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36 ・ 作 戦

「で、僕に用とはなんだろう、熱田君」


 体育祭の次の日、俺の部屋。呼ばれてやって来た殿下は嬉しそう。頬を赤く染めて全身からウキウキを撒き散らしてる。……うん、気持ち悪い。

 だけどこれは第一歩、大きな作戦の始まりなんだ。


 自分が動く理由は、第一に平和な高校生活を送りたいから。元通りの、平穏無事な普通の暮らしがしたいってだけ。

 そして二番目に、レイカちゃんが命を狙われる状況を解消したいっていうのがある。どう考えても物騒だから。もしも戦いがまた起きて、誰かが目の前で……、最悪死んだりとかしたらって思うと気が重い。そんな光景を見るのはどうしたって、御免こうむりたい。


 レイカちゃんを助けるっていうのは、よく考えてみたらヘンな行動なんだ。俺は、彼女の願いに応えられるのかっていう問題があるから。

 だけど、それはそれ、これはこれで今は切り離しておく。全部まとめてどうにかしようっていうのが無理なんだって、一晩かけて、それ程優秀じゃない脳みそフル回転して一生懸命考えた。

 卵の話は後!

 八坂に狙われたり、殿下に擦り寄られたり、誰かと誰かが戦ってどうにかなるかもしれない状況をなんとかするのが先だ。


 色々考えた後、ジャドーさんに相談に乗ってもらった。

 俺なりに考えて、最もいいと思う方法はこれだ。


「殿下に、イルデエアに戻って欲しいんだ」


 くわっと、ライトニングの目が開く。

 アイスブルーの綺麗な瞳がうるうると揺れて、口がぎゅうっと閉じ、あごの上とか眉間に皺を寄せまくった悲しげな顔になっていく。


「なぜ、なぜだいセレイブレーイヴン……、私にレイクメルトゥールのジュニア誕生を見届けさせないつもりなのか……」

 涙をいっぱい浮かべて、ライトニングが叫ぶ。

「君のひ孫だろうっ!?」

 

 可哀想な美青年に張り切っておやつをもってきた母ちゃんが見たのは、首を絞められてグッタリしてる俺。

「夕飛っ!? 吉野君どうしたのっ!」


 母ちゃんのお蔭で一命を取り留めて、なんとか平静を取り戻した俺の部屋。

「済まない、取り乱してしまったようで」

「ホントだよ」

 大体、子供だろうがひ孫だろうが、殿下には全然関係ないだろう、って思うんだけどね。今はぐっと我慢しておく。

 殿下を味方につけて、動いてもらわなきゃいけないんだから。なんとか話を軌道に乗せないと。


「ラーナ殿下にお願いがあるんだ。これは、ケルバナックの王子で、ドラゴンを心から大事に思ってくれている友人であるトゥーニング・ヨスイ・ラーナにしか頼めないんだ」

 青い瞳の揺れが、ピタリと収まった。

「私にしか、頼めない?」

「うん」


 昨日の夜、ジャドーさんとしばらく、質疑応答を繰り返した。

 異世界からやってきた者の掟、異世界へやって来るための条件、術師とやらに渡さなきゃならない代償についてなどなど。

 そして考え付いた、一つの可能性。それを試せるのは殿下だけなんだ。別におだててやろうとかじゃなくて、マジでこの人にしか頼めないからこう言っている。

「なんだろう、頼みというのは」

「イルデエアに帰って、呪術師に頼んでファイ・ファエット・ファムルーを戻れないようにしてほしいんだ」

 

 殿下の眉間に、また深い皺が寄る。

 だけどさっきの駄々っ子みたいな顔ではなくて、もうちょっと知的な大人の顔だ。そういえばホント、何歳なんだろうなこの王子様って。


「戻れないようにするとは、どういう理由からだ?」

 顎に手をやり、うーむと首を傾げている。

「レイクメルトゥールが危険ではないか。無理やり戻すならとにかく、同じ世界に留めるなんて」

「ファイ・ファエット・ファムルーはこっちの生活を結構気に入ってるみたいだから、戻れなくなってもそれでいいと思うんだ」

 そして、戻る必要がなければ、ドラゴン宮廷料理を作る必要もなくなる。

「あいつがいなければ、残っているドラゴンたちへの危険も減るだろ」


 話しているうちに段々熱くなってきた俺の言葉に、殿下はなんとも言えない表情を浮かべている。

 ぽーっとした表情で、遠くを見ているような。


「なるほど。ファイ・ファエット・ファムルーをこちらの世界に封印するのだな」

「うん、まあ、そんな感じ?」

 あいつは地球にとってはただのちょっと妄想癖のある凄腕料理人に過ぎないわけで。イルデエアでは王様しか幸せにできなくても、こっちではそうじゃない。彼はそこに幸せを感じてる。

 本人の意思は全然聞いてないからほんのちょっと良心が痛むんだけど、でも、いい方向に進める可能性があるんだから。できるなら、伏見さんにはドラゴンハントを卒業してもらいたい。

「それでさ、その、ラーナ殿下には色々事情があるのはわかってるんだけど」

「……なんだろう、セレイブレーイヴン?」

「第二とはいえ王子っていう身分なんだし、どうにかしてイルデエアのドラゴンたちを保護してもらえたらって思ってるんだ」


 なんとなく、どこでもない場所を見つめていたような殿下の瞳が、俺の顔にまっすぐに向いた。

 うわ、綺麗な瞳。綺麗な顔! 参ったな。なんか知らないけど凄く照れちゃう。そんな自分がちょっと怖い。


 部屋の中はすごく静かだった。かすかに時計が時を刻む音が聞こえてくるだけ。

 王子様の唇がわなわなと震えて、目を閉じ、俯き、小さく息を吐き、そして、天を仰ぎ……。


 青い瞳の中には、綺麗な湖ができていた。ゆらゆらと湖面が揺れている。そこから川が流れだしそうなんだけど、留まったままになっている。


「確かに、ドラゴンたちの為にはそれが一番いい方法なのかもしれないな」


 自分に言い聞かせるような、少し寂しげな声。

 しばらくしてから王子様はふっと微笑むと、小さく何度も頷いて、俺をまたまっすぐに見つめた。


「わかった。私は自分にできることをしよう。……私はケルバナック王国の王子、トゥーニング・ヨスイ・ラーナだ。この世に生を受けた時に与えられた特別な物を、愛するドラゴンたちの為に捧げるとしよう」


 キリッとなった殿下の顔はそりゃあもう男前だった。サラサラの金髪に、碧い瞳が眩しいったらない。

 

 アニメとかゲームだったら、ここで殿下のテーマが流れただろう。景気のいい、ここからが真のスタートだっていう雰囲気の音楽が。

「しかし」

 あれ、なに? しかしって。

「どうかした?」

「その、すぐに帰るのではなく、もうしばらくここに居ても、いいだろうか?」

「もうしばらく?」

「せっかく会えたのだ。セレイブレーイヴン、お前をこれまでにどれほど思ってきたか。私を守るために死んだ優しい竜の夢を、これまでに何度見て来たか……」

 

 さっきまで踏ん張っていた涙が、殿下の目から一気にあふれ出す。

「レイクメルトゥールはいつか戻るからいい。しかし君とはもう会えないだろう! だから、だから……」

 

 カッコいい王子様から、駄々っ子ボーイに変身したラーナ様がぎゅうぎゅう抱き付いてくる。

 そして、こういう時って大抵何か起きるよねっていう不安がまんまと現実になってしまった。


「ちょ、夕飛!? 吉野君!?」

 お茶のおかわりを持ってきた母ちゃんが、顔面蒼白で叫ぶ。

「もう少しだけでいい! 君のそばにいさせてくれ!」

「わかった! わかったからちょっと離れて!」

 しかし、殿下は離れない。母ちゃんの視線が、痛い、痛い。

「ちょっと今コイツ情緒不安定だから!」

 怪訝な顔の母ちゃんをしっしと払い、殿下の背を優しくなでなで。早く落ち着け王子様。


 とりあえず、説得は成功。そう思ってよさそうなこの結果に、俺はほっと息をついた。

 

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