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48 ・ 諦 観

 反省してる場合じゃないんだ。だって、俺の目の前にはハッキリと「危機」が迫ってる。


 レイカちゃんは二人を撃退しようと戦っている。

 襲い掛かっているイルデエアの二人はどう見ても全力。

 だけど、レイカちゃんはそうじゃないように見えた。

 それは多分、俺を気にかけているからっていうのがあるんだろう。誰かを庇いながら戦うなんて、とんでもなくハードルが高い。

 しかもアウェーだし。

 

 ついでに、こう思うんだ。

 「ぶっ殺す!」っていう容赦の無さがレイカちゃんにはない。あの二人とは違って、そういう気持ちがないんだと思う。


 優しい竜だって、何度ジャドーさんに言われただろう。


 きっと、セレイブレーイヴンもそうだったに違いない。

 そうじゃなきゃ、絶滅寸前になんてなるわけがない。

 あんなに強そうな腕に、鋭い爪。その気になったら国の一つや二つ、潰せただろうに。


『夕飛様、下がって下さい!』

 包丁を爪で撥ね返しながら、レイカちゃんが叫ぶ。


 確かに、今の立ち位置は危ない。一番安全な場所はあそこだ。最初にのっけられた、レイカちゃんの背中。あそこなら、レイカちゃんの邪魔にもならない。しっぽ振った時に巻き込まれて当たることもなくなる。


 俺はレイカちゃんの「ハンデ」だ。せめて、かける迷惑の量を減らしたい。

 そう思って走ったんだ。


 そこに、思いっきり邪魔が入った。例の妖精さんが特攻かけてきたわけ。

「うわっ?」

 小さいボディだからね。当たったところで別にダメージがあるわけじゃない。

 ゼッダーって名前の悪の妖精さんは俺のところにビューンってきて、こう叫んだんだ。

「今です! ファイ・ファエット・ファムルー、やって下さい!」

 

 ダメージはないけど、周囲をびゅんびゅん飛び回った挙句、時々ピカって光ったりするの。それでもなんとか進もうとしてたんだよ。だけど、ちょっと足止め食ってたら、ほんとあっという間に目の前に伏見さんが来てたわけ。

『夕飛様ー!』

 レイカちゃんの絶叫が響く。地面がずうんとなって、頭の中にビリビリーっと響いた。絶叫の合間に、ガキンガキンって音がしてた。多分、水無とやりあってたんだと思う。


 で、料理人がなにをしにきたかっていう話だよね。

 目の前に来た、と思ったら、ふっと姿が消えて、で、背後から思いっきり絞められたんだ。


「見ろ、ドラゴン! 熱田夕飛の命が惜しかったら抵抗するのをやめるんだ!」

 水色の女戦士が叫んで、状況を理解した。


 首のところに巨大包丁が当たってる。ぶっとい腕にしっかりホールドされてて、全然動けない。

『夕飛様に手を出すな!』


 しばらく、心の底からヒンヤリとして、脳っていうか、心の活動がフリーズした。

 なんだろこれって。理解はできてるんだけど、わかんないっていう変な感じ。


 混乱してた。


 目の前には大きな黒い竜と、勝つ為にはマジで手段を選ばない水色女の姿。

 

 そして始まる、一方的な攻撃。


「バカ、なにやってんだよ、やめろよ……」


 大きな斧が、竜の鱗をバキバキと割っていく。割れたところに更に攻撃が入って、血が噴き出していく。


「やめろ、やめろ……、やめろよ! やめろっ!!」


 叫んだけど、体が全然動かないんだ。ファイ・ファエット・ファムルーまじ馬鹿力。

「離せよ、お前、なにあの女の味方してんだよ! お前は中華作ってりゃ幸せなんだろ!?」

 頭をグリグリ動かして、本当にささやかな反撃。

 そうだよ、なんでコイツいきなり参戦してんだよ。心の中は、豊かな日本の食材と食文化でいっぱいだったはずだろ?

「仕方ないだろう、頼まれたんだから」

 しれーっと、ファイ・ファエット・ファムルーはこう答えた。

「頼まれた? あいつに?」

「そうだ。黒い竜を倒す手伝いをしたら、百グラムで五万円もするという最高の牛肉をもらえるのだ!」


 ふははは、だって。

 もー脱力だよ、本当に。

 この人は本当にただ単に、深刻なアホだったみたい。


「ふざけんなよ、たかが牛肉で」

「たかがだと!?」

 怒っちゃった。

 

 ぐいっと包丁が近づいてきて、ピーンチ。黙るしかない。

「最高ランクの厳選されし肉だぞ! 幻なんだぞ!」

 

 くだらない。くだらなすぎて、なんか涙が出そう。

「それを一頭丸々もらえるんだ!」

 

 牛を一頭丸々っていくらかかるんだろう。俺がそれ以上の条件を提示できたら、この人は簡単に裏切ってくれそうな気がするんだけど。

 っていうか、ホントにもらえるのかそんなの。あいつ、嘘ついてるんじゃねえの?

「お前、騙されてるだろ。そんなに高い牛があいつに買えるわけないじゃないか!」

「お客さんに牧場の経営者がいるのよ」

 割って入って来たのは、鼻でふふんと笑う感じの悪いキャバ嬢。


 え、そんなお客さんゲットしてたわけ。

 それで牛一頭もらうわけ。

 それを餌に、この料理人さんを味方にしたわけ?


「汚いぞ!」

「黒い竜を倒せるのなら、なんだってする! イルデエアに残った竜はもう少ない。しかも、この黒い竜以外、倒す価値のあるものはいないのだ!」

 

 あははは、って笑いながらまた斧を振っている。

 苦しそうな声が、レイカちゃんからあがる。


「女は竜を倒せる戦士になれないと私を馬鹿にした連中に、見せつけてやるんだ!」


 

 そこは本当だったんだな。自分のいた場所では、男が偉くて女はオマケ。悔しくてたまらなかったっていう思いは本当。

 あと、ファイ・ファエット・ファムルーの和牛への愛もホントだった。これはどうでもいいけど。



 このままじゃ、レイカちゃんがやられてしまう。

 

 しかも、俺のせいで。


 そんなの嫌だ。

 だけど、なんにもできない。

 ついでにいうと、もしかしたらここで死ぬかもしれない。


「おい、このクソ料理人! 平気な顔で非戦闘員を人質にしやがって、お前に正義とか……、えーと、戦士の誇りみたいなのはないのかよ!」

「ないぞ」


 膝から力が抜けちゃう。

 自分でも言ってたわ。そうだった。料理人なんだもんな、この人は。


 大体「戦士の誇り」って。ゲームとかの創作物に影響受けすぎ。

 カッコいいライバルって、なんだかんだ汚い真似はしない。なんでもアリでやってくる鬼畜は、最後にちゃんと滅びる。

 予定調和の美しい世界。大きなアクシデントがあっても、最後には帳尻があうものだ。

 そんなのは漫画とか小説とかゲームとか、全部空想の世界の産物であって、現実はそうじゃない。


 本当は悲惨な物語がたくさんあるけど、後味の悪い悲しいばっかりの話は耳に入らないようになってるんだ。それで、「ない」と錯覚してる。ホントにおめでたい。


「俺は、俺はお前の作った料理がどんだけ旨くても二度と食わねえからな! もし食ったとしても、絶対に旨いなんて言わねえ!」

 悔し紛れにこう叫ぶと、料理人の力がちょっとだけ抜けたようだった。

「大丈夫よ! なんてったって最高ランクの和牛よ? 絶対美味しいに決まってる!」

 水無から入ったこんなセリフで、あっさりと力は戻っちゃったけどね。


 ちくしょう、キャバ嬢は人心掌握術が巧みだ!

 こんなアホのコントロールはさぞかし簡単だったに違いない。


 結局動けないまま、俺はただひたすら、レイカちゃんが傷ついていく姿を見ていた。

 いや、見ていられない。

 俺のせいでレイカちゃんが死んでしまう。

 ドラゴンが滅びてしまう。


 脳裏にふっと、綺麗な金色が浮かんだ。


 ラーナ殿下。


 殿下も、今の俺と同じ気持ちを味わった。

 アホな料理人に人質にされて、大切な友達が命を失っていくところを見たんだ。


 ごめん、殿下。

 ドラゴンを守っていこうって話をあんなにしたのに。




 俺、全然駄目だったみたいだ。

 

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