45 ・ 罪 悪 感
次の日の夕方、電車に乗って月浜駅まで出かけた。
この辺じゃあ一番デカい、オフィスも繁華街も揃った街に降り立つ。あんまり来ないところだから緊張するし、地理もよくわかっていない。
ムーンナイトガールズ壱号館、か。
八坂を信用していないのかと言われると、その通り。だって、信用する理由がないんだ。妙に懐かれているような感じだけど、それがなぜなのか何回聞いても判明しないんだから。
だから、一応確認しにね。事前にネットで検索して、店の大体の場所は把握してある。
時間はまだ開店前で、とりあえず様子を見てみようかなと。
高校生には似合わない街並みを抜けて、いかがわしい駅の裏の方へ。
店の位置はすぐにわかった。大人向けの店が立ち並ぶ通りの一番手前、立地の良さそうな場所にあったから。
ついでに水無が本当にこの店で働いているのもわかった。店の上の方にある看板の端っこに、ちゃんといたから。
だいぶ変わってるけど、水無で間違いない。ド派手なメイクしてるけどちゃんとわかる。ああ、ホントに働いてるんだなあって、変な気分。ちょっと前まで同じクラスで授業受けてた、異世界からやってきたドラゴンテイマー見習いだったっていうのに……。
近くのファーストフードで少し時間を潰して、開店時間三十分前にまた店の前へ。っていっても、物陰からこっそり見てるだけなんだけど。
そうしたら来た。
サラリーマン風の男と腕を組んできゃはきゃは笑う、水無愛那の姿が見えた。
「ねえ君、高校生なんじゃないの?」
突如後ろからかかった声に、もう本当にビックリした。びくーんと体を硬直させて、振り返るとそこには笑顔の男。なんと俺の担任葉山っちがいてだね。
「はっ……」
「なにやってんだ熱田、こんな時間にこんなところで」
口がうまく動かない。パクパクしちゃって。
「なんてな。水無がそこで働いてるって、知ってるんだろ?」
「ええ……っと、はい」
肩をポンポンと叩かれながら、裏通りから出る。
先生はこれから友達と待ち合わせをしているんだそうな。そのついでに、転校してきたと思いきや突然退学してしまった元生徒が気になって、俺と同じように偵察しにきたと。そう話してくれた。
「気になって当然だよな、いきなりキャバ嬢じゃ」
「はい、まあ、ええ」
「隣に住んでたんだろう? 伊勢と八坂も同じアパートだったよな」
やっぱりライトニングは忘れられてるんだなあ、ってまず思う。
「仲良さそうだもんな、伊勢とも八坂とも。水無とも付き合いがあったのか?」
先生からもそういう認識なんだなって次に考えて、ちょっとヘコむ。
「いやー、そうでもないんですけど」
「人生色々だな、まあ、こんなこともあるだろ。もし会いたいなら昼間にしておけよ。夜にこんな場所出歩くのはもうやめておいて、な」
駅まで歩いている間に、まっすぐ帰る約束をさせられてしまった。
なんていいますか、葉山っち、いい先生ですよね。
改札前で、先生は友達だっていうすげえイケメンと一緒に去って行った。
電車に揺られながら考える。
俺がファイ・ファエット・ファムルーの店に行ったり、水無のキャバクラ勤務が本当かどうか見に行った理由。
それは、イルデエアから来た人の動向が本当なのかどうか知りたいっていう気持ちがあるからなんだけど、それは本当なんだけど、それよりも。
一番の大問題から逃げてるからじゃないのかなって。
レイカちゃんから熱い愛情を向けられるのは、正直しんどい。
レイカちゃんがいい子だからこそ、余計にしんどい。
レイカちゃんはまっすぐだ。それに、純粋なんだろうと思う。
俺の事を好きなのは竜精があるからなんだろうけど、それに加えて「幼い」っていうのもあると思うんだ。まだ反抗期を迎える前の、純粋な子供らしいまっすぐさがあるせいじゃないかって。
辛い。
レイカちゃんはいい子だけど、恋とかはマジで無理。
ジャドーさんが言ったように、時間が解決するなんてありえるだろうか。今、こんなにしんどいのに。
恋愛って、「好きになって」って強いられるものじゃないはず。
そう、思うんだ。俺は麻子の方がやっぱり好きだし、正直言うと八坂がもう一歩踏み込んで来たら即落ちる自信がある。こういう場合は自信って言わないか。馬鹿だな俺。
ただ、とりあえず、命を狙われている危機が遠のいたのは良かったと思っている。
レイカちゃんが負けるとも思えないけど、戦いなんて物騒な展開は、わざわざ異世界からやってきたんだから、無い方がいいと思うんだ。
うん、詰んでる。今の俺、完全に詰んでる。
恋なんて無理だし、だけど、可能性はゼロだからさっさと帰れって追い返す冷たさもないし。
だから、時間が経つのをただ待つのか。
だけど、何年過ぎても今のまんまなんて、あり得るだろうか?
悶々としながら眠り、次の日の朝。
ベッドの中には、ごく自然な感じで八坂が寝てた。
「おうっ!?」
状況確認! 着衣の乱れなし! 布団の激しい乱れもなし! 明らかに「なにかありました」って感じの物証も……なーし!
「アツタ、おはよー」
「おはよーじゃねえよ! 馬鹿、なに勝手に人のベッドに入り込んでんだよ!」
叫んでから、慌てて口を押えた。自分のね。怒鳴ったりしたら父ちゃんとか母ちゃんに聞こえちゃうでしょう?
「理由なんかねえよ。入りたかったから入った。悪いか?」
悪いですよ。悪いですよ。だってほら、大変じゃん。色々と。
朝うっかり両親に見つかったりとか、寝てる間にほら、夢かと思って触っちゃったりするかもしれないだろう?
まったくもう、とプンスカしている俺に対して、八坂はベッドの上でゴロゴロしている。部屋の主よりくつろいでいるな、貴様。
「昨日、確認しにいっただろ、お前」
「え?」
「水無だよ。アタシの言ったことがホントかどうか、見に行ったんだろ?」
はい、そうです。
ちょっと不満そうに頬をぷうっと膨らませているイニヒさん。
なんで最近、そんなに可愛い感じなんですか、俺の前では。
「信じてもらえてなかったのかなって思って」
うわ、いじいじしてる。下向いていじいじしてる。
「そんなことない、よ」
信じるとか信じないとかの前に、俺がやっているのは逃避。
多分この時、俺はすごく、嫌だったんだと思う。
自分のこの逃げの姿勢がカッコ悪いな、って思ってたんだ。
で、しゅんとしたもんだから。多分、そのせいだと思うんだけどね。
八坂がまたピッタリとくっついてきたわけ。
ぎゅっと抱き付いてきたの。真正面から。
おかしな話なんだ。段々俺も、八坂がベタベタするのに慣れてきちゃってて。また、鼻をペロってされるんだと思っちゃってたの。
不意打ちだよな。
キスしてくるとか。
ぎゅうっと、ふわっと、鼻の先と唇が触れてきたんだ。
慌てる前に、すぐに八坂は離れていった。
茫然とする俺に、イニヒさんはニヤリと笑ってこう言った。
「この方が嬉しいんだろ、こっちの男は」
ファーストキッスですよ、イニヒさん。
こともなげに言ってるけど。
だけど、全然怒ったりとかできなかった。
だって、すごく……、その、良かったからさ。
くそ、なんて言ったらいいんだろ。好きじゃない女の子相手でも、全然腹が立たないんだなって不思議な気分になって。
突然のラブ攻撃を終えると、八坂はいつも通り窓から出て行った。
俺はぼーっとしながら、いつも通り朝の支度を進めていって。
その間に気が付いたんだけど。
俺、八坂が好きじゃなく、ない。もう怖くないし。
次に迫られたら、押し倒しちゃうかもしれない。




