4 ・ 告 白
レイカちゃんの熱烈な愛の言葉の後の流れについて、よく覚えていない。
多分、麻子が夕飯を持ってやってきて、一緒に食べて、帰ってきて、風呂入って寝た。ぼーっとしたまま。歯を磨くのは忘れた。
目が覚めてまず思ったのは、「あれが夢だったらいいな」。もしそうなら今日は月曜日だけど、いつもみたいにダルくない。憂鬱な気分なんか吹き飛ぶだろ、安心感で。
前にも、同じように思ってたって? ああ、思ったさ。仕方ないだろ、あの悪夢を帳消しにする方法はそれ以外にないんだから。
そんな希望もすぐに吹き飛んだ。
目の前には、ひらひらと飛ぶ妖精の姿。
「夕飛様ー、昨日言い忘れたことがありましてー」
出た。ジャドーさん。セクシーボディがふわふわの衣装のあちこちからのぞいている。チューブトップっていうのかな、肩ヒモとか袖のない作りの胸元がボバーンって。
「私たちについて口外しないでくださいねー。私は特に、人前には出ませんけどー」
「ああ」
話しませんよ。だって話した途端、俺が妄想系の人って認定されちゃうじゃないか。
「お願いしますねー」
「ねえ、ちょっと」
さっさと去ろうとしている様子のジャドーさんを呼び止める。
「なんですかー。おさわりはなしですよー」
「触らねえよ!」
確認したいあれこれがいっぱいある。異世界とか、ドラゴンとか。
全部一方的に言われただけで、全然咀嚼できていないんだ。
それはわかっているようで、ジャドーさんが先手を打ってくる。
「夕飛様ー、レイクメルトゥールは心優しい竜ですー。安心して卵を作ってくださいー」
「俺、正直それは無理だと思うんだ」
「なにがですかー?」
「なにって」
卵がだよ! 男女の交わりでできるんだろ? 嫌だ、嫌だ、嫌だ。レイカちゃんとなんて、素人の俺にできるわけがない。
「夕飛様ー、レイクメルトゥールを知ってくださいー。知ればきっと、自然と卵はできますからー」
ジャドーさんは美人だ。にっこり笑った顔はとても綺麗だった。子供の発表会のドレスみたいなのじゃなくて、もっと大人っぽい衣装に替えたらいいのに。
「ジャドーさんってなんなの?」
「私はイルデエアに住む光の精霊ですー。心優しい竜の一族が好きでー、応援したくて一緒に来ましたー」
ホントにさ、ビジュアルが逆だったらって思うわけ。ジャドーさんの見た目の子が来たんだったら、俺は多分応じてたと思うんだ。もちろん、心は麻子一筋だぜ? だけど、絶滅の危機に瀕してて、一族の宝を渡してわざわざやってきたんだ。けなげだし、助けてあげたいと思うだろ?
その後。俺って最低だなって、通学路を歩きながら思っていた。
今日は頭がごちゃごちゃしてたから、少し早めに家を出た。バスには乗らず、だらだら歩きながら考えたくて。
昨日の夜のレイカちゃんの言葉は、絶対、可愛い子に言われたら嬉しいはずなんだ。グラっと来ると思う。
薄情だよなあ。
ただし美少女に限るって。最低じゃないか。他人ごとだったら、絶対俺もそう言うと思うんだ。
自分の席でぼーっとしていると、隣の席から深山がどんっとなにかを突き出してきた。
「どうしたんだよ、夕飛。なんか元気ないけど」
「うん」
机の上に置かれたのは少年ウルフの今週号だった。今朝発売の。いつも深山が買ってきて、みんなで回し読みしている。
「今週号のグラビア、三日月マミだぜ。元気出せよ!」
本当だ。まみみんだ。
三日月マミは最近人気が出てきたグラビアアイドルで、顔はちょっと幼く、ボディはスレンダー、胸だけものっすごいボリュームというアンバランスさを売りにしているロリ顔スレンダー巨乳。細い胴体に、ポンポーンとメロンみたいなおっぱいがふたつついている。
マンガみたいなんだよなあ。
レイカちゃんもマンガみたいだ。ただし、昔の少年漫画のラスボスみたいなビジュアルの。同じマンガみたいな子なら、まみみんみたいなのが来ればいいのに。
っていうか異世界からやって来れちゃうような力があるなら、レイカちゃんの見た目を変えるとかできないのかな。光の精霊はそういう不思議な力を持っていないのか。
そんな風に考えているうちにドアがズバンと開いた音がして、強烈な視線を感じた。
レイカ様の御登校だあ!
ずむ、ずむと進み俺の前で止まり、一礼。
「夕飛様、おはようございます」
ざわざわっと空気が揺れる。みんなの視線、一斉に俺に注目。
そりゃそーだ。なんだよ、夕飛様って。他の連中にもおはようと声をかけているが、明らかに一人だけ特別扱い。ザワつくに決まってる。ザワめくに決まってる!
「おい、なんだよ、夕飛、お伊勢様となんかあったんか?」
案の定深山がコソっと突っ込んできた。どう答えるべきなのか。どういえばごまかすことができるのか。
結局しどろもどろで答えられない俺を救ったのはチャイムだった。担任は、このチャイムぴったりに教室に来るタイプ。ああ葉山先生、ありがとうございます。いつも来るの早いよとか思っててすいません。
休み時間になるたびに俺はダッシュで教室を出て、トイレの個室にこもった。誰かにいちいちつっこまれるのが嫌だ。朝のジャドーさんの話から考えると、レイカちゃんは俺と卵を作りに来たなんて話はしないだろうけど。
卵か。
俺が、竜精っていうのを持ってるからって……。
よく知らない相手とって、彼女はイヤじゃないのかな。
悶々とした思いを抱えて、人目につかないように走って帰宅。
かなり急いで帰ったはずだったんだけどなあ。
家に入ろうとしたところで、地響きが聞こえてきた。
「夕飛様!」
ビックーンって体が硬直して動けない。多分なんらかの技を使ったと思うよ。「竜の咆哮」とかそんな感じのやつを。効果は、相手の体がすくんで一ターン動けなくなるとか。
「夕飛様、お疲れ様でした。それから朝の挨拶はよく考えたら不自然でしたね。申し訳ありません。明日からはあまり目立たないようにいたします」
巨体を少し小さくさせて、レイカちゃんは本当に心底申し訳なさそうにモジモジしながら話した。よく通る声なんだけど、ボリュームが絞られている。いじらしい姿だ。可愛いかと聞かれると困るんだが。
「なあ、あのさあ」
優しい竜か。
絶滅寸前、種の存続を賭けた壮大な異世界への旅。
俺の中にもやもやと渦巻いている、申し訳ない気分。
「レイカ……ちゃんはどうなの。俺にその、竜精ってやつがあるのかもしれないけど、好きでもないやつとっていうのはさあ」
これは、ごくごく普通の女の子相手の考えなんだなって。
先に言っておくけどこの後、すっごく後悔する羽目になるんだ。
「夕飛様、我々竜は皆、竜精を持つ者に強く惹かれるのです。それが、竜の本能ですから」
「そうなの?」
「夕飛様はわたくしの心を既に強く魅了し始めています」
レイカちゃんの向こうに、見えた。麻子が走ってくる。
「先週この世界にやってきてお会いした時、わたくしはもう夕飛様の虜になりました。どんな竜もあなたの前では十分な力を発揮できません。そのお姿に目を奪われ、心は宙を漂って定まらなくなります」
俺たちの姿を見つけたのか、麻子が手を振り始めた。走ってくる。まずい。ああ、いけない。麻子、麻子ー!
「夕飛様、一目ぼれという言葉は少し違うかもしれませんが、わたくしはそのような状態です。貴方をもう、わたくしは愛しております」
「ええーっ!」
ああああ。
聞かれたー。
うわあん、って泣いたのいつ以来だろうなあ。
とにかく走って家に帰ってさ。
布団にもぐって、泣いたね。