42 ・ 計 画
俺がしないといけないのは、殿下と帰還計画について話し合い。
だからデュランダーナ大瀬へ行かなくてはならない。しかし。
「なあアツタ、どこかに遊びに行こうぜ!」
俺の右腕にしがみつく可愛い子猫ちゃんがだね。
赤い髪で、秋も深くなってきたというのにヘソだし半袖ミニスカセーラー服の女の子がだね。
なんて言い訳を考えているうちに、背筋に冷たいものが走った。
なんだろう。誰だ。心当たりが三人くらいいる。
どうしよう。殿下との話し合いは必要だ。しかし、八坂を連れていくわけにはいかない。
俺としては若干、いや、正直に言うと嬉しい事態だ。敵対的からのベタ惚れという、殿下と同じ道を歩んでいる様子。そうなった理由はよくわからないから困ってはいるけど。
だからこそ、連れていくわけにはいかない。ジャドーさんに言われた、「レイカちゃんのハートブレイク」を思うと流石に、目の前でデレデレするわけにはいかないよなと。怒ってまたボカーンってなるかもしれないし。
だが、八坂を撒くのは難しい。なにせベッタベッタ絡み付くみたいにしてくるからね。もちろん、周囲の視線は厳しいですよ。あれー、熱田君ってやっぱりリア充だったんだねー、ふーんそうなんだー。今年のクリスマス楽しみなんだろうねー、ふーん、みたいな感じで刺さる。
「なあアツタ、遊びに行こうぜ!」
ルンルンでこう言ってくるイニヒさんをどうすべきか。
「今日はちょっと、用があるんだ」
「なんだよ。アタシも連れて行ってくれよ。大人しくしてるから」
もしもそれが本当だとしても、同席する残りの三人が落ち着かねえよ。
「なあアツタ、ホントに、アツタの言うとおりにするからさあ」
俺の腕を掴んで揺らしながら、ちょっと拗ねたような顔で言う八坂。うん。どーしたんだ。なんでそんなに急にラブリーになっちまったんだ。
「昨日のアレ、どういう意味だったんだ?」
「アレって?」
「それは」
言えねえ。教室で言えるわけがねえ。お前と鼻の頭ペロペロしあった理由を教えてとか、言える程強いハートを持ってねえ。
だってほら、周りの男子生徒の耳がこっちに向けられている気がするもの。
「なあ八坂、お前、水無の行方ってわかんないの?」
「はあ? 知らねえよ。赤の他人だって言っただろ?」
なんか変な感じだ。赤いのはお前の方だろっていうだけなんだけど。
「なんで水無が気になるんだよ。別にいいじゃねえか、あんな女放っておけば」
「うん、まあ」
いや、放っておけない。
「あいつが本当に水商売なんかやってるのか、確認しておきたいんだよ」
俺がぼそっと言うと、八坂は妙に真面目な顔をして、ぐっと近づいてきた。
「なんで?」
「え? いや」
結局、教室で出来る話じゃないんだよな。ドラゴン狙うのやめたとかなんとか。と、躊躇していたら。
「お前、あいつともヤッたのか?」
バーンとね。バーンと机をたたきながら八坂が叫んだわけ。
「ヤッた」って言葉の破壊力、ハンパねえ。八坂の「ヤッた」が指すのはお鼻ペロリンコなんだけど、健全な高校生たちがそう思うはずないでしょう?
どよめく教室、刺さる視線、噴き出す汗。いやあ、青春だねえ。
泣きそうな気分で、八坂を連れて帰宅。
仕方がないのでイチから話した。水無の変化について。彼女が話したことがすべて本当なのかどうか、確認したいって。
「なるほど。あいつが遊びほうけてるってわかったら、アツタは安心なんだな?」
「うん、まあ」
「わかった。アタシが調べてきてやるよ。キャバクラ? ってところにいるんだろ?」
キャバクラったって、どこのかはわからないんだぞ。そう伝える前に、八坂は窓から飛び出して行ってしまった。
急に俺の忠犬のようになってしまったイニヒさんを、どうしたものか。
悩ましい状態に変わりはないし、よく考えてみたらヤツを信じていいのかどうか。
しかし、連絡手段もない。携帯電話とか、もってなさそうだし。
すごい勢いで出て行った八坂を追う術もないので、なんとか気を取り直してデュランダーナ大瀬へ向かった。
殿下の部屋を訪ねると、なんとなーく嫌なムード。
「熱田君、来たのか」
王子様の視線はちょっと厳しく、レイカちゃんは珍しく口を噤んだまま。
「そりゃ来るよ」
約束したんだから来るさ。君たちの心象が悪かろうからといって来ないなんて、あんまりじゃない?
殿下とレイカちゃんのドラゴン保護区計画はあんまり話が進んでいない。
実際にどこでどうするのか、実現できるかどうかがわかんないからなんだろう。イルデエアに戻ってからのラーナ殿下がどれくらい動くかで決まる。
殿下はすごく、真面目だった。イルデエアに戻る話が出てからは変態部分を封印して、どうするのがドラゴンたちにとって一番いいのかを真剣に考えている様子。ジャドーさんも黙ってちゃんと聞いてる。
あとはもう戻るだけって、殿下もわかってるんだろう。
だけどレイカちゃんとは次にいつ会えるかわかんないし、俺ことセレイブレーイヴンとは永遠にお別れ。そんなセンチメンタルが後ろ髪を引いている。
「なあ、あのさあ」
沈黙を多分に含んだ会議の中、切り出す。
「なんだい熱田君」
「えっと、殿下、どこかに一緒に遊びに行かない? レイカちゃんも」
俺の提案に二人はきょとんとした表情を浮かべている。
「せっかくはるばる世界を渡って来たんだから、楽しい思い出ができたらいいかなって思うんだ。行ってみたい場所とか、ない?」
しばらくの間、二人はぽかんとした顔のままだった。
そして、殿下がふわあーっと表情を緩ませてこう言った。
「熱田君……」
「うん」
くるりと振り返り、ガサゴソとなにかを漁っている。
殿下の部屋にはシンプルなベッドとテーブルが置かれている。形はシンプルだけど、布団は妙に立派。テカテカ、ツヤツヤしてる。あと、分厚い。
「ここに行ってみたい」
前に差し出されたのは雑誌で、開かれたページには遊園地の紹介が載っていた。っていうか殿下、こんな情報誌見てたりしたのね。
「ここに行くと面白いのだと誰かが話していた。一緒に行きませんかと誘われたんだ」
なるほど。金髪のイケメンとデートしたい誰かが吹き込んだんだな。
遊園地に行きたいなんて殿下、ちょっと可愛いな。
レイカちゃんに目を向けると、慌てた様子で顔をそむけられてしまった。
「レイカちゃん、殿下と一緒に出掛けよう」
もちろん、俺も行くよと笑顔を作ってみる。
しばらく俯いたままだった。けど、その顔はぱっとあがった。
わあ。ほっぺ真っ赤。
「わかりました。ラーナ様にはお世話になりましたし、夕飛様もご一緒なら……」
顔をカッカさせながら、もじもじと答える十歳の女の子。俺のことが大好きでたまらないらしい。
様子だけを箇条書きで抜き出してみると、すごく可愛い。
「じゃあ、次の日曜に行こうよ。弁当持ってさ」
二人が嬉しそうな顔で頷いている。
さて、弁当どうしよう。買えばいいのかな。
そして心の中に生まれた、ちょっとした燻り。
八坂がついてこないかどうかっていうのと、あと、麻子を誘うべきかどうか。
恋しい殿下とはもう二度と会えない。お引越ししましたって話になるだろうけど、地球上にはもういなくなる。
ホントに初恋だったのなら、いきなりいなくなっちゃうなんて寂しいかなって思うんだ。
そんなお膳立てする義理は俺にはないんだけど。好き合っているんじゃないし。
大体麻子が一緒に来ても、殿下の視線は俺かレイカちゃんに向きっぱなしでスルー気味だし。
うん。やっぱ、いいや。




