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 3 ・ 竜 精

 気絶してたのは一瞬だけ。意識がハッキリして俺は慌てて飛び起きていた。

 深刻な表情で、レイカちゃんが覗き込んでいたから。

「うひょおおっ!」

 立ち上がると、どうやらジャドーさんも覗き込んでいたらしく、ちっちゃい体が部屋の隅っこまで飛んで行ってしまう。

「きゃうん」

 かーわいい。

「ごめん」

「大丈夫ですー。軽いのでー」

 ああ、俺、妖精さんと会話しちゃってる。片足突っ込んじゃってる。わけわかんない世界に、ちょっと足踏み入れちゃってる?

「夕飛様、どうか落ち着いて聞いて下さい。まだ、説明は終わっておりません」

 レイカちゃんはピシっと正座をし直して、少し悲しげな顔でこう話した。

「夕飛様、いきなりこんな話を聞かされて、混乱されていらっしゃるでしょう。申し訳ありません」

 巨体に似合わぬ、しゅんとした様子。哀愁の漂うその姿に、俺もちょっと申し訳なくなった。教室で思ったはずなのにな。人を見た目で判断してはいけないって。レイカちゃんは見た目が確かにちょっと女子にしてはアレな感じなんだが、語り口は穏やかだし丁寧だ。

「いや、俺もなんかちょっと取り乱したっていうか」

 反省を口に出してみると、こころが随分落ち着いた気がした。レイカちゃんの前に俺も座って、頭をぽりぽりと掻く。

「異世界とか竜とか、ちょっと信じられなくて」

「そうですよね」

 この地球の常識は既に、破られてるんだけどね。ジャドーさんが幻覚じゃないんなら。

「ジャドー、用意してください」

「わかりました、レイクメルトゥール」

 ジャドーさんが突然、踊り出す。両手をバンザイして、腰をくねくね。なにコレ可愛い。

 と、ニヤけていられたのはほんの二、三秒だけだった。部屋がぐにゃんと歪んで、突然そこはデュランダーナ大瀬ではなくなってしまった。

 

 なにもない広い部屋。床は青を基調としたタイルが、壁にもステンドグラスみたいな窓が並んでいる。天井はドーム型の、ここはどこ?

「世界を跨いだ者の決まりで、とにかく現地の人には迷惑をかけないようになっているのですー。レイクメルトゥールが本来の姿になったらちょっと大きいのでここで披露しますねー」

 俺の右肩辺りでホバリングしながら、ジャドーさんが囁く。


 離れたところに、レイカちゃんは一人で立ってる。


「本来の姿?」


 レイカちゃんから、まっ黒いなにかが噴き出し始めた。煙のようなぼわっとしたものが体を包み、みるみる大きくなっていく。


 やっべえ。

 ラスボスだあー!


 恐竜が現代に復活した映画で見た一番強くて獰猛なヤツよりも、こっちの方がおっかねえ。学校の体育館くらいのサイズじゃないかな。とにかくデカイ。デカくて、黒くて、テカテカしてる。ホントにホントにホントにホントにドラゴンだ。ドラゴン大好きな人なら嬉しくて興奮してチビっちゃうかも。俺はどっちかっていうと、おっかなくてチビっちゃいそう。すんごい迫力。ド迫力。もし、ぐわおーっとか吼えられたら、多分失禁するぜ。

『夕飛様』

 吼えなかったー。良かったー。

「これがー、レイクメルトゥールの本当の姿ですー」

 マジで。

「素晴らしいでしょう? イルデエアの竜の中でも、最高の力を持っているんですうー」

 だろうね。

「竜の中でも最強の、黒き竜なんですー。どうしても、レイクメルトゥールには卵を産んでもらわなくてはいけませんー」

「リュウセイとか言ってたのはなんなの?」

「竜精は、竜に卵を授ける力ですー。イルデエアにはもう、竜精を持つ者はいないんですー。違う世界にごく稀に存在するらしいと聞いて、呪術師に頼んで探してもらったんですー」

 それが、俺? 竜に卵を授ける力がある? そんなの、持ってんのか。

「夕飛様の中に、ハッキリと見えますー。強き竜精が。黒き竜にふさわしい、選ばれしお方なのですー!」

 パタパタと、ジャドーさんが飛びまわり始める。嬉しそうに弾むように。ミニマムな美女は泣いていた。小さな涙をぽろぽろとまき散らしながら、やったやったと喜びながら。

「泣いてんの?」

「嬉しくてー。だって、イルデエアの竜がこれで、滅びなくて済みますー」


 絶滅危惧種か。

 地球上にも、滅びてしまった種はたくさんいるはずだ。今現在、消えてしまいそうになっている生き物は沢山いて、なんとか保存、存続をさせようと必死になっている人がいる。

 そういう事柄に、興味を持っていない。それは、遠い世界の話だからだ。あまりにもマイナーな生き物についてそもそも、知らないから。

 じゃあ今、目の前に自分にしか救えない危機に瀕した生き物がいたら?

 救うべきなのかな。ごくノーマルな日本人の感覚からすると、なんか、助けてあげなきゃって思うかも、しれない。


 自分に出来るのならば。


「卵ってどうやって作るの?」

『今からご説明いたします』

 レイカちゃんの声が頭の中でずむずむと響く。再び黒いぼわっとしたものに包まれて、ドラゴンは人の姿に戻った。なんか納得。あれだけデカくて強そうなドラゴンが人の姿になったら、まあこうなるわな。

「卵を作る方法自体はごく簡単です」

「そうなの」


 もしかして、俺の頭上に手をかざしたら、そこからすいーっと竜精とやらが取り出されて、無事に卵ができるよ! とかかな。


 って思ったんだけどね。


「この世界の男女の交わりと同じ方法でできるのです」


 

 

 意識がね、ちょっとの間、途切れたよ。

 人間って混乱してるとみせかけて、意外に冷静だったりするよな。だってほら、五・七・五にまとめてるもん、いつの間にか。日本人の血がそうさせるのかもしれない。


「この世界の男女の交わりと同じ方法で」

「それは聞いた」


 同じ方法。ダメだ。頭が拒否している。考えちゃダメ。これ以上は進んではならない。おぞましい。恐ろしい。なんということだ。アメリカの人なら「オーマイガッ」っていうところ。


 男女の、交わり……。


 波打ち際で、水をかけあうとか。

 同じグラスにストローを二本さして、一緒にジュースを飲むとか。

 後ろから目隠しして、だーれだ! ってするとか。


「夕飛様、違いますよー。こちらの言葉でいうとセッ」

「やめてくれー!」

 ズバリそのものの単語を繰り出してきたジャドーさんを、思いっきり手で払って撃ち落としてしまった。

「痛いですー。ひどいですー」

 ミニマム美女がおいおいと泣きだし、レイカちゃんがそこに駆け寄る。

「ジャドー、大丈夫ですか」

「大丈夫ですけどお」

 二人そろって非難の目だし。


 いやいやいや、待ってくれ。だって無理だもん。レイカちゃんを、……抱けって……話なんだろ。むーりー。むーりー。マジでむりー。


「夕飛様、わたくしは竜精を与えて頂かない限り、イルデエアに戻ることはできません。他の五頭の竜たちも、それぞれ、卵を授けてくれる竜精の持ち主を探そうと今、必死になっています」

 鋭い瞳が、キラリと潤んでいる。


 こええー。

 麻子のうるうると全然違う。麻子がうるうるしながら、ねえ夕飛って言ったら即抱いちゃうよ。でもレイカちゃん、君は無理。マジで無理。


「いきなりこのような話をされても無理だろうと考えていました。ゆっくり深めていきましょう」

「なにを?」

「……ただ交わるだけでは駄目なのです。わたくしとの間に真の絆がなければ、交わっても卵はできません」


 絆って言った?

 ふふふ。あははは。


「他の言葉に置き換えるとしたら、愛情、でしょうか。とにかく夕飛様、わたくしを愛していただかなければなりません。その為にならどのようなことでもいたします。どうかおそばに置いて下さい」

 

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