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44 ・ 斥 候

 次の日の朝、ビックリした。

 殿下はもう帰っちゃったんだって。イルデエアへ。


「え、マジで? 挨拶もなしに?」

 家の前でレイカちゃんに言われて、戸惑うばかり。

「夕飛さんの顔を見たら、帰れなくなると思ったのではないですか?」

「レイカちゃんは見送ったの?」

「ええ」


 そうか。レイカちゃんにはまだ会える可能性があるんだもんな。

 むしろ張り切って働いたら、帰ってきたレイカちゃんに熱烈に感謝されるかもしれない展開だ。

 あれ? 俺には二度と会えないんだから、ちゃんとさよならすべきなんじゃない?


 って考えてる自分がおっかねえなあって、苦笑してしまった。

 すっかりなじんでたな、殿下。俺の生活に! 大迷惑だったはずなのに。


 で、今朝一緒に登校する仲間は、レイカちゃんと麻子だけ。

「おはよう夕飛、レイカちゃん」

 可愛い幼馴染はキョロキョロしてから、きょとんとした顔で首を傾げた。

「ねえ夕飛、八坂さんどうしたの? まだ具合悪いの?」

「え、いや、わかんないけど」

「彼女なのに?」

「彼女じゃねえし」

 八坂は水無の話をした時以来、姿を見ない。マジで調査に出かけているのだろうか、俺も正直言って不思議に思ってる。

「じゃあ行こ。レイカちゃん、今日、完成するといいね」

 

 あっれー? 殿下はスルーなの?


『記憶から抜けているってやつですー』

 でたな、脳内解説員。

 抜けちゃうの? 俺は例外?

『イルデエアから来た者とー、夕飛様だけが覚えていますよー』

 そうなのか。あれ、じゃあ、麻子はまだ恋は未体験な状態?

『その言い方、いやらしいですー』

 いやらしくないだろ別に。意地の悪い妖精さんだ。


 通学の時間の流れはとても穏やかだった。

 殿下と八坂、二人の緊張感発生器がいないだけでこんなに穏やかになるなんてね。


 麻子とレイカちゃんは部活で制作中の作品の話をしているらしい。

「なに作ってんの?」

「内緒だよ」

 なんだよ麻子、可愛いな。

「内緒です」

 同じセリフなのに、こっちはド迫力。レイカちゃん編み物が得意なんだっけ。ドラゴンって編み物するの? いやでも、十歳の女の子なんだもんな……。そう考えると普通なのかもしれない?


 日常生活が過ぎていく。

 急に普通に戻ったような空気。なんか変な感じ。突然すぎるし、都合がよすぎる気がする。

『私たちには嬉しい展開ですけどねー』

 と、ジャドーさんは言う。

『あのラーナ殿下がマトモになったなんて奇跡としかいいようがありませんしー、邪魔する者がいないのですからー、レイクメルトゥールとの愛を深めて頂きたいのですー』

 ああそうか。平穏なんて夢のまた夢なんだった。

 浮き彫りになった「本来の目的」になんだかゾワゾワっと、寒気がね。

 だってレイカちゃん十歳なんだろ。どこの光源氏だよ、俺は。

『短期決戦ではなくー、長期で考えてはいかがですかー? あと四、五年愛を育んでいくつもりでいけばー、ちょうどいいんじゃないでしょうかー』

 

 あと五年で、レイカちゃんどれくらいのサイズになっちゃうの? 今だって人類最強のオーラ出ちゃってるのに、これ以上育ったらどうなんのよ。ますます無理だよ。


『では、短期決戦でいきますかー』

 うぐぐ。


 確かに、レイカちゃんは十歳だというが、見た目は別におロリロリなわけじゃない。中身だってマトモで、俺が好きでもないのにムニャムニャしなきゃいけないってわけでもない。

 あとは俺の心一つ。

 そのプレッシャーが重たくて耐えられねえ!


 レイカちゃんとなんてマジで無理だから、帰ってくれ、っていう考え。

 それを口にしても許されるのかどうか。


『聞こえてますけどー』

 だだ漏れでした。

『それはいつか時が解決しますからー』

 そうかなあ。そんな風になれるかなあ。


 ちらりと振り返ると、教室の一番後ろに大人しく座って授業を受けている覇王の姿があった。

 俺が見ているのに気が付いて、にっこり。そして、恥ずかしそうに目を伏せる。

 仕草とかはホント、可愛いんだけどな。恥ずかしがりやさんって感じで。


 十歳か。十歳の異世界からきたドラゴンちゃんが、頑張って高校に潜り込んでこうやって授業まで受けて、最初はビビりまくってたクラスメイトとも上手くやって、体育祭にも頑張って参加してるんだなあ。俺と仲良くなりたいってだけで、すごく努力してるんだろうなあ。

 高校の授業なんかわかるんだろうか。

 けなげな少女じゃありませんか……。


 

 複雑な気持ちを腹の中でかき混ぜながら、一日を過ごす。

 妙に疲れた気分で帰宅すると、部屋の中には獣が一匹待っていた。

「おせえよ!」

 それは怒ったような口調と言葉だったんだけど、アクションは「抱き付く」だった。こんな真似するヤツは当然一人しかいない。もちろん、イニヒさんで間違いない。

 ぎゅうっと抱き付いてきて胸のあたりにスリスリ。可愛いじゃねえかと思うけど、なんかちょっと臭いがする。風呂に入ってませんよ的な。

「どこ行ってたの?」

「どこって、お前が水無探してほしいって言ったんだろ?」

 探してたんだ、やっぱり。

「見つけたぜ、水無のヤツ」

「ホントに?」

「お前に嘘つくわけないだろ?」

 え、そうなの? 俺と八坂ってどういう関係なのか、誰か簡潔に教えてくれまいか。

 なんて思ってたら、鼻の頭をまたペロンとされてしまった。

 イニヒさんはえへへって笑ってる。くそう、なんだこれは! 可愛いじゃないか!

 照れ悶える俺に向かって、八坂は自分の鼻をツンツンさしている。

 ペロっとしろということか。もしかして。


 葛藤。といきたいところなんだけど、妙な可愛らしさに負けて、俺も八坂の鼻の頭を舐めてしまった。そうしたらまた、嬉しそうにえへえへし出すんだこれが。

「あのなあ、水無のヤツ、月浜ってところに住んでたぜ。どの店で働いてるかもちゃんとわかったからな」

 得意げに張った胸がデカい。


 調査の結果を教えてもらう前に、とりあえずひとっ風呂浴びてきてもらおう。



 八坂は家ではスウェットを愛用しているらしい。

 あと、俺の部屋への出入りは基本的に窓からっていう決まりがあるらしい。

「月浜の駅の裏にある、ムーンナイトガールズ壱号館って店だぜ」

「お前、どうやって水無を探したんだ?」

「そんなの、決まってんだろ」

 得意顔の後に続く説明はない。察しろってか? 聞き込みとか、地道な捜索をこの子はしたんだろうか。

「昼間はあんまり出歩かなくて、夜になると出勤してるぜ、オッサンと一緒に」

「そうなんだ」

 ガチでキャバ嬢になったのか。あの時の言葉が本当なら、稼ぐために気合を入れているのかもしれないけど。


「なあ八坂、水無は元々レイカちゃんを狙って来たはずなんだ。それがあんなに簡単に諦めて、この世界で楽しく暮らしたいっていうのは……どうなんだろう?」

「そんなのわかんねえよ。アタシはアイツじゃないんだから」

 それは御尤もですけどね。

「んー、でも、レイクメルトゥールは信じられないくらい強いだろ。アタシは手も足も出なかった。本当はわかってたんだ、最初から。だって、人型の時だって滲み出てるだろ?」

 

 やっぱ滲んでるんだな、さすが覇王だ。

「ドラゴンはもう残りが少ないっていうのは皆わかってるんだよ。倒したから偉いっていう時代はもう終わるって思ってるし、アイツもそうなんじゃねえの?」


 イルデエアの人たちも、絶滅の気配には気が付いてるんだな。

 でも、あんまり気にしてないのか? ドライだな……、異世界の人達って。


 それなら、ドラゴンテイマーも時代遅れの職業になっちゃうのかな。

 水無にももう、戦う理由はないのかもしれない。

 

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