46 ・ 急 転
物語の始まりは、多分いつだって突然なんだと思う。
俺とレイカちゃんの出会いは「突然」だった。いきなり浮かび上がった魔法陣の中から現れるっていう、とんでもない展開から始まった。
そして、終わりも同じように、突然。
殿下が帰って、そこからはしばらく平穏な日々が続いてた。
悶々としつつも、普通の高校生として暮らしてた。
先に言っておくけど、ここまでの間に八坂との進展は特になし。あいつは時折俺の部屋にやってきたけど、たまにチュッてするくらいでそれ以上はしてないの。キスしてりゃ充分だろうって? まあ、そうだけど。ほんのり「それ以上」の期待をしてた身としては、生殺しだ。
麻子? 麻子はえっと……、その辺りは今は関係ない。後回しにしておく。
先に話さなきゃいけないことがあるし。
これから話すのは、レイカちゃんの壮大な異世界への旅の「おしまい」の部分。
彼女の旅は、突然、終わったんだ。
ファーストキッス強奪事件から一週間。
麻子とレイカちゃんは部活で、俺は一人で先に帰宅していた。
もしかしたらレイカちゃんは気が付いてたのかもしれないと思っていた。あれからジャドーさんも姿を見せない辺り、八坂との、ええと、チューを見られてたんだろうなって。心がグラグラしちゃってるのに、気が付かれていたんだろう。
なんとなく避けられてるような気がしていたんだ。
でももしかしたら、これで諦めてくれるんじゃないかなあと考えてた。
全然脈のない男を追うのはしんどいんじゃなかろうかとか、そんな風に。
思い違いも甚だしい、モテる男の気分でさ。
夕方、母ちゃんが呼ぶ声が響いた。
「夕飛ーっ!」
お客さんだよ、だって。誰か知っているなら、母ちゃんは必ず名前を言う。
八坂じゃないだろう。あいつは勝手に窓から入ってくるんだから。
麻子じゃないし、男の友達は大体名前がわかってる。レイカちゃんに関してはインパクトが強いから、初めてやってきた時に名前は一発で覚えてた。つまり、レイカちゃんでもない。
「誰?」
「知らないわよ、外で待つって」
プイっと顔をそむけているあたり、印象が良くないんだろうか。
誰だよと思いつつ、薄暗くなってきた外へ出る。
そこに居たのは、水無愛那だった。
先週偵察に行ったときに見た姿よりも、もっと派手になっている。完全にキャバ嬢に進化済み。かかとのたっかいピンヒールのブーツ、青いテラテラした素材のドレスの上に、ゴージャスなもこもこコートをまとっている。頭は明るい派手な茶髪で、盛りに盛っている。髪をグルグル巻いてソフトクリームみたいにして、更にキラキラしたアクセサリまでつけてる。
こりゃあ母ちゃんもなにかと思うだろうな。
「どうしたんだよ、なんか用?」
「ちょっと忘れ物しちゃって」
くいっと顎でさしたのは、デュランダーナ大瀬。ド派手なキャバ嬢には似合わない、ボロいアパートだ。
「取りに来たついでに、ちょっと挨拶したくて」
「挨拶?」
俺に? なんで?
「ちょっと時間、いいかしら?」
「ああ……、うん、いいけど」
俺に話があるとしたら、異世界関連だと思う。なにがあるのかわかんないけど、うふんって感じで笑う水無は完全に、なんていうか、ナンバーワンの風格ですよ。
今更、やっぱり俺の正体が気になってきたとか?
そんなの聞かれたって教えないけどね!
「あなたもいいかしら、伊勢さん」
驚いて振り返ると、そこにはレイカちゃんが立っていた。今帰ってきた、みっちみちセーラー服の覇王様。
「なんの用ですか?」
「それを話したいんだけど。熱田君はいいって言ったわよ」
ねえ、と水無が首を傾げると、しゃらりんと音が鳴った。首にかけられたチェーンの一番下で、ピンク色のハートの石が揺れている。
「夕飛さん!」
「え、なに?」
レイカちゃんが大真面目な顔で走ってきて、俺の手を取る。
「引っかかった!」
耳障りな声が響いたその瞬間、空間が歪んだ。
ジャドーさんに連れて行かれた「有事の部屋」。
あそこへ行く時と同じで、景色がぐにゃりと歪んでいく。
だけど、ついた場所は違う。ひたすらに冷たい石が並んだ部屋。床も壁も天井も、どこか絶望を感じさせる灰色一色の場所。高いところにある小さな窓には鉄格子が嵌っていて、ひどく寒々しい。
「なんだよ、ここ」
キョロキョロする俺の手を、レイカちゃんが強く掴む。
「試合を始めます。この試合に勝利した者は、敗者を自由にできる権利を得ます」
突然の声に、心臓がバクバクと鳴り始める。
アナウンスをしたのは、水無の隣に浮いている……妖精さんだった。
ジャドーさんと同じサイズの、羽根の生えた女の子。いや、子って言っていい年かどうかはわかんないけど。
なんだあれ。水無にもそんなオプションがついてたのか。全然聞いてない。ここに来たのも、あの妖精さんの力?
「この試合は二対二で行われます。それぞれ名乗りを」
俺の中の「ぽかーん」がますます大きくなっていく。二対二って、なんだ。それぞれ二人ずつで戦うって? それって、どういうカウントなの?
茫然としている俺に構わず、水無がずいっと前に出る。
「ナッグースの戦士、アーナ・クレー・ウォルノー」
ニヤリと笑ったかと思ったら、キャバ嬢が光った。眩しいその閃光が収まり、中から「真の姿」が現れる。
青みがかった軽めの鎧みたいのを着ている。ヤバイ。強そう。あと、多分貧乳。
髪は元通りの、青くて、馬鹿みたいに長いストレート。
手と足には例の、汗くさい革の装備。
そこまではいい。問題は、手に持ったデッカいデッカい斧だ。長い柄の先に、大きな刃が光ってる。
「竜の中で最も強いという黒き竜、私がその命を貰い受ける。覚悟しろ!」
えーっ?
口をあんぐりしてるばかりの俺に、水無……、もとい、アーナさんがニヤリと笑う。
まんまと騙されちゃって。
そんな表情。
そう、騙されていたんだ。
狙うのをやめたなんて、真っ赤なウソ。
更に次の瞬間、ますます俺の口は大きく、あんぐりさせられてしまう。
「ミルミーナ王国の宮廷料理人、ファイ・ファエット・ファムルー!」
えーっ!?
なに、しれーっとでて来てんのこの人! さりげなく、水無ちゃんの影から。しゃがんでたのか!?
手には懐かしい、巨大包丁持ってる。ちゃんと、二本持ってる。ヤバイよ。二人とも、得物がデカイ。完全に対クリーチャー用。
「そちらも名乗りを」
あっけにとられて茫然とする俺に構わず、敵の妖精さんは冷静な声でこう言って来た。
名乗り。名乗れって? 俺?
「もちろん、あなたもです」
二対二って、そういうカウントなのか。
アーナさんとファイ、バーサス、レイカちゃんと、……俺?
「名乗らないのですね。では確認です。イルデエアの黒き竜レイクメルトゥールと、熱田夕飛。間違いないですね?」
レイカちゃんが俺の前へ出る。力強く両手を広げ、そして叫んだ。
「夕飛さんはイルデエアの人間ではありません。戦闘もできない。この勝負は受けられません」
「いいや、承諾したはずだ。いいけど、と、そいつはハッキリ言った」
「わたくしは承諾していない!」
「そいつの手を取っただろう。なにが起きるかわかっていてそうした。つまり、お前も承諾した」
いいけどって、「ちょっといい?」に対しての返事か。
ちょっと(戦ってもらって)いい? って話だとわかっていたら、ちゃんと断ってたぞ!
「略しすぎだろ!?」
「略してなどいない。いいかと聞いて、お前はいいと答えた。承諾だ」
背筋を冷たいものが走っていく。
それは、本当に、冷たい声だったから。




