35 ・ 祭 典
なんだかなあって気分で席へ戻ると、部活対抗の競技が始まるところだった。
毎年かなり過酷な仕掛けを途中に用意してある、障害物競争的なレースだ。
もちろん、毎年陸上部だとかサッカー部、野球部なんかが勝つ。基本的に体を鍛えているヤツらっていうのに加えて、何が待っていても怯まないノリの良さが武器になるんだろう。
しかし、今年はどうやら荒れそうな気配。手芸部代表に一人、まさかの覇王系女子が参加しているからだ。
醸し出される無敵のオーラ、パワーの漲るボディに、体育会系の猛者たちが怯んでいる。
当然だな。俺も怯んでるもん。常に。
ごちゃごちゃと混みあうスタート地点。各部活の代表がそれぞれ、思い思いの姿で並んでいる。体育会系の部活はユニフォーム、文科系も皆なんとなく、内容が伝わって来そうなアイテムを持っている。
だからなんだな。手芸部代表は、右手にミシン抱えてる。シュール。誰か止めなかったのか? 手芸部の連中は。
係が鉄砲を空に向け、パアンと鳴らす。リレーではなくて、代表者一人がひたすら罠を潜り抜けていくレースだ。
最初に待っているのは、素材のわからない高い壁。
おおっとダイナミック!
白い壁はぶち破られた! 俺はあれ、飛び越えるんだと思ってたのに!
覇王を遮るものなどこの世には存在しない。
くぐりぬけていくはずの網は引きちぎられ、おっとっとって渡るはずの平均台は放り投げられる。
阿鼻叫喚。阿鼻叫喚の「鼻」って何を意味しているんだろう。そんな思いが浮かぶ、波乱の部活対抗レース。
これ以上はマズイということなのか、各ポイントに委員が走る。くぐれとか登れとか、直前に指示が出るように改善された。だけど基本的にはもう手遅れで、レイカちゃんは煙を巻き上げながら爆走してる。
アホな高校生の集団は、これを笑顔で歓迎した。すげーなあの人みたいな声があちこちからあがって、会場は沸きに沸いている。備品が壊れたのは誰が弁償するんだろう。ジャドーさん、裏ワザ使えるなら用意しておいた方がいいよ。
レースはもう最後のポイント。いや、たどり着いてるのはレイカちゃんだけなんだけど。
覇王は小さなカードを拾い上げると、それをしばしじっと見つめ、大きく頷くとまた爆走を始めた。
一直線に向かっているのは、多分……俺。
「熱田さんっ!」
全校生徒の注目、俺に移動。やだ、超恥ずかしい。なにこれ。なんだか嫌な予感!
「一緒に来てください」
「なんで?」
「……一番仲の良い異性の生徒を連れて行かなくてはいけないのです」
なるほど。俺か。俺になるか。だって今、超~乙女の顔してるもんね、レイカちゃん。
ピンク色のほっぺ、瞳のうるうる。ザワつく生徒たち。
うう。
「わかった」
我ながら相当小さい声だった。けど、レイカちゃんは嬉しそうに、はい! と叫ぶと、俺をお姫様抱っこして再び爆走!
いやーっ。なんでこのスタイル?
『夕飛様ー、カードには、大好きな人と一緒にゴールするー、ただしお姫様抱っこでと書かれていますー』
なるほど。走者が女子の場合、普通は抱っこされる側にまわるんだろうな……。
と遠くを見やりながら考えているうちにゴール。ぶっちぎりの一位。やったねレイカちゃん!
席に戻ると、クラスの連中はそりゃあニヤニヤニヤニヤしてた。
八坂とお前、なんなんだよ。今朝まではそんな怒りや妬みを孕んでいた視線が、いやー伊勢ちゃんに愛されちゃってて、熱田ってばモテるねー(笑)! みたいな感じに変わっている。
グラウンドの端に、黙ったまま去った。
いたたまれねえよ。確かに、わかったって俺が自分で応じたんだけどさ。
隅っこに置いてある石碑みたいなものに腰かけて、ため息。
体育祭は妙に盛り上がって、去年よりも楽しそうな雰囲気。俺とレイカちゃんが盛り上げたんだって考えたら、まあ、貢献できたって気分になれるだろうか。俺は犠牲になったのだ。ピエロだ。まあ、そんな年があってもいい。
「ゆーうひ!」
顔を上げたらそこにはマイエンジェル。麻子が立っていた。
「すごかったねー、レイカちゃん。おかげで手芸部が優勝だよ! 来年の予算、ちょっとだけ上がるんだ」
「良かったね」
なるほど、部活対抗レースが盛り上がる理由はそこなのか。じゃあ、まあ、麻子の役にも立てたわけだ。
そう考えれば、ちょっとくらいの慰めにはなるかも。
「レイカちゃん足が速いんだねー。私は遅いから、うらやましいよ」
足が速いっていうか。全体的に、パワフルだよな。
「それにね、本当に器用なんだよ。みんな感心してるんだ。レイカちゃんってホントにすごいの。みんなに対して優しいし、なんでも丁寧だし。それにね、変な人に絡まれた時にも、すぐに追い払ってくれたんだよ」
「絡まれたの?」
「買い出しに行った時に、ちょっとね」
そうなのか。
そういうの、本当は俺の仕事なのにな。
ちょっと前までは、なんだかんだ言って麻子の部活が終わるの待ってたりしたんだけど。
レイカちゃんが俺に向ける視線の熱さを、麻子に見られたくなくて、避けてしまってる。
八坂がイケイケで迫ってきたり、殿下がわけわかんなかったりで疲れたって、家に引っこんじゃってるんだ。
情けないよな。
もうちょっと、自分で動かなきゃ駄目なんだ。
ここんとこよく考えている、これからについて。
異世界から来た人たちに一方的に巻き込まれているとはいえ、だからって、仕方ないって流されてるだけっていうのは、もうやめにすべきなんじゃないか。
「どうしたの夕飛、もう疲れちゃった? ふふ、最近運動不足なんじゃない?」
俺の顔を覗き込んでくる、柔らかい笑顔。
ああ、可愛いなあ。ごめんな麻子、俺、お前が大好きなはずなのに、最近ちょっと忘れてたよ。他の刺激が強すぎて。
「ああ、吉野君カッコよかったなあ。ね、夕飛。髪がキラキラしてて、走る姿も素敵だったねえ」
そうだった。それも忘れてたよ! だって殿下は、俺の前ではホントにしょーもないんだもん。
「あいつは別に、速くなかったじゃないか」
「えへ、そうだね。夕飛と同じくらいかなあ」
くすくす笑いながら、麻子はくるんと回った。
なんだよ、ちゃんと見ててくれたんだな。
「そろそろ戻ろうよ。さっき買った蒸し餃子がすっごく美味しかったんだ。夕飛にわけてあげようと思って取ってるから、一緒に食べよ」
すごく単純だ、俺って。こんな一言だけで、空でも飛んじゃいそうなくらい幸せな気分。
さりげなく手でも繋いでやろうかと思ったら、麻子はシュターッと走って行ってしまった。そして、転んだ。
口をへの字にしている幼馴染に手を貸しながら、考える。
殿下は筋金入りの変態。しかも、イルデエアに帰る。必ずだ。この世界で誰かとくっつく可能性はない。
みんな、なんとか追い返そう。
八坂はもうレイカちゃんを諦めている。
殿下はただ、親戚のオバちゃん気分で卵を待っているだけ。
料理人は、料理人としての喜びに目覚めているらしい。
俺になにができるだろう。わかんないけど、できる限りやるべきだ。
さて、どこから攻めるべきか。
異世界から来た面々。
水無ちゃんはデータが少なすぎて、対応が難しい。
……レイカちゃんについては、ちょっと後に回しておく。彼女の願いと、俺の気持ち。とても一つになるとは思えないけど、真正面から拒否できる程の冷酷さは、俺にはまだないんだ。
直接交渉できる相手は今、二人。
八坂か、殿下か。
まずはなにからどうするべきか、体育祭が終わるまでの間、俺は自分の席でただひたすら考え続けた。




