47 ・ 猛 省
デッカい斧と包丁が合わせて三本。
それがレイカちゃんだけではなくて、俺にも向けられているっていう恐怖。
俺はどう考えても戦闘できないから除外とか、そういう展開があっていいと思うんだけど。
残念ながらそういう恩赦はなかった。
「夕飛様、わたくしの後ろにいて下さい」
「ジャドーさんは?」
「強制的に引き離されてしまいました」
この場所へ連れてきたのは、水無が連れていた妖精らしい。
「立会人は私、ゼッダーが務めます」
「汚ねえぞ! お前は水無の味方なんだろ? 中立の立場の奴を用意しろよ!」
「ご安心ください。私は中立の立場ですから」
嘘くせえ! 信じねえぞ!
「相手を戦闘を継続できない状態にした方が、勝ちです」
きわめてシンプルなルールだ。
俺は継続どころか、最初っからできないけどね。
「禁じ手などは特にありません」
さっと妖精さんの手が挙がる。
それがスタートの合図だったらしく、凶悪な女戦士と料理人が床を蹴って――。
あまりの衝撃に動けないでいたら、突然、体が宙に浮いた。
どうやったのかわからなかったけど、多分レイカちゃんが投げたんだと思う。
ちょっと気持ち悪いくらいの浮遊感。あがって、そして、落ちていく。
「うわああああ」
降りた先は、黒くて大きな背中。わあ、俺、ドラゴンに乗っちゃったよお母さん!
『夕飛様、必ず必ずお守りしますから!』
ドラゴンに姿を変えたレイカちゃんが、吼える。
青い髪がぶわわっと揺れて、水無の足が止まった。
だけど、料理人の方は止まらない。さすが史上最強の名は伊達じゃないってことか。包丁を構えたまま走ってきて!
その後は、見えないんだ。俺からは。しょーもないんだけど。
背中に必死にしがみついて、落っこちないようにするしかない。たまに、カン、カン、と音がしているのを、ハラハラしながら聞いているくらいしかできない。
どうしてこんな事態になっちゃったんだ。
水無の冷たい声。耳の中に蘇る「引っかかった!」っていう台詞。
俺を巻き込んで戦うのが目的だったのか。
なんで? 俺を倒したっていいことなんてない。前科がつくくらいでなんの特典もない。
突如、景色がひっくり返った。
同時に響いたのは大きな鳴き声だ。ドラゴンのね。敵に向けて放った威嚇とかそういう感じじゃなくて、やられたー、的な響きの声だった。
次にした音は「ゴン!」。これは、俺が床に落ちて頭を打った音。
結構な高さから落ちたらしく、ものすごく痛い。もんどりうって、もんどりうってる場合じゃなくて、頭を抱えつつなんとか起き上がると、目の前にはブルーの女戦士が居た。
「あなた、やっぱり竜じゃないのね。もしかしたらって思ってたけど、見当違いか」
「お前」
冷めきった瞳の中に浮かんでいるものが何か探ろうと思ったけど、無理だった。だって、なにも浮かんでない。俺に対してはもう、興味がないって感じ。
おっかねえ。
だけど、なんとか、心の中にある気力を総動員して、叫んだ。
「なんだよ、卑怯にもほどがあるだろ? 無関係な人間巻き込んだ上に、勝手に勝負はじめやがって!」
「勝つために必要ならなんでもする。勝利しなければ意味はない」
シンプルにさらっと答え、水無が振り返る。
「ファイ・ファエット・ファムルー! やりなさい!」
ふわっと、血の匂いを残して飛んで行ってしまった。
かわりに、料理人が俺の方へすごい勢いで走ってくる。
「うわっ」
思わずあげた声に、レイカちゃんが反応してまた吼える。
『夕飛様!』
ゴオーって、とうとう出ました。炎が。俺のちょっと前スレスレのところを、真っ赤でとんでもなく熱い火が通っていく。
「ぬあっ!」
やったか、と思ったら料理人はゴロゴロと床を転がってた。うわ、あれで火を消している人をリアルに見るなんて。人生わからないものですね。
いや、ふざけてるんじゃないんだよ。
こんなことでも考えなきゃ、とても耐えられない状況なんだ。だって、いきなりこんなファンタジーの対ドラゴン戦に巻き込まれて、平静でいられると思う? いっぺんやってみ? 無理だから。
料理人はさがったものの、逆からはマサカリ女戦士が来ている。
レイカちゃんはちょこまか動く二人の敵の相手で大忙し。
俺を庇うように前へ出たり、しっぽを振ったり、次はこうするからと注意を促したりしている。
邪魔にならないように、後方にいるしかない。
レイカちゃんがあの二人を倒さなければ、この戦いは終わらない。
俺にできるのは、頑張ってくれ、と祈るだけ。情けないけど、これが現実。なにも持ってないし、なにもできない。せいぜいお前ら汚ねえぞってヤジ飛ばすくらいだ。
「口が汚いですよ、熱田夕飛」
料理人に対してバーカって叫んだところで、妖精さんが俺に注意をしにきた。なんだ、これは紳士のスポーツだとでも?
「なんでもアリって言ってたじゃねえかよ!」
「その通りです。しかし、私は汚い言葉遣いが嫌いです」
勝手言いやがって! そう思った瞬間。
てっきり「警告」だけかと思ったら、俺は妖精さんに吹っ飛ばされてしまった。
ここはアウェー。すべては、敵に都合のいいように進む。水無たちの勝手なルールの中に、俺たちはいるんだ。
『夕飛様!』
吹っ飛んだ先は、レイカちゃんの前方。二人がかりでドラゴンに斬りかかってる現場のすぐ横だ。
胸がズクンってなった。
最強のブラックドラゴンだけど、俺を庇いながら二人の戦士をするのは、大変だったらしい。
巨大な体は、すっかり傷だらけになっていた。
腕とか、鼻のところとか、切り傷からは血が流れている。
「レイカちゃん!」
叫んでいる間にも、水無が巨大な斧を振り下ろしていた。それは爪で弾かれて、水色戦士は軽く吹き飛ばされたんだけど。
「おい、水無! お前なんなんだよ! なんでそんなにレイカちゃんを傷つけるんだ!」
受け身を取って、すぐに立ち上がり、異世界からやってきたアーナ・クレー・ウォルノーは俺を見てニヤリと笑う。
「倒すためだ」
また、胸がズクーンとなった。
そうだった。
ドラゴンテイマーだと思ってたのは勝手な思い込み。
ジャドーさんだって言ってたじゃないか。「多分、そうだろうというだけです」って。
ナッグースからやってきた戦士は、「ドラゴンスレイヤー」なんだ。まだドラゴンスレイヤーじゃなくて、ドラゴンスレイヤー志望か。
そんな些細な話はどうでもいい。
俺たちは勘違いしていた。凶悪な印象の八坂の方がドラゴンスレイヤーなんだって思ってた。ん? あいつもそうなのかもしれない? わかんねえ。だけどとにかく間違ってた。
今目の前に居るのは、手段を選ばない凶悪な戦士で。
ふっと頭に蘇る声。
「倒したから偉いっていう時代はもう終わるって思ってるし」
八坂の言葉はこう続く。「アイツもそうなんじゃねえの?」って。
なんで気が付かなかったんだ。イニヒさんは知ってたんじゃないか。水無が「ドラゴンスレイヤー」なんだって。
俺はあの言葉をドラゴンテイマーにも当てはまると思ってしまっていた。もう絶滅するかもしれない竜を従えたって、意味がないと感じているんじゃないのか。そんな風に勝手に変換して、これで解決だなんて思ってたんだ。
俺は本当に馬鹿だ。
今までに何度もそう思ってきたのに。
全然足りてない。
本当に底抜けの馬鹿で、間抜け。
ちゃんと考えているつもりで、すべてが解決に向かっているように都合よく考えているだけ!
異世界の人に自分たちの常識をあてはめても、正しい予測なんか出来るわけないのに。
情けなくて堪らない。
俺は、馬鹿だ。




