表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/56

38 ・ 混 線

 水無はポケットを探っている。

 なにが出てくるかと思いきや、たばことライターだ。


 素知らぬ顔で火をつけ、吸って、煙をぶわーっと吐き出している。

 俺は水無に関するありとあらゆる変化と先程のセリフに、茫然とするだけ。

「聞いてる?」

「え? ああ、もちろん」

 聞いてるさ。けど、うまく咀嚼できていない。

 なんだよその変化。そして、どうしてぶっちゃけまくっちゃってるの、っていう疑問。


「あなた、伊勢レイカとどういう関係かは知らないけど、彼女の正体知ってるんでしょ? 私が違う世界から来たのも知ってる。そうだよね?」

 耳のうしろをポリポリ掻きながら、気だるそうなしゃべり方。こんな人だったっけ、くらいしか俺の頭には浮かんでこない。

 どう答えるべきなんだろう。隠すメリット……は、ないか。だって俺は、こいつをどうにかしたかった。レイカちゃんを狙うのをやめてくれるのは大歓迎のはず。

「うん」

「ま、今の私にはあなたの正体なんか関係ないし、どうでもいい」

 煙草を吸い、煙を鼻からぶおーっ。ううむ、女の子が鼻から煙もうもうと出してる姿って、なんか物悲しい。

「お察しの通り、私は黒い竜を追って来たんだけどね。もう面倒だからやめる。楽しくもなんともないし」


 マジか。まさかの、料理人さんと同じコース?


「私のいた所はさ、とにかく男が偉いの。女は男に黙って従ってればいいっていう考えでね。ホント最悪。それに腹が立って、村のお宝を盗み出してここに来たんだけどね」


 水無は遠くを見ながら、急に語り始めてしまった。


「最強の黒い竜をなんとかできれば、あいつらを見返せるって思って。だけど、拍子抜けだよ。女だから駄目とか、女は引っ込んでろとか、ここでは全然ないし。それどころか、男より高い地位にいる女がいっぱいいるし!」

「はあ」

「バカバカしくなっちゃって。お楽しみも面白い物もたくさんあるし、だったらこっちで暮らせばいいんだなあってさ」


 サッパリした、って表情で水無は笑う。


「え、それで、その格好?」

「欲しい物いっぱいあるし、したいこともいっぱいあるけど、お金がかかるでしょ? だから、手っ取り早く稼いでんのよ」


 じゃあ、エロそうな中年親父と歩いてたっていうのは……。


 多分、表情に出ちゃってたんだろう。俺の顔をチラっと見て、水無は「なにを考えているのか」見抜いたようだ。


「ちょっとおだててお酒飲むだけでお金もらえるし、プレゼントの山なんだから、ここって本当にいい世界だよね」

「どこで働いてるんだよ」

「キャバクラ」

 迷いのない即答に、お子様の俺はぽかーんとするばかり。

「言っとくけど、成人してるから心配いらないわよ」

 成人してる? じゃあ煙草も酒も問題ないね……、って、いくつなんだ、水無愛那! 大人のお姉さんがセーラー服着て高校に通ってたのか。なんて卑猥な話なんだ!

「とにかく、私は私で楽しくやるから。それだけよ。そこのボロアパート出るけど、気にしないで」

「え、あの……、イルデエアには必ず、帰らなきゃいけないんだろ?」

 俺のこの疑問に、キャバ嬢はニヤっと笑った。

「死ぬ直前に帰れば、問題ないんじゃない?」


 水無はふふんと笑って去って行ってしまった。

 ううむ。なんだこの展開は。俺はしばらく茫然と道の上で立ち尽くすのみ。


「おい、てめえなんで逃げてんだよ?」

 ポカーンとする俺の右腕を取ったのはもちろん八坂で、なぜかぐいっと、手を自分の腹にあてさせてきた。

「はっ? えっ、八坂?」

「いいから、お前もアタシのここんとこをさっさと舐めろよ!」

「なに言ってんの?」

「アタシはこの間ちゃんと舐めただろ?」


 やだ、わけわかんない。痴女ともみ合いながら、手はしっかりとへその下の所を触っている俺。

 パッと見どうだろう。俺も破廉恥ボーイになっているのではないか。


「うわ、夕飛兄ちゃん……。またやってるの?」

 後ろから声をかけてきたのは皆さんの予想の通り、絹ちゃんである。麻子の妹の、最近すっかり俺に厳しい、絹ちゃんである。

「そういうの、屋内でしなよ。路上でとかホント、通報ものだよ? 私の中ではもう前科一犯だからね」

「違うって! 違うよ絹ちゃん」

「なにが違うんだよ。ボーっとしてる暇があったらさっさと行こうぜ」

「どこに」

「オマエの部屋に決まってんだろ、バカ」


 馬鹿じゃないよ、俺は! むしろジェントルマンですけど。こんなぽよよんガールの誘惑にずっと勝利を収め続けているタフガイですけど。


「いやらしいなあー、男子高校生って!」


 可愛い顔をしかめながら絹ちゃんが去って行く。ああ、俺の社会的な信頼がまた崩れようとしている。誤解だ、誤解だよ絹ちゃん。待って。そう言いたい俺の口を、八坂が塞ぐ。


「いいじゃねえか。なにが悪いんだよ、アツタ……。アタシがそんなに嫌なのか?」


 塞ぐっていっても、手のひらを当てられたとか押さえられたとかじゃないんだ。白くてながーい、綺麗な人差し指が唇の所にちょんってしただけ。それだけで、俺はもう動けなくなってしまった。だってさあ、ぴったり体がくっついてるんだ。今にもチューしちゃいそうな密着ぶりに、お下劣な反応しないように必死で理性を呼び起こして、ね。

 ね、じゃないだろうって? うん、俺もそう思うよ。だけどさあ、今の八坂はなんかしらないけど妙に可愛らしい仕草をしてきてだね。


「さ、中に入ろ」

 うんって言うところでしたよ。ホント。

 大ピンチな俺を救ったのは、遠い国の王子様。


「八坂仁美! 貴様、なにをしている!?」

 腰のあたりにぎゅっと抱き付いていた八坂が、舌打ちをしながら離れていく。

「金髪野郎、邪魔すんじゃねえよ」

「私の熱田君にどんな用だ。大方いかがわしい真似をしようとしていたのだろう? まったく嘆かわしい」


 私の熱田君て、って思うよね。俺もそう思ったよ、気持ち悪い。そういうつもりじゃないとはわかってるんだけど、誤解を招く度が高すぎる。


「夕飛……」

 ほらね、案の定聞いてる人がいたよ。って、麻子ちゃん!?


「私の熱田君って、……どういうこと?」

「え? なんて? 聞き間違いじゃない?」


 慌ててシッシと二人を手で払う。どう判断したのかわかんないけど、殿下も八坂も、アパートへと去って行ってくれた。


「ねえ夕飛」

「なに?」

 八坂のしでかしたいちゃつきと、殿下の残した爆弾発言のせいで頭の中がカッカと熱い。

「おばさん、心配してたよ。夕飛が最近ちょっと……って」


 どんな台詞が入るの、その沈黙の部分。

「別になにもないよ。八坂はそのー、俺をからかって遊んでるだけだし、吉野はちょっと、なんか勘違いしてるみたいで」

「最近急にモテちゃって、なんだか夕飛じゃなくなっちゃったみたい」


 なんだろ、その台詞。俺は特にモテもせず目立たないのがいいのかい。


「なんか、悔しいな。私だけ置いてかれちゃってるみたいで」

「いやいや、全然そんなんじゃないし」


 俺の気持ちはずっと変わってない。無理やりよそ見をさせられている今日この頃だけど、麻子が好きなのに、変わりはない。


 そう伝えたいんだけど。


 今、言ってもいいかな。


「あのさ」

「あのね、日下さんはそういうの好きなんだよ。男の子が男の子と……っていうの。もし困っているなら相談したらいいと思う! 偏見なしに、真剣に聞いてくれるよ多分!」


 えーっ。一番最低な展開だコレ! やめて!


 俺の悲しい表情には一切の反応を見せず、麻子はキラッキラの笑顔でじゃあね! って去って行ってしまった。


 もう、バカバカ麻子! 好きだけど! バカバカーッ!

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ