43 ・ 友 情
水無の調査に行ったイニヒさんが帰って来ません。
学校にも来ないし、アパートにも戻ってない様子。
なにをやっているのか軽く心配なんだけど、それは都合のいい展開でもあり――。
日曜日、俺は王子様と覇王様と一緒に海の近くにある遊園地に来ていた。
来てから思ったんだ。すごい見た目のトリオだなって。
金髪碧眼のキラキラ貴族と、ゴッツイ盛り盛りの格闘家、そして、平凡ここに極まれりの俺。
同級生なんだ、って感じが皆無。とにかく、学友っていう雰囲気が皆無、そんな雰囲気ゼロ。って、窓ガラスに映った姿を見て思った。
でも、見た目については今日は気にしない。ざわつく周囲は放っておいて、三人であちこちまわってみた。
お化け屋敷に入ったりとか、ジェットコースターに乗ったりとか、コーヒーカップを回したりとか。
もちろん、各所でアクシデントが起きたさ。オバケがレイカちゃんに殴り倒されたり、ジェットコースターで殿下が失神したり、コーヒーカップを回し過ぎて降りた途端殿下が吐いたり。
顔面蒼白のラーナ様を気遣いつつ、後半からはクールダウン。
遊園地って、必ずゲームコーナーがあるじゃない? 射的とか、輪投げとかで景品とる的なものがズラズラ並んでいるエリアが。
そこに差し掛かって、突然声があがった。
「あっ!」
それは殿下の声で、目を見開いているその先にはデカいフィギュアが鎮座している。
なるほど。ドラゴンのフィギュアだ。最近人気のゲーム「クリーチャーズ・クリティカル」のキャラクターらしい。
「あれは、なんだい熱田君」
「フィギュアだよ。置物」
ボールを投げて的に当てて点数を稼ぐゲームの景品になっているそれを、殿下はよだれをちらっと垂らしながら見つめている。欲しいのか。欲しそうだ。
「このゲームやって、うまくいったらもらえるんだよ。やってみる?」
うんうんうんうん、とヘッドバンキングしながら答える王子様。
ちなみに今日の遊興費は、俺が夏休みの間にしてたバイト代から出ている。いい奴でしょ、俺って。
ところで、殿下の運動神経はイマイチ良くないらしい。狙えど狙えど、ボールは的に当たらない。笑えるレベル。
「しょうがないなあ」
しょぼんとしおれる殿下に代わって、俺がチャレンジ。とはいえ、別に腕に自信があるわけじゃないけど。
係のお姉さんからもらったボールを受け取り、狙う。デカいフィギュアをもらうのに必要な点数は結構高くて、ミスが許されない感じ。うん、俺、やれる自信がない。
非売品のフィギュアだし、取ってやりたいよなあって思うんだ。ゲームセンターとかに行けばあるかもしれないけど、クレーンゲームとかの類も得意じゃないし。誰かやれる奴がいるかな。頼んだら取ってきてもらえるかな。なんなら、ネットオークションとかで探してもいいかもしれない。
そんなネガティブな思考に流されつつ、投げる。
すると殿下への愛情がパワーを発揮したのか、投げたボールはことごとく的に当たった。笑えるくらい、百発百中、お姉さんも「わあ」って顔をしている。
最終的に全部的に当てて、フィギュアは俺の腕の中。
「すごいです、夕飛さん」
レイカちゃんは微笑んでいる。
俺は、レイカちゃんに頼んだら、剛速球ですべての的をなぎ倒してくれるんじゃないかって思ってたんだけど。
「はは、すごいでしょ。まぐれだけど」
不思議な気分で、銀色のドラゴン像を殿下に渡す。
「いいのかい、熱田君」
「いいに決まってるだろ?」
俺はこんなの要らないし、殿下は呆れる程ドラゴンが好きなんだから。
けど、このフィギュアが欲しかった理由は別なところにあったらしい。
「どうしたんだよ、泣いてんの?」
殿下、また泣いてる! お蔭で周りの人がざわざわしちゃってる。
金髪の素敵男子を泣かす、普通の男子高校生と覇王。この三人がどういう関係で今どういう状況なのか、確かにそこらの一般人にはわかるまい。
うぐうぐする殿下を連れて、ベンチに座らせる。
フィギュアを抱いて涙をポロポロさせている理由は、こんなものだった。
「これは、セレイブレーイヴンに本当によく似ている」
ちょっと細めの長い首。トゲトゲしたしっぽ。
ゲームの中ではどのくらいの強さの、どんな扱いだったかな、このドラゴンって。
「イルデエアとこの世界は、どこかで繋がっているのかもしれない。こんなによく似ているなんて、不思議じゃないか」
そう言われると確かに不思議かも。だって、ドラゴンなんて地球上にはいないんだから。
だけど結構、好きな人多いよな。ファンタジーっていったらドラゴン。強いモンスターっていったらドラゴンだし。
「熱田君ありがとう。私はこれを大切にするよ」
そう言うと殿下は、自分の手にはめていた指輪をはずして、そっと俺の手を取った。
「お礼にこれを」
左手の、しかもまんまと薬指に、それをスーッ。
「ちょっと!?」
「ふわっ?」
俺はかなり焦ったんだけど、うん、まあ、イルデエアの人には「左手の薬指」は特別な場所じゃなかったようで。
「そんな意味があったとは、それは済まなかった」
やめてよ、赤くなるのは。
殿下の指輪はシルバーっぽい輝きで、キラキラしてる。ちょっと角ばった大き目のリングを指につけるのはなんとなく抵抗があって、俺はそれを外して、ポケットの中にしまった。
日が暮れてから家に帰って、一休み。
遊園地なんか久しぶりだった。親と行くのはもういい年になって、次に行くとしたらデート目的だろうって思ってたんだけど。
ポケットから指輪を取出し、机の上に置く。
外だとピカピカしてるなあってくらいしかわからなかったけど、よく見たらなんだか、高級そうな様子。小さなキラキラの石が嵌ってるけどなんだろう。しかもこれ、「異世界製」なんだよな。素材はなんだ? どこかで落として、誰かが拾って大騒ぎとかになったら困るな。
『それには災い除けの効果がありますよー』
キラリンッと目の前にジャドーさんが現れる。
「災い除け?」
「そうですー。腐っても王族ってやつですねー」
ひどいなジャドーさん。
「身につけておかれると吉とみましたー」
ホントかよ? とはいえ、やっぱり指にはめるのはなあ。サイズ的に薬指なんだけど、今の俺が突然指輪とかどうよ。勘違いと嫉妬の嵐にもみくちゃにされちゃうでしょ。
「ではー、ネックレスにしたらどうですかー? チェーンに通して首にしておくとかー」
チャラいなあ! すごくチャラい感じですけどそれ。
「駄目ですかー?」
あんまり。
アクセサリをつけるキャラじゃないもんな、俺って。
落ち着いた輝きを放つ指輪を見つめながら、どうしようか考える。
「夕飛様ー」
「なに?」
「レイクメルトゥールが感謝していましたよー」
何をだい、ジャドー君。
「今日はとても楽しかったとー。それに、ラーナ様があれほど頼もしくなったのは、夕飛様のお蔭だとー」
「頼もしくって?」
「イルデエアに戻って、竜たちを守ろうとしてくれていますー」
「ああ」
「それにー、殿下と友人になってくれてー、夕飛様はなんとお優しい方だろうかとー」
なったのかな? 大体、仕方なくだけどね。勘違いと勢いに呑まれた結果、こうなっただけの話だと思う。
ジャドーさんが、にっこりほほ笑むのが見えた。
それで、俺があの時百発百中だった理由がわかった。妖精さんの力だったんだな。
もう一度指輪を見つめる。
災いを避ける力、か。
悩んだ挙句、結局ジャドーさんの言った通り、俺は指輪を首からさげることにした。
チェーンじゃなくて、ヒモに通して。




