比喩じゃなくて、本当に小さな爆発が起きた。俺は軽く飛ばされてひっくり返ったし、耳がビリビリして、しばらくなにも聞こえなかった。


「なんだよこれ、ジャドーさん!?」

「すいませんー、ちょっとやりすぎたみたいですー」

 恥ずかしそうにテヘッって舌を出しながら、元通りの可愛い系に戻って妖精さんが笑う。服はそのまんまだけど。


 振り返ると、ぼやーっと突っ立ったままのファイ。そして、足をガバって開いた姿勢でひっくり返ってる八坂。おい、足を閉じろ、足を! 三度目だぞ!


 って、そんな場合じゃない。

「あいつはどうなったの、水無とゼッダーは?」

「それぞれ違う異世界に吹っ飛ばしてやりましたー」


 うわ、そんなことできるの。すごくねえ? ジャドーさん、ヤバくねえ?

 でも、それなら敵はもういないのか。料理人はぼけーーーってしてるし。あいつの状態については後で八坂に聞こう。


 それより、レイカちゃんだ。

 和んでる場合じゃない。確かに、助かってほっとしたけど。


 レイカちゃん。


「レイカちゃん、しっかり。もう大丈夫だ。アイツはジャドーさんがぶっ飛ばしたから」

 

 近づいたら、足がまたガクガクし始めてしまった。

 デッカくて、黒くて、ごつくて、強い強いドラゴンが、ぐったりしている。傷だらけで、目を閉じて横たわっている。

「レイカちゃん」

 大きな鼻のあたりを撫でると、ゆっくり、目が開いた。

『夕飛様』

「もう平気だ。大丈夫、大丈夫」


 どう言ったらいいのかわからない。大丈夫じゃないと思う。俺、応急手当とかできないし。っていうか、包帯巻いたりしなきゃいけないんだとしたら、何十メートル必要なんだろう。

 

『お怪我は、ありませんか?』


 ぐるるるって、喉が小さくなったのが聞こえた。

「なんだよ、俺は全然、怪我なんかしてない……」

 涙が出てくる。

「俺の心配なんかどうでもいいだろ。レイカちゃん、早くなんとかしないと」


 そうだよ。なんとかしなきゃ。

 振り返って、頼もしい味方を……と思ったら、ジャドーさん床に落っこちてた。


「ちょ、ジャドーさん!?」

「はりきり、すぎまし、たー」

「馬鹿! なんだよそれ!」


 思わずバカって言っちゃったっていうね。だってそうだろ? 必要だと思ったんだ。

 レイカちゃんの傷を癒す魔法とかないのかよって。


 俺の勝手な憤りに、ちょっと間を開けて、蚊の鳴くような声が答えた。

 

「すびばぜん……、ぞういうのは、づがえなぐで……」



 ころんとひっくり返って、俺に背を向けて。


 ジャドーさんも、泣いていた。

 

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