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34 ・ 天 然

「この間はどうもー!」


 頭に白いタオルを巻いた「伏見さん」は晴れやかな笑顔を浮かべている。

 俺はもちろん、警戒モード。


「えーっと、水曜日辺りに出前取ってくれましたよね。お味はどうでしたか?」

 なんだろうこのトークは。まったくもって真意がわからないファイ・ファエット・ファムルーの笑顔に押されつつ、なんとか答えていく。

「美味しかったですよ」

「それは良かった!」

 ニッコニコの、ただのガタイのいい兄ちゃんにしか見えないんだけど。

 玄武苑の調理担当兼体育祭の出張販売担当は、客の気配で出店に戻っていく。

 

 小さなテーブルの上に並んだ弁当、そして、玄武苑と書かれた旗。小腹を空かせた学生がフラっと現れては、肉まんだの、点心のパックを買っていく。みんなその場でパクっと食べては「ウマっ!」と叫んで、伏見さんすごくいい笑顔。

「うわ、玄武苑の味が変わったって本当だったんだ!」

「言っただろ? 今度店に行きますねー!」

 お客の幸せそうな声に手を振って、うんうんと頷く、異世界からの料理人。


「この間ねえ」

 代金の小銭を箱に投げ込みながら、ファイ・ファエット・ファムルーが声をあげた。

 ちょっと離れた場所で立っている俺宛てのものなんだろう。白いタオルを巻いた顔が、こちらを向く。

「出前、届けたでしょう? あの時、随分似てない兄弟がいるもんだなあって思ったんですよ」

 

 え?


 兄弟って? 俺と、もしかして殿下のこと?

「君は純日本人って感じなのに、兄弟の方は外国人みたいで。お父さんどこの人なんですか?」

「いや、純日本人だけど」

「え、そうなの? じゃあ……」

 ここでなぜか、中華料理人はニヤリ。

「お母さん、やるね!」

 親指、ビシィッ! じゃねーよ馬鹿! もう異世界人は総アホ認定しちゃうぞコラ!

「いや、違う。あれは別に兄弟じゃないから」

「え? そうなの?」

「普通、兄弟って思わないでしょ……」

「従兄弟かなにか?」

「友達だよ、友達!」

 余りのアホさ加減に、ついつい口調が荒くなる。だけどファイ・ファエット・ファムルーはゲラゲラ笑って、奥からお茶を取り出すとガブガブ飲んだ。

「そうかあ、なるほどなるほど」


 からかわれているんだろうか。

 もしかしたらやっぱり俺だとか、レイカちゃんとの関係に気が付いてて、油断させようと一芝居うっているのかもしれない。

「すいません、こっちに来てまだ短いから、色々とよくわからないことが多くて」

 タオルの下に指を突っ込んで、額をポリポリと掻いている。体格はとてもいい。レイカちゃん程じゃないけれど。あれだけ大きな包丁を二本も持てるんだから、パワーはあると考えるべきだろう。

「こっちって?」

「いや、イルデエアってところから来たんですけどね。ドラゴンを追いかけて。だけどちょっと最初にへましちゃって、わあって逃げたら自分がどこにいるのか全然わからなくなっちゃって」


 えーっ。

 なにこの人、イルデエアとかドラゴンとか言っちゃってるのー?


「ドラゴンを?」

「ええ。王様に命令されて、黒いやつをね。珍しいんですよ、黒は。こっちの世界でも珍しいんでしょう? シンジュっていうのは黒が珍しいって聞いて、親近感持っちゃったなあ、ハハハ」

 シンジュって、真珠か。黒真珠? 珍しいかもしれないけど、通販でネックレス売れるくらいだから、何百年に一人のレイカちゃんと一緒にするのは無理があると思うよ。


 とか考えてる場合じゃない。全然、よくわかんない。なんなんだろうコイツは。


 もしかして、本当にただのアホなのかな。


 ……確かめられないだろうか。今、俺の手で。もうちょっと会話を続けて、なにを思っているのか探りたい。

 ジャドーさんが来てくれれば、協力して事に当たれるかも?

『いますよー』

 うわ。既に居た。

『あなたのすぐそばにー。竜の山に棲む光の精霊、ジャドーですー』

 そんなキャッチコピーはどうでもいいよ。

『むぅ』

 そんな反応は初めてだねってそれもどうでもいい。それよりも、この最大の敵について探りたい。これはきっといい機会になるはずだ……。ってあれ、同じこと最近思ったような。

 そうだ。自分も動こうってヤツだ。前回の八坂に関しては失敗したような空振り感があるけど、だからってやらないのはおかしい。俺の生活がかかってるんだから。

『素敵です夕飛様ー! 邪魔者は片付けて、早く卵を作るのに専念しましょうー!』

 あ、そうなるのか。そう……なるかはおいといて、とにかく。清く正しい高校生活を送るために、なんとか頑張らないとね。


 決意して、一歩前へ出て、伏見に声をかける。

「それで、どうなったんですか?」

「え? なにが?」

「いや、どこにいるかわからなくなっちゃったんでしょう?」

「ああ、そうなんだ。それでね、街を彷徨ったんだ。夜の街を……」

 急に遠くを見上げて、目をウルウルさせている料理人。

「行く当てもなく、ふらふらとね。そして出会ったんだ。玄武苑の主人である、熊野氏に」


 イルデエアからはるばる来たものの、目標を見失ってどうしたらいいのかわからない。

 ヘンテコな鎧みたいなものを着た可哀想な男を、熊野の爺さんは家に招いてやったらしい。


「それから玄武苑に住まわせてもらってね、料理はほら、一応できるから。お手伝いさせてもらってる」

 うわー、清々しい表情。なんだそれ。そこまでぶっちゃけて許されるわけ?

『うーん、本当は駄目なんですけどねー。でも、ここまで来ると逆にアリなのでしょうー』

 確かに。どうやら、彼の話は丸々「信じてもらえていない」様子。可哀想な子を助けてあげよう。そんな感覚に違いないよ、熊野さん的に。

「いやあ、料理って素晴らしいね。ほんの少しの工夫で、味が無限大に広がるんだ。今までもずっと料理を仕事にしてきたわけだけど、ミルミーナの王宮とここでは全然違う。小さな店だけど、大勢に喜んでもらえるんだ! 今までは王の命令でひたすら、一人だけのためにつくってきたけれど……。これが自分の生きる道なんだなあって、ね」


 ね、じゃねーよ。ホント。でもなんとなく、いい話だな。


「じゃあずっと、玄武苑で働くつもりなんですか?」

「うん。それもいいなって、思っているよ……」

 やべえ。すっごい遠くを見てるよこの人。本気なのかな。

『うーん、本気っぽい印象ですねえ。心の中が澄み切っていますー。なんという美しい輝きなのでしょうー。近年稀に見る透明度ですー』

 ジャドーさん、それホント?

『ちょっとだけ盛りましたー』

 盛るなよ。


 とはいえ、ジャドーさんが言うんだから、ファイ・ファエット・ファムルーの気持ちは本物なのかな。


「あ、夕飛」

 振り返ると、麻子がいた。手芸部の地味な仲間たちと一緒だ。なんか、久しぶりだな、こういうノーマルな風景は。最近はいつも、オマケに覇王がついてきてたから。

「レイカちゃんは?」

「もうすぐ出番だから、準備してるの。玄武苑さんが出張してきてるっていうから、ちょっと買いに来たんだよ」

 地味な仲間たちとキャッキャしながら、並んだ点心を選ぶ女子高校生たち。可愛い。

「あなたが新しく入ったっていう店員さんですか?」

「はい、伏見といいます! イルデエアのミルミーナ王国から来ました!」

 

 あらまあ、だだ漏れだよこの人。

『本当ですねー。昨日はー、頭の中が黒毛和牛とコシヒカリでいっぱいでしたー』

 米も気に入ったのか。確かに、異世界にはなさそうだけど。

 

 警戒する必要、もしかして、なし?

 

 結局俺も、麻子と一緒にシューマイを買ってしまった。

 ……うん、すげえ美味い。

 

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