40 ・ 女 子 力
満腹になって帰宅。の前に、デュランダーナ大瀬へ。
入ったのは殿下の部屋。殿下は大好きな黒い竜と一緒。ドラゴンを守る為にどういう方法を取るべきか話し合っている。
「夕飛様」
「熱田君!」
二人とも嬉しそうな顔。
お土産に肉まん買って来たんだけど、殿下はこれを喜ぶだろうか。親友の仇が作ったんだけど。
「今、ケルバナックへの避難を考えてはどうかと話していたんだ。もちろん、父上の許可を頂かなければならないのだが……」
キビキビと話す殿下の顔は珍しく知的な輝きを放っている。しかし、レイカちゃんはちょっと冴えない様子。
「移住するのは嫌か?」
「……竜の山はわたくしたちにとって大切な場所なのです」
しゅんとした覇王の言葉が途切れる。
そりゃそうだよな。生まれ育った場所を捨てろって言われて、OKってすぐに応じる奴がいるかって話だ。いるかもしれないけど。俺もすごく素敵な豪邸を用意されたら、飛びつくかもしれないけど。
「レイクメルトゥール、君たちが住みやすい場所にするよ。できる限りの力を尽くすと誓う」
「ええ」
殿下はこれでもかって程の優しい眼差し。けど、レイカちゃんの視線は下がりっぱなしだ。
竜の山か。何かあるのかな。ドラゴンにとって大事なものが隠されているとか。
『よくわかりましたねー。本当にセレイブレーイヴンの生まれ変わりなのでしょうかー?』
そんなの知らないよ。
『あ、よく考えたらそれはありませんでしたー。セレイブレーイヴンが死んだのは十二年前ですしー』
なるほど、俺は十七だもんな。致命的なズレだ。
十二年前か。殿下は家出した時何歳だったんだろう。
その時、殿下はレイカちゃんには会わなかったのか?
『会ってませんねー。レイクメルトゥールはまだ生まれておりませんでしたからー』
はい?
レイカちゃん、いくつなの?
『十歳ですー』
オゥ。
オー
マイ
ガッ !
レイカちゃん十歳だったの? 発育良すぎない? 俺より七つも年下なの? そんな子と契るとか俺どんだけロリロリロリロリ
『夕飛様ー、落ち着いて下さいー。竜と人間とでは育つ速さが違うのですー、多分ー』
意識がホワイトアウトしたまま、気が付いたら自分の部屋に居た。
どうやって戻って来て、風呂に入ったのか。全然覚えてないんですけど。
なによ十歳って。レイカちゃん、小学生だったの?
背負えるランドセルないだろうなあ。とか、色々。
浮かんでは弾けるくだらない考えの中でブクブク溺れて、そして、ぐったり。
ドラゴンの未来の為の決意の旅。最強と言われる黒だったからってだけじゃなくて、若いからって理由があったんじゃないか、レイカちゃんがここへやって来たのは。
あのけなげさは幼なさゆえなのだろうか、なんて考えが浮かんできて、自分でもよくわからないけど涙が出てきた。礼儀正しく良識的で、誰にでも優しい女の子。
俺はホントに、見た目にとらわれっぱなしだったんだなあって。
だからって明日から「可愛い女の子」扱いはできないんだけど。だってほら、やっぱり、俺よりもかなりデカくて分厚い覇王様だから……。
頭の中がごちゃごちゃしてて、眠れない。
何度も寝返り打って、無理やり目を閉じて、ようやくやってきたまどろみの中で考える。
ドラゴンの平均寿命が何歳かわからないけど。やっぱり、レイカちゃんが命を落とすような展開はなしにしなきゃいけない。未来のある若者なんだから。俺も若者だから、こんな言葉使うのはちょっと変なんだけど。
妙な感じの、俺の中に湧いてきた使命感。
使命感だと思うんだけど、すごく持て余してる。
いつの間にか眠っていたらしい。ぱっと目を開けて、それに気が付いた。
腹のあたりが重たくって、寝苦しい。
その理由は、悩み深いからっていう精神的なものじゃなくて、誰かが乗っていたからだった。
「うわ!」
即、口が塞がれる。
こんな真似してくるヤツの心当たりは一人しかいない。真夜中の暗い部屋の中、浮かび上がってきたシルエットはズバリ正解! 八坂さんでしたー。わーい!
じゃねえよ。
「静かに。気が付かれるだろ?」
誰にだよ。父ちゃんか、母ちゃんか、レイカちゃんか? うん、全員気が付かれたらマズイ。
慌ててうんうん頷いて、手を離してもらう。薄暗い中に現れた赤い髪の美女が、俺の上にまたがってる。エローい。すごくエローい。
「なんの用?」
「なんの用じゃねえよ、アツタ、馬鹿」
跨った姿勢のまま、俺の額をペッチーンと叩くヤサカビッチ。
「オマエ、いつになったらここ、舐めるんだよ」
彼女が指差しているのは、自分のへその下のところ。
そういえばこの間も言ってたな。家の前で。絹ちゃんに目撃された時。
「あの、舐めるってどういう?」
「しらばっくれやがって。こっちはオマエの鼻まで舐めてんだぞ?」
どういうことなの。鼻の方がすごいわけ?
「いいから、ホラ。やれよ」
ええーっ?
八坂は、寝巻替わりなのかグレーのスウェットを着てる。上をぺろーんとめくりあげ、下をずるっとさげて、ヘソ周辺を丸出しにするとドーンと突き出してきた。
なんなのこの儀式。儀式? うん、儀式っぽい。なんらかの意味があるんだろうな、これ。イルデエア式か?
「ねえ、これどういう意味?」
「はあ?」
暗闇の中、八坂の瞳が光る。ヤバイ。猛獣系だ。まさに肉食系女子! 疑問、質問等一切受け付けません。そんな、これ以上の追及ができないムード。
「いいから、早くしろよバカ」
くそう、何回目だバカ呼ばわりされたのは。確かに賢くはないけれど。
どういう意味かわかんないのに、やれる訳がない。
大体、年頃の、しかも美人のへその下を舐めていいのかどうかがわかんない。
固まって動けない俺に、八坂の顔が近づいてくる。
「しょーがねえやつだな、アツタ」
眼前まで迫って、再び、鼻の頭をペロリ。
「ほら、これでいいだろ? さ、お前も早くやれ」
わっかんねえ。どうしよう。ジャドーさーん! ジャドーさあーん! 返事がない。寝てんのかな。今何時だろう。
ぎゅっと目を閉じると、声がした。
「なあ……、早く、してくれよ」
今度は荒っぽい口調じゃなくて、妙に切なげな声。
「アツタ」
おそるおそる目を開けると、そこには腹が待っていた。
腰の上にまたがっていたはずが、俺の頭の上に覆いかぶさっているような体勢になっている。
そこまでしてへその下を舐められたい理由はなんだろう。
っていうか男としては舐めるどころか君(中略)。
エロエロの妄想の波に流されて、理性君はただいま離席中。
止めてくれるはずの良識派が不在になったせいか、それともさっきの甘い声のせいなのか。
つい、ぺろってね。しちゃいました。本当にすいません。
「うふっ」
ぴょんと俺の上から飛びのいた八坂は、それはそれは嬉しそうに笑っていた。
「アツタ!」
飛びのいたかと思いきや、ぎゅうっと抱き付いてきてだね。
ああ、鼻と鼻が当たってる。
超目の前で、ニッコニコしてる。くそう、なんか……、なんか……すげえ可愛く見える。夜の魔法か! 暗がりで密着する男女の間に生まれるファンタジーなのか!?
「ついでにここも」
ちょっとだけ顔が離れて、白い指がさしたのは鼻の頭。
そこをペロってしたらなにが起きるの?
疑問に思ったんだけど。なんだかすごく素敵なサムシングが起きるような気がしちゃって。
ついつい、やってしまいました。鼻の頭、ぺろって。さっきしてもらったのと同じ感じで。
「あはは!」
八坂はバンザイして跳ねると、窓から飛び出して行ってしまった。
おーい! 結局なんだったんだよ、今のは!




